読切(脚本)
〇海辺
三浦 一輝「・・・美冬。やっぱり、お前は・・・。いや、大丈夫だよな? 生きてるよな?」
三浦 一輝(美冬は、俺より五つ下の幼馴染だ。あいつと初めて会ったのは、雪の降る朝のことだった・・・)
〇公園のベンチ
赤ちゃんの泣き声が響いている。
三浦 一輝「どうして、泣いてるの? どこか、痛いの?」
美冬の母親「そうじゃないの。寂しくて、泣いてるのよ」
三浦 一輝「寂しい?」
美冬の母親「そう。この子の父親がね、事故で死んじゃったの。だから、寂しくて泣いてるのよ」
三浦 一輝「じゃあ、僕がこの子のお父さんになってあげる」
美冬の母親「え?」
三浦 一輝「お父さんがいれば、この子は寂しくなくなるんだよね?」
美冬の母親「ええ・・・そうね」
三浦 一輝「それじゃ、僕がこの子のお父さんになって、ずっと、この子を守ってあげる」
美冬の母親「・・・ありがとう。君、名前は?」
三浦 一輝「一輝」
美冬の母親「それじゃ一輝君。美冬をお願いね」
三浦 一輝「うん!」
〇海辺
三浦 一輝(そう。あの日から、俺は、どんなことがあっても、美冬を守るって決めたんだ)
三浦 一輝(・・・それなのに。それなのに・・・)
三浦 一輝(二年前・・・。夏休みに、美冬と二人で海に行った。日帰りで、すぐに帰ってくるつもりだった・・・)
〇海辺
観光客でにぎわう海辺。美冬がはしゃいで、走る。
神代 美冬「お兄ちゃん、早く!」
三浦 一輝「おい、美冬、待てって。そんなにはしゃぐと、転ぶぞ」
神代 美冬「だいじょーぶだって」
神代 美冬「・・・きゃっ」
美冬が砂の上で、転ぶ。
神代 美冬「いてて・・・」
三浦 一輝「ほら、言わんこっちゃない」
神代 美冬「・・・あのさぁ、せっかく海に来てるんだから、もう少しはしゃいだら?」
三浦 一輝「俺は美冬と違って、子供じゃないから、そんなにテンション高くなれないよ」
神代 美冬「ぶぅ・・・。どうせ、美冬は子供ですよーだっ」
三浦 一輝「お、おい。そんなに怒るなよ。冗談だって。悪かったよ」
神代 美冬「許してあげるから、お願い、一つ聞いてくれる?」
三浦 一輝「・・・いいけど、なんだ?」
神代 美冬「あの、洞窟に一緒に行ってくれない?」
三浦 一輝「・・・洞窟?」
神代 美冬「そう。あの、遠くに見える島にある、洞窟。竜神様が住んでるんだって」
三浦 一輝「・・・竜神様? 随分と胡散臭い話だな。大体、あの島まで、結構遠いぞ」
三浦 一輝「泳いでなんて無理だし、船を借りて行くにしても、危険過ぎる」
神代 美冬「行ってくれないなら、許してあげない。もう、口も聞いてあげない」
三浦 一輝「分かったよ。じゃあ、ボート借りて来るから、ちょっと待ってろ」
神代 美冬「わーい。ありがとう、お兄ちゃん」
三浦 一輝(本当は、あの時、美冬に嫌われてもいいから、止めるべきだったんだ)
〇沖合
一輝がボートを必死に漕ぐ。やや古びたボートはギシギシと音を立てて、海を進んで行く。
三浦 一輝「うわっ、結構、揺れるな」
神代 美冬「波も高くなってきたね」
三浦 一輝「やっぱり、戻ろう。危険だ」
神代 美冬「ダメ! 絶対、行くのっ!」
三浦 一輝「・・・なんでだよ。どうせ、竜神様なんて、嘘に決まってるんだからさ」
神代 美冬「二人で、あの洞窟に行ったらね。・・・その二人は、結ばれて、ずっと一緒にいられるんだって」
三浦 一輝「・・・」
神代 美冬「・・・だから、絶対、お兄ちゃんと一緒に行きたいの」
三浦 一輝「美冬・・・」
そのとき、大きな波が二人の乗るボートを襲った。
三浦 一輝「うわっ」
神代 美冬「きゃっ!」
三浦 一輝「美冬、俺の手を離すなよ!」
神代 美冬「う、うん」
さらに大きな波が襲ってきて、船が転倒する。
二人が、海に投げ出される。
三浦 一輝「美冬、大丈夫だからな。俺にしっかり捕まってろよ。絶対に、お前は守ってやるからな」
神代 美冬「・・・お兄ちゃん」
大きな波が無情にも、二人を飲み込む。
三浦 一輝「・・・美冬」
〇海岸の岩場
三浦 一輝(気が付いたら、俺は、岩場に投げ出されていた)
三浦 一輝(しっかり、つかんでいたはずの、美冬の手は・・・美冬の姿は見当たらなかった)
〇海辺
三浦 一輝(地元警察は、一週間、遭難者を探したが、結局、見つけることはできなかった)
三浦 一輝「・・・美冬」
三浦 一輝(ずっと、守るって約束したのに。俺は、その約束を守ることができなかった)
三浦 一輝(あの事故から二年。いつも、この時期になると、俺はこの浜辺に来ている)
三浦 一輝(ここに来れば、美冬に会える。そんな気がしていたからだ。・・・いや、違うな)
三浦 一輝(美冬を探してさまよっていた時に聞いた、あの噂を確かめるために、俺はここに来ているんだろう)
〇海辺
男客「なあ、知ってるか? この辺に幽霊が出るって話」
女客「なに? やだ、私を怖がらせて、どうする気?」
男客「まあ、聞けって。二年前に、ここで一組のカップルが事故に遭ったらしんだよ」
女客「うわっ、やっぱり、それって死んだの?」
男客「ああ。一人は助かったらしいんだけどよ、死んだ方が未練を残して、幽霊になって夜な夜な浜辺をうろついてるんだって」
女客「キャー、怖いっ」
〇海辺
静かな浜辺を歩く一輝。
三浦 一輝(幽霊でもいい。とにかく美冬に会いたかった。会って、謝りたかった。守ってやれなくてごめんって、一言、言いたかった)
三浦 一輝「美冬。どこにいるんだ。いるんだろ? 出てきてくれ」
ふと、一輝の足が止まる。
三浦 一輝「・・・・・・もしかして」
〇沖合
神代 美冬「二人で、あの洞窟に行ったらね。・・・その二人は、結ばれて、ずっと一緒にいられるんだって」
三浦 一輝「・・・・・・」
神代 美冬「・・・だから、絶対、お兄ちゃんと一緒に行きたいの」
〇海辺
三浦 一輝「・・・もしかして、あの洞窟に?」
〇岩穴の出口
三浦 一輝「ここが竜神様の洞窟・・・」
三浦 一輝「美冬―。いるか?」
一輝が洞窟内を進んで行くが、行き止まりになる。
三浦 一輝「行き止まりか。いるわけ、ないよな」
その時、後ろから足音が聞こえる。
???「・・・お兄ちゃん?」
三浦 一輝「え?」
三浦 一輝(振り向くと、そこに美冬の姿があった。少し日に焼けて、背も随分と伸びている)
三浦 一輝「美冬。お前、たくましくなったな」
神代 美冬「二年ぶりに会ったのに、それ? それに、全然、褒めてないよ」
三浦 一輝「・・・ごめん」
神代 美冬「・・・お兄ちゃんは、全然、変わってないね。あの時のまま・・・」
三浦 一輝「生きてて、くれたんだな」
神代 美冬「・・・うん。あの時ね、お兄ちゃんが、私を船の上に押し上げてくれたんだよ」
三浦 一輝「・・・そっか」
神代 美冬「うん。美冬は、お兄ちゃんに助けてもらったの」
三浦 一輝「・・・俺は、お前を守ることができたんだな」
神代 美冬「そうだよ。だからね・・・」
神代 美冬「もう、いいんだよ」
三浦 一輝「・・・」
神代 美冬「美冬はね。これから、お兄ちゃんがいなくても、ちゃんと生きていくよ」
神代 美冬「お兄ちゃんに助けてもらった命、ちゃんと大事にするよ」
三浦 一輝「・・・ああ」
神代 美冬「ありがとう。お兄ちゃん」
三浦 一輝「ありがとうな、美冬。生きててくれて」
神代 美冬「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
三浦 一輝(これで俺は、心おきなく、成仏できる)
三浦 一輝(さようなら、美冬。そして、今までありがとう)
終わり。
逆だったんですね…。
てっきりお兄さんが助かったものかと…。
お互い助かって欲しかったですが、お兄さんは安心して成仏できたようでよかったです。
人を想うこと、愛することは何も生きている時間だけではないのだということを強く感じました。美冬さんは彼の死後、より一層強い愛情を支えに生きている様子が伝わりました。