09/弟(脚本)
〇古いアパートの一室
七月九日、朝の七時過ぎ。いつもの寝室。
僕は目覚まし時計の音で、目を覚ました。
「・・・・・・え、夢オチ?」
久しぶりに、しっかりとした夢を見た気がする。
自慢ではないが、僕は悪夢を見たことが無い。
いや、正確には、夢を見た場合楽しかったという感想のまま目が覚める場合が多い。
勿論続きが見たかったとがっかりする場合もあるが、それはその夢が面白かったからだ。
「・・・・・・」
〇日本家屋の階段
カーテンを開け、着替えを終え、二階の自室から出て階段を降りる。
今日の夢は、どうだっただろうか。
起きた瞬間に忘れてしまって、思い出せなくてまたがっかりするということもよくあるが、今回の夢は今も、鮮明に覚えている。
〇アパートのダイニング
「・・・・・・おはよう」
いつものリビングに入りいつもの席に座ると、いつもの朝食をコロンが、僕の席に持って来てくれた。
コロン「おはようございます、お兄様」
コロン「今日は納豆ご飯と、レタスと油揚げの味噌汁です」
「ああ、ありがとう。コロンはもう食べたのか」
コロン「はい。ですが以前お兄様が作ってくれたものほどおいしくできませんでした」
コロン「明日はお兄様が当番の日ですから、楽しみにしていますね」
いつも通り僕がご飯に納豆をかけると、いつも通りコロンは空になった納豆のパックを流しに持って行ってくれた。
「そうかな? 僕は今日のもおいしいと思うけど」
「それにしても、コロンは相変わらず早起きだな」
コロン「私はお兄様の様に夢を見ませんから」
コロン「今日も、何か見たんですか?」
コロンがリビングに戻ってきて、隣に座った。
「ああ・・・・・・」
コロン「覚えてるんですか?」
「今回は、結構はっきり記憶に残ってる気がする」
コロン「そうですか」
コロン「じゃあ、なぜあの時彼女を撃たなかったんですか?」
「・・・・・・え?」
コロン「なぜ、あなたを撃ったんですか?」
「いや、え・・・・・・?」
何で、コロンが僕の見た夢の中身を知ってるんだ。
僕はまだ、夢で見た内容を一言も話していない。
確かにあの時、コロンは僕の後ろにいて銃を差し出してきた。いや、だったら知っていて当然なのか。
いや・・・・・・あの時?
久野フミカ「コハク!」
聞き慣れた声がして振り返ると、寝間着姿の久野が僕の家のリビングに飛び込んできていた。
「久野? 何でここに」
久野フミカ「良かった・・・・・・生きてた・・・・・・」
生きてた・・・・・・? まさか。
「・・・・・・もしかして、久野も僕と同じ夢を?」
コロン「おはようございます、久野フミカさん」
コロンが笑顔のまま椅子から立ち上がって、僕と久野の間に割って入った。久野が身構える。
久野フミカ「・・・・・・おはようございます、コロンさん・・・・・・だったっけ?」
こんな状況だが、一応ちゃんと紹介しておくべきだろう。
僕はコロンの横に立って、軽く肩に手を置いた。
「ああ、久野は会うのは初めてか」
「紹介するよ。僕の弟の、虎丸コロンだ」
久野フミカ「コハクの・・・・・・弟?」
久野は訝しげに、僕とコロンを交互に見た。
コロンは気にせず、久野にニッコリと笑いかける。
コロン「お初にお目にかかります」
コロン「私はコロン」
コロン「あなたは久野フミカさんですよね」
コロン「しかし朝からそんな恰好で先輩の家に押しかけるなんて」
コロン「先輩の弟としてはちょっと、許容できないですね」
久野は寝間着のボタンを留めながら、コロンを警戒したまま近づいてくる。
久野フミカ「これは・・・・・・慌ててて、家が隣にあるから」
コロン「家が隣に、ですか?」
久野神社の方は学校の近くにありここから少し離れているが、久野の住んでいる家は僕の家の隣にある。
だから寝間着で押しかけることも可能なのだが、今までそんなことは一度も無かったし、押しかけられた今それはそれで困っている。
久野フミカ「そう・・・・・・まさか知らなかったの?」
久野フミカ「・・・・・・コハクの、弟なのに」
コロン「そうですか。でも、それは理由になっていませんよ」
落ち着き払ったままのコロンを睨みつけたまま、久野が僕に警告する。
久野フミカ「そうかもね・・・・・・。コハク、そいつから離れて」
「離れる? 何で・・・・・・」
一旦なだめようと近づくと、久野にすごい勢いで腕を引っ張られた。
そして今度は、久野が僕とコロンの間に立ち塞がる。
久野フミカ「これ以上、コハクの邪魔をするなら」
途端に久野の皮膚が、だんだん灰色にただれていく。
「おい、久野・・・・・・?」
久野フミカ「お前も、私と同じ運命を辿らせてあげる」
後ろからでもわかる。
この気配、この姿は、昨日の夜のと同じだ。
コロン「ほお・・・・・・。もう慣れたんですか」
コロンが、少しだけ驚いたような顔をする。
久野フミカ「慣れた? いや・・・・・・思い出しただけ、なんでしょ?」
コロン「・・・・・・確かに、そうでしたね」
そして気が付いた時には、コロンは僕の背後に立っていた。
コロン「先輩も、次に会う時までに思い出しておいてくださいね」
そしてまた耳元で、悪魔が囁く。
コロン「あなたが叶えたかった世界」
コロン「そしてそれに差し出せる、代償を」