彼と私のルサンチマン

白貝ルカ

始まりの宣言(脚本)

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〇空
  小中高と私は決して目立つ女性ではなかった。
  でも、いじめられていたわけではない。
  いじめの対象になるにも値しない人間だったのだろうと今では理解できる。
  日陰者。
  日の当たらない日陰でジメジメと生きる者たち。
  きっとこれからもこの先も私は日陰者として生きていくのだろう。
  そういう星の下に私は生まれて来たのだ。
  きっとそうだ。

〇テーブル席
小山田 加奈「どうしたのぼーっとしちゃって、何か悩みごと?」
七瀬 星奈「ああ、ごめん。ちょっと昔のこと思い出しちゃて」
  仕事の昼休み、オフィス街のカフェでランチ中。
  同僚の小山田加奈(おやまだ かな)が私の顔を覗き込む。
小山田 加奈「寝不足?化粧の乗りが悪いみたいだけど」
七瀬 星奈「そうかも、最近寝るの遅くて」
小山田 加奈「睡眠不足はお肌の天敵。 お肌の天敵ということはレディにとっては致命傷よ」
小山田 加奈「疲れてるなら良い整体師でも紹介しようか。30代でイケメンだよ。 でも、私のなので手出しは厳禁でお願いします」
七瀬 星奈「うざっ、手なんて出しませんよ」
小山田 加奈「そう、なら良いけど。 後でお店の情報を送っておくね」
七瀬 星奈「ありがとう」
  多分、私は連絡をしないだろう。
  彼女のおすすめのお店は定員の顔で決まっている。
  技量は然程高くないのが常だった。
小山田 加奈「そういえば、あの新人の子の話聞いた?」
七瀬 星奈「え?新人?」
小山田 加奈「そうそう、今年の4月入社で産業統括部に配属されたあの地味子」
七瀬 星奈「ああ、あの子ね」
  名前を知らないその新人は度が強めの黒ぶち眼鏡を掛けて、ぼさぼさの髪の毛をした女性だった。
  ただし、スタイルが凄まじかった記憶がある。
  ボンキュッボンとはいかないが、兎にも角にも上半身のボンが凄かった。
小山田 加奈「来月、寿退社だって」
七瀬 星奈「えっ!入社してまだ5か月でしょ」
小山田 加奈「驚くところはそこじゃないわ。 問題なのは相手よ。 大学の知り合いとか、昔のバイト先のとか、なら分かるんだけど」
  加奈は辺りを見渡して顔を突き出す
小山田 加奈「なんでも、うちの会社の先進技術開発部の部長らしいのよ」
七瀬 星奈「えっ!!」
小山田 加奈「声がデカい。驚く気持ちはわかるけどね」
七瀬 星奈「先進技術開発部の部長って若手のホープって言われてる人だよね」
小山田 加奈「そう、私たちより1年先輩」
  私の記憶が正しければ、加奈も昔ひっかけにいって見事に粉々に玉砕していた。
小山田 加奈「あの部長、趣味が悪いわね。 私みたいなイイ女じゃなくてあの根暗に惹かれるなんて、出世欲で頭が可笑しくなっちゃったのかしら」
小山田 加奈「それともあの凶悪なお胸にやられちゃったのかしら」
  加奈の視線は私の胸を捉えている。
小山田 加奈「私たちにはない武器よね。 男からして見れば女性の価値なんてお胸のサイズなのかしら?」
七瀬 星奈「それだけじゃないと思うよ。 武器なのは認めるけど」
  私も貧相な小山を見下ろした。
  噴火しそうになった盛大な溜息を無理矢理に飲み込んだ。

〇女性の部屋
  そんな話をしたからか、喉の奥に異物が詰まっているように気分が悪い。
  それは帰宅後も変わらない。
  ぐるぐる回る青白い靄。
七瀬 星奈「ダメだな私」
  手にしたスマホをベッドに投げ捨てて、テレビを付けた。

〇劇場の舞台
杉田 小夏「そうなんですよぉ、整形してから人生が360度変わったんですよ」
司会者「一週間回っとるやないか。それじゃなんもかわっとらへんわ」
杉田 小夏「でもでも、整形して運命が変わったというか。 ポッと始めたアパレルも成功するし、イケメンの彼氏もできたの」
司会者「それでは整形前の写真を見てみましょう」
  テレビに映し出されたのは重たい一重瞼で小太りの女性だった。
司会者「別人じゃない?」
  モニターに写っているのは今の垢抜け方とは程遠い地味な女性だった。
司会者「全然ちゃうやないか」
杉田 小夏「そうなんですょー。 もうピカっとギャルっと変身してしまいましてぇー」
司会者「もう突然変異やん」
  15秒後、彼女がいかにして変貌を遂げたのか、その壮絶な人生を語る

〇女性の部屋
  私はそこでテレビを消した。
  真っ暗になったモニターの先にはあの頃と何も変わらない私の姿がある。
  地味で日陰者の私。
七瀬 星奈「私の武器ってなんだろうか」
  胸もないし、顔も普通だと思っている。
  OLだしお金も少ない。
  処女?でも、それは違うか。
  私はSNSを広げて「女の武器って何か?」と公衆の面々に投げかけてみた。
  「見た目」
  「おっぱい」
  「性格?」
  「悩み事なら聞くけど」
  「金」
  「運」
  「才能」
  「自信かな?」
七瀬 星奈「やっぱり、はっきりしないものだよなぁ」
  再び鳴ったバイブレーションに誘われてスマホを見る。
  それはダイレクトメッセージだった。
守山 大成「不満があるなら共闘しませんか?」
  怪し過ぎるだろ。と思いつつ共闘という言葉に釣られて私はメッセージを返す。
七瀬 星奈「誰?」
守山 大成「あっ、すいません。 怪しかったですよね。僕です。 高校の頃、同じクラスだった。 守山大成です」
七瀬 星奈「だから、誰だよ」
  頭のか中を捜査でも該当者なし。
七瀬 星奈「ごめん。ちょっと誰か分からないや」
守山 大成「そうですよね。そうだと思います。 多分七瀬さんと話したこと無かったと思いますし。 僕は日陰者だったので」
  日陰者。
  私と同じ日陰者。
  何だか捨て辛くて今まで持っていた高校の卒業アルバムを開く。
七瀬 星奈「私と喋ったことない奴なんて結構いるかも」
  知り合い程度の顔写真が並ぶ中、不気味な2つの写真がある。
七瀬 星奈「懐かしい」
  一つはいけすかない私の写真。
  そして、もう一つは
七瀬 星奈「守山大成」
  記憶の隙間に僅かに残る髪の毛ボサボサでイジメられていた男の子の姿。
  思い出せたことが奇跡のような記憶に薄い。
七瀬 星奈「久しぶりだね。元気?」
守山 大成「うん。思い出してくれたのかな? ありがとう」
七瀬 星奈「卒業アルバム見てカンニングしたけど思い出した」
守山 大成「卒アルね。あまり見てほしくないけど」
守山 大成「それで話は戻るんですけど。僕と共闘しませんか?」
七瀬 星奈「共闘?どういう意味?」
守山 大成「言いズラいのですが、七瀬さんって高校生のころパッとしてなかったですよね。 僕は虐められてた」
七瀬 星奈「他人から改めて言われると腹が立つけど確かにそうね」
守山 大成「ごめんなさい。 怒らせるつもりはなかったです」
七瀬 星奈「怒ってはいないよ。事実だし」
守山 大成「どうしてパッとしなかったのか考えたことはないですか」
七瀬 星奈「それは・・・」
  女の武器とは?今しがたSNSに投げかけた質問。
守山 大成「僕は僕が虐められていた理由を知りたかった。 確かに見た目はオタクで髪の毛もボサボサで不潔だったかもしれない」
守山 大成「でも、もし世界がオタクだらけで髪の毛ボサボサを許容する世界だったら僕は普通だったと思うんです」
七瀬 星奈「何?世界征服でも宣言するつもり」
守山 大成「はい」
  彼は既読と共に秒速で返信する。
守山 大成「日陰者を日向者に変える方法。 それは僕らが変わることでもなく、相手が変わることでもない」
守山 大成「世界が変わることなんです。 僕はこの世界がおかしいと思うんです」
守山 大成「僕は僕の世界を作りたい。 話を戻します。 僕と共闘しませんか」
七瀬 星奈「いや、まだ話が見えないだけど。 その具体性とか」
守山 大成「そうですよね。唐突にごめんなさい。 では今度一緒にお茶でも行きましょう。 来週の土曜日なんてどうですか?」
七瀬 星奈「考えておく」
  私の中の守山大成とは違う。
  積極性に強い意思、その全てが当時の印象からかけ離れていた。
  私は別のSNSを開いて、守山大成の歴史を探る。
  そこに映る彼は・・・

〇ニューヨーク・タイムズスクエア

〇女性の部屋
七瀬 星奈「うそっ、めっちゃイケメン」
  外国人に囲まれて笑う彼は当時を面影もない男性だった。
七瀬 星奈「世界征服ね」
  自分を変えず、周りを変えず、世界を変える。そんなことが本当に出来るのか。
  私は静かに目を閉じて息を静かに吐き捨てた。

次のエピソード:彼の世界

コメント

  • 突然の同級生からの電話。語られた言葉が共闘…謎が多いけれど何か今までとは違うことが始まる予感。
    日陰者と自嘲してないで変わるきっかけになればいい。

  • 高校同級生の電話の話から、なにか凄いことが起こりそうな予感がしました。長年虐げられていたことって、それが以外なパワーにつながることって、あり得るなって思います。是非、彼女にも明るい未来を勝ち取ってほしいです。

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