第十話『間奏曲Ⅰ』(脚本)
〇車内
笹沼刑事「・・・・・・どう思う?浅井」
警視庁捜査一課、笹沼義孝は。運転席に乗り込むと同時に、相棒の浅井美野里に声をかけた。
村井芽宇は、昨日と比べればだいぶまともに話が聞ける状態になっていた。
一応、学校にも来れている――やや呆然自失状態だったようだが。
しかし、彼女の話を聴けば訊くほど、この事件の謎は深まる一方だった。
一昨日の夜にトイレで亡くなった、太田川亜希子。
そして今日、枯れ井戸で首を吊って死んだ小河原海砂。
共通しているのは、二人とも同じ四年二組に所属していたということだ。目撃者である、村井芽宇も含めて。
浅井刑事「流石に、刑事である以上祟りなんてものがあるとは思わない・・・・・・というか、それを信じちゃおしまいってかんじですけど」
浅井はやや苦笑いをして言った。
浅井刑事「でも、変な事件なのは間違いないですよね」
浅井刑事「まず、太田川亜希子。トイレで、自分の排泄物まじりの水に顔突っ込んで亡くなってたんです」
浅井刑事「自殺だけはあり得ないですよ。一体誰が、自分のウンチに顔突っ込んで死にたいものですか」
笹沼刑事「だろうな。だから、事故でうっかり転倒して、それで窒息死した可能性が濃厚なんだが・・・・・・」
分からないのは司法解剖の結果、彼女に特に病気などが見つからなかったことである。
突然の心臓発作などで、やむなくトイレの中に倒れ込んだということではなさそうなのだ。
というか、床に足を滑らせたような痕跡もなかった。便座も上がっていた(女性だから立ちションなどするはずもないというのに)。
まるで便座を自分で上げて、そこに思いきり自ら顔を突っ込んだとしか思えない有様だったのである。
そもそも万が一転んだとしても、あんな風に顔を思いきり水の中につけるようなことになるだろうか。
頭を打った形跡もないから尚更に。仮に一瞬顔を突っ込んでしまうことがあっても、普通はすぐ起き上がるはずだろうに。
浅井刑事「小河原海砂の件もわかりませんよね」
はあ、と浅井はため息をついた。
浅井刑事「窒息死なのは間違いない。ロープが首絡まってそのままうっかり井戸で足を踏み外して首吊り・・・っていうと事故っぽいんですけど」
笹沼刑事「だが、村井芽宇の証言だと、何者かに操られて自ら首を吊ったってことになっているな」
浅井刑事「いやいやいやいや、さすがにそんなオカルトはないでしょう」
浅井刑事「村井芽宇が、小河原海砂とトラブルになって首吊り自殺を装って殺害したという方がまだあり得ます。目撃者もないし。ただ」
彼女の眼が、困惑したように遠くを見る。
浅井刑事「首の擦過痕に圧迫痕がね・・・・・・村井芽宇はまだ小学生だし。あんな強い力で、誰かの首を絞められるとは、とても・・・・・・」
それなのだ。
小河原海砂は病院で死亡が確認されたわけだが、彼女は窒息したのみならず、脛骨に罅が入っていたこともわかっている。
ロープは首に食い込みすぎて、皮を突き破るほどだった。
あんな小柄な村井芽宇が、同じ小学生とはいえあれほどの力で他人の首を絞めたりできるものだろうか。
そもそも、もう一つおかしいことは。
首吊りではなく、何者かに絞殺されたとしか思えないほど強い圧迫痕が残っているのに──
ロープには一切、“手で握って締め上げた痕”が残っていないのである。
人間がロープで人の首を絞めれば、そこに手の痕がつくのは本来免れられないはずなのに。
笹沼刑事「まるで超能力でも使って、誰かが小河原海砂の首を絞めたみたい、だな」
笹沼が笑って見せると、笑いごとじゃないですよ、と浅井にジト目を向けられる。
浅井刑事「そんなの報告書に書けると思ってるんですか?女の子の首を、何者かが念力で締めて殺したので犯人なんてわかりませんーって?」
笹沼刑事「そこまで言ってないだろう。・・・・・・が、一筋縄で行く事件じゃないのは間違いないだろうな」
笹沼刑事「まだどっちも殺人と決まったわけじゃあないし、太田川亜希子の件と同一犯とも決まってないが」
超能力だの、祟りだの。そんなものを信じているわけではない。
しかし実際、過去には妙な事件が起きた前例があることも笹沼は知っているのである。
そういうことに詳しそうな奴を当たってみるか。笹沼は、ある人物の顔を思い浮かべたのだった。
〇モヤモヤ
第十話
『間奏曲Ⅰ』
〇おしゃれなリビングダイニング
奥田冴子(少し、迂闊だったかしら)
自宅にて。鏡で芽宇の様子を見ていた冴子は、ちょっとだけ己の迂闊さを反省したのだった。
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冴子さんの中に暗い情熱と冷静な視点が同居していますね。合わせるとまさに”狂気”という感じで。刑事さん方の役割が、第三者視点の提供というものか、この復讐に関わってくるのか、以降も楽しみになります。