第三話『太田川亜希子Ⅰ』(脚本)
〇個室のトイレ
最近おなかの調子が良くない。やや駆け足でトイレに入ると、太田川亜希子は勢いよく下着を下ろして便座に座った。
太田川亜希子(まったく、何でこうなるの。私が何をしたって言うのよ)
確実にストレスが溜まっている。
今日も職員室に電話が入ったらしい――いじめは本当になかったのか、学校はいじめを隠蔽しているのではないか、と。
そのせいで、校長からお叱りを受けた。学校としては、いじめなんてものがあると認めるわけにはいかないだろう。
ただでさえ多い仕事をこれ以上増やされてたまるか、というのもあるだろうし──
そもそも学校の評判を落とされたら死活問題だというのもあるだろう。
まったく腹立たしいことこの上ない。クラスで起きた問題を、みんなクラス担任のせいにされるなんて冗談じゃなかった。
自分は生徒達の全ての教科を見ているわけじゃないし、常に彼等を監視することだってできるわけじゃない。
把握していないことや、止められないことがたくさんあるのは当たり前ではないか。
テストを作ったり授業を考えたりするだけで厄介なのに、何で休み時間の生徒達の動向にまで気を配らないといけないのだろう。
自分はいじめなんか知らないし、そんなものはないとはっきり言った。
校長だって自分を信じて、例の自殺した生徒の親には同じ説明をしたはずだ。
それなのに、まだ足らないというのか。
いじめがあった証拠を見つけることより、いじめがなかった証拠を見つける方が遥かに難しいというのに。
太田川亜希子(遺書だって母親は言ってるけど、あの手紙のどこにも遺書だなんて書いてないじゃないの)
太田川亜希子(愚痴を手紙として残してたってだけでしょ。それをいじめの証拠にされたらたまったもんじゃないわ)
お腹の鈍痛とともに、イライラが増していく。薬を飲んだが、一向に収まる気配がない。
用を足しては、からからとトイレットペーパーが回る音が空しく響く。
太田川亜希子(そもそも、世の中には被害妄想ってもんもあるのよ。ちょっと悪口を言われただの、仲間外れにされただの)
太田川亜希子(そんなものを簡単にいじめ認定されたらたまったもんじゃないわ。教師にどう防げっていうのよ)
子供のやることだ。ちょっとした喧嘩や悪口くらい言うし、そうやって大人になっていくのが当たり前ではないのか。
少なくとも自分が子供の頃はそうだった。特に男の子は、それくらいで先生に言いつけたら貧弱だと怒られるのが普通だったはず。
今の子供達は、少々甘やかされすぎているのではないか。
太田川亜希子(あの母親もヒステリックそうな見た目だったし。・・・・・・どうやって丸め込めばいいのかしら)
太田川亜希子(嫌ね、モンスターペアレントってのは)
太田川亜希子(あ、父親が怒鳴り込んできてないから、単品の場合だとそう言わないのかしら?どうでもいいけど)
まだお腹はしくしく痛むが、ある程度波は落ち着いてきたようだった。
お尻を拭いて、下着を上げ、スカートを直す。そして自分が排泄したものを流そうとした、まさにその時だった。
『おい、お前』
太田川亜希子「え!?」
〇モヤモヤ
第三話
『太田川亜希子Ⅰ』
〇個室のトイレ
突然、頭の中に声が。慌ててレバーから手を離し、周囲を見回す。
此処はトイレの中だ。まさか誰かに覗かれていたのだろうか――最初に気にしたのはそこだった。
しかし、自分が入った時、個室は全て空だった。新たに誰かが入ってきた気配もなかったのだが。
『お前だ、お前。太田川亜希子』
太田川亜希子「!?わ、私の名前・・・・・・っ」
『そうだ、お前に話しかけている。お前は、四年二組の担任だな』
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先生の言い分も理解できなくはないですよね。自身と学校組織のためにとってしまう思考パターンですから。
とはいえ、憎たらしいキャラではありますし(笑)、母親に寄り添えなかったという点で憎しみの対象となるのはやむを得ないですかね。。。