読切(脚本)
〇通学路
湊(昔、俺は夕日が嫌いだった。昼が終わり、夜が来ることのお知らせ)
湊(夕日は俺にとって、遊びの終わり、遠回しに家に帰れという命令のように感じた)
湊(だけど、あいつは笑いながら言った。夕日は明日遊ぶ約束をする時間。明日も会えることの楽しみが始まる時間だよ、と)
湊(だから、それから少しだけ、俺は夕日が好きになったんだ)
ゆっくり自転車を漕いでいる湊。
美月「湊―!」
湊がブレーキをかけると、美月が走り寄ってくる。
美月「はあはあはあ。やっと追いついた」
湊「あれ? 美月、今日は一人か?」
美月「うん、そだよ」
湊「あいつは?」
美月「引っ越しの準備。まだ終わってないんだって」
湊「おいおい。大丈夫なのか? 明日だろ?」
美月「仕方ないから、私も手伝ってあげるつもり」
湊「ったく、あいつらしいな。しっかりしてるようで、そういうとこはズボラだよな」
美月「最近はずっと夜遅くまで論文書いてたみたいだよ」
湊「高校生のやることじゃねえな」
美月「ははは。まあ、それだけ気合い入ってるってことで」
湊「ふーん。で?」
美月「で、って?」
湊「そんなことを言うために、わざわざ走ってきたのか?」
美月「違うよ。一緒に帰ろうって思って」
湊「一緒に?」
美月「嫌?」
湊「別に嫌じゃないけど」
美月「なら、決まりね」
湊「・・・お前は大丈夫なのか?」
美月「うん。よゆー」
湊「そっか」
美月「じゃ、後ろ、乗っけてもらうね」
美月が自転車の後ろに乗り、湊が漕ぎ始める。
湊「うお! 重い」
美月「うわー、そういうこと、年頃の女の子に言うかな」
湊「ホントのことだから、仕方ないだろ。現実を見ろ」
美月「ふふふ」
湊「そこ、笑うとこか?」
美月「こんな風に、言いたいこと言うのって湊だけだなーって思ってさ」
湊「そうか? あいつだって言うだろ」
美月「ん? んー。そんなことないよ。最近は特に、かな」
湊「なんだ。あいつも気を遣うってことを覚えたのか。驚きだ」
美月「あははは。湊には言われたくないと思うよ」
湊「うるせえ。そういうお前だって、言いたいこというじゃねーかよ」
美月「・・・・・・」
美月「・・・ねえ、湊。そこ曲がって」
湊「はあ? 遠回りになるだろ」
美月「いいから」
湊「メンド臭いから却下だな」
美月「あれ? そんなこと言っていいのかな? 今、湊の無防備の脇腹の運命は私の拳にかかってると思うんだ」
美月「ここは素直に私の頼みを聞いた方がいいんじゃない?」
湊「頼みじゃなくて脅しだろ」
美月「ってことで曲がろっか」
湊「はいはい」
少しブレーキをかけて曲がっていく。
美月「いつ以来だろうね。こうやって、しゃべるの」
湊「・・・そんなに前じゃないだろ。学校でも会うんだし」
美月「学校じゃ、ちょっと話すくらいじゃない。こうやって二人だけで、なんてないでしょ」
湊「・・・そりゃ、そうだろ」
美月「なんで?」
湊「なんでってそりゃ・・・・・・なんでだろな」
美月「前までは、三人で遊ぶのが当たり前だったのにね」
湊「前までって、そりゃ小学生のときの話だろ」
美月「あの頃は楽しかったなぁ」
湊「そうだな」
美月「湊が無茶して、巻き込まれて私たちが怒られて・・・」
湊「その後、お前らに文句言われたあげく、お菓子を奢らせられたんだよな」
美月「奢らせたって、10円とか20円とかでしょ」
湊「あの頃の小遣いじゃ、大金だったんだよ」
美月「あの頃はさ、100円持ってたら、贅沢できたよね」
美月「今だと、下手したら一袋も買えないからね」
湊「駄菓子店も見なくなったもんな」
美月「時代は変わってくね」
湊「そりゃそうだろ」
美月「そう考えたら、当たり前か・・・」
湊「なにがだ?」
美月「私たちの関係が変わるのもさ」
湊「・・・お菓子と同じかよ」
美月「もう、戻れないのかな?」
湊「無理・・・だろうな」
美月「そっか・・・」
湊「けどさ」
美月「ん?」
湊「悪いことばっかじゃないんじゃないか? 変わることも、さ」
美月「そうかな?」
湊「そうだろ。特にお前はさ」
美月「うーん。どうなんだろ?」
湊「おいおい・・・」
美月「あ、ちょっと待った!」
慌てて急ブレーキをかける湊。
湊「なんだよ、急に」
美月「ねえ、あそこ、登ろ」
湊「高台か・・・」
美月「ね、お願い」
湊「わかったよ」
美月「じゃあ、しゅっぱーつ」
湊「いや、しゅっぱーつじゃねえ。降りろよ」
美月「何言ってるのよ。こういうときは、男が頑張るところじゃない」
湊「最近だと、そういうのはジェンハラっていうらしいぞ」
美月「へー、すごい。湊、そんな言葉知ってるんだ」
美月「じゃあ、頑張って漕いで」
湊「聞けよ、人の話・・・」
湊「くっ・・・」
必死に自転車を漕いでいく湊。
〇山の展望台(鍵無し)
湊「はあ、はあ、はあ、はあ・・・」
美月「いやー、絶景かな絶景かな」
湊「吐きそうだ」
美月「ダラしないわね。体力落ちたんじゃない?」
湊「お礼の一つも言えないのかよ」
美月「よく頑張った。偉い偉い」
湊「それはお礼じゃねえ。さらに、上から目線なのが腹立つ」
美月「あ、見て、湊。夕日」
湊「・・・・・・」
美月「昔さ、私が、夕日は明日遊ぶ約束をする時間。明日も会えることの楽しみが始まる時間って言ったの覚えてる?」
湊「・・・忘れた」
美月「明日会う約束・・・しよっか」
湊「・・・破ることが確定してる約束、する意味あるのか?」
美月「何もかも、変わっちゃうなぁ。夕日は変わらないのに」
湊「・・・夕日が変わったら大変だろ」
美月「湊は捻くれてるね。そんなんじゃ、モテないぞ」
湊「うるせー」
美月「・・・こんな軽口は言えるのに、大事なことって言えないよね」
湊「・・・そうかもな」
美月「昔みたいに、なんでも言い合える関係に・・・・・・戻りたかったな」
湊「・・・・・・」
美月「よし、じゃあ、帰ろっか」
湊「な、なあ・・・美月」
美月「ん?」
湊「お、俺さ・・・お前のこと・・・」
美月「ダメ!」
湊「・・・・・・」
美月「あのね。私、湊との思い出は笑顔のまま終わりたいの」
美月「だから・・・お願い。・・・ね?」
湊「・・・悪かった」
美月「って、ちょっと大げさだったね。二度と会えないわけじゃないのにさ」
湊「そうそう会えないだろ。アメリカだぞ」
美月「うーん。次、会うときは名字が変わってるかな。お互い」
湊「ああ。お前に負けない良い女見つけて、びっくりさせてやるよ」
美月「あはは。楽しみにしてるよ。・・・それじゃね」
湊「ああ。それじゃな」
美月が歩いていく。
湊(夕日は明日遊ぶ約束をする時間。明日も会えることの楽しみが始まる時間)
湊(この言葉で、俺は夕日を少しだけ好きになった)
湊(だけど、今日、俺は、この言葉で夕日が少しだけ嫌いになった)
終わり。
心情的な影響で夕日、雨、場所等に憂鬱や憂いを感じる気持ちがとても伝わりました。恋愛に成就せずとも、こうして思い出を共有しあえる二人の関係が素晴らしく感動的でした。
二人の会話と地の文で自転車上を表現していたのが面白かったです。
三人の物語を二人の会話で進めていく、というのもあまり他では見ないスタイルでした。何人キャスティングするか等の考慮の上でお話作りされているのかな、とか色々考えさせられる読み切りでした。