〇一人部屋
いさ子(中年)「はぁ・・・・・・」
　　開口一番どデカいため息をついたこの女性
　　名前はいさ子。御年40になりつつも一人わびしい生活に甘んじている無職の中年だ。
　　辛気臭さの染みついた表情からは、未来に対する希望を欠片ほども感じさせない。
いさ子(中年)「はぁ・・・・・・」
　　そうこう言っている間にまたため息が出てきた。今日何度目になるだろうか。
　　さて、そんな彼女だがたった一つ。誰にも言えないとっておきの秘密があった。

〇渋谷のスクランブル交差点
　　時刻は夜の19時。賑わいを見せる街並みの中に一人、やたら楽しそうな顔をした少女がいた。
　　歳はおよそ17歳程度だろうか。落ち着いた服装も相まって夜街とはミスマッチに見える。
ナンパマン「へいへいへーーーい！」
ナンパマン「うぇうぇうぇーーーーい！」
　　都会に広がるビル砂漠には大量のハイエナが巣食う。
　　若い女が一人で立っていれば、あっという間にヨダレを垂らしつつ集ってくる。
ナンパマン「そこの嬢ちゃん、こんな所でなにしてんのさ～～～!?」
ナンパマン「一人だと危ないぞ～～～？ 早く家に帰って学校の課題でもやりな～～？」
ナンパマン「最近痴漢も増えてるって話だからな～～ 見つけ次第ぶっ殺してやるぜ～～～!!?」
いさ子(若年)「あ、あはは・・・・・・」
　　当然親切な人も居る。
　　心優しいナンパマンたちと別れ、少女は気ままに夜街をぶらつき出した。
いさ子(若年)「さっきの人たち、私が本当は中年のおばさんだって知ったら驚くんだろうなぁ・・・・・・」
　　少女の名はいさ子。あの冴えない中年女性と同姓同名・・・否、紛れもなく本人だ。
　　彼女の抱える秘密とは「これ」だ。
　　時間帯によって身体の年齢が変化してしまう。今は夜だから女子高生くらいになる。

〇レトロ喫茶
　　反対に、朝方は年老いた老婆へと姿を変える。
　　喫茶店でモーニングを嗜むいさ子の前に、同じく年配の男性が満面の笑みを浮かべ、大股でやってきた。
じじい「いさちゃん、元気しとうね！」
いさ子(老年)「ええ元気ですよ、爺井（じじい）さん」
じじい「うぇへっへっへ・・・・・・いいっこちゃなぁ。 年取ってからは毎日の健康が一番嬉しいわ」
いさ子(老年)「あらあら、昨日は孫の成長を見るのが一番幸せだって言ってたのに」
じじい「はっはっは。何が幸せかなんて毎日変わるもんよ！」
いさ子(老年)（じじいさん、本当に幸せそう・・・・・・）
じじい「いさちゃんは最近幸せな事、何かあったかね？」
いさ子(老年)「幸せなこと、ですか」
　　じじいは大きく頷いた。
　　問われたいさ子はというと、口を噤んでしまった。
いさ子(老年)（私自身の幸せ、かぁ・・・・・・）
じじい「いさちゃん？」
いさ子(老年)「特に、思いつかないですねぇ」
じじい「まぁそういう日もあるわな！ うぇへっへっへ」

〇一人部屋
いさ子(中年)「私の幸せ、かぁ・・・・・・」
　　昼になり元の中年に戻ったいさ子は、未だ今朝の質問に頭を悩ませていた。
　　幸せ、とは。
　　自分自身の幸せとは。
いさ子(中年)（そもそも私って何なんだろう・・・・・・。 朝も夜も、あれは私と言えるのだろうか）
いさ子(中年)（彼らは決して「私」と喋っていたわけではない。私は誰とも会話していない）
　　とっておきの秘密は往々にして人を悩ませる。
　　いさ子の抱いた不安感や悩みは、誰かに相談することも出来ない。解決も容易ではない。
　　古来から続く「自分探し」の文化、その明確な向き合い方をいさ子が見つけていく。かもしれない。