空涙

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エピソード1(脚本)

空涙

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〇朝日
  水平線を見つめ、悲しげな表情を浮かべるココア。
「カットーーー!!」
監督「ココアちゃん、ここはラストの感動的なシーンなんだから泣いてくれないと」
  撮影スタッフたちがキビキビと動いている。
ココア「すみません・・・ ココア、悲しいって気持ちがよくわからなくて・・・」
  夕日が、刻々と沈んでいく。
監督「”汚れちまった悲しみに今日も小雪の降りかかる”」
監督「”汚れちまった悲しみに──”」
ココア「”今日も風さへ吹きすぎる”」
監督「お。よく知ってるね、中原中也」
ココア「汚れた悲しみって、なんなんでしょうね」
監督「さあ。もう日も暮れるし、今日はここまで。再撮までに探しといて、悲しみ」
ココア「はい・・・申し訳ありません・・・」
ココア(人は、どんなときに悲しくなるんだろう)

〇部屋の扉
  大皿いっぱいに乗せた餅を運んでくるココア。
ココア「ツヅばあ?」
「”白鳥はかなしからずや空の青”」
ココア「”海のあをにも染まずただよふ”」
「入れ」
  ココア、ドアを開け、餅を中に運ぶ。

〇大きな箪笥のある和室
ココア「ツヅばあ、お餅持ってきたよ。食べよ」
ツヅ「年寄りを殺す食いもん第1位じゃないか」
ココア「バレた?」
ツヅ「殺人の動機は?」
ココア「1回本気で泣いてみたかったから。人は身近な人を失ったときに悲しくなる。でしょ?」
ツヅ「・・・・・・」
ココア「ツヅばあ、最後に泣いたのいつ?」
ツヅ「産まれたとき」
ココア「人生で一番悲しかったときは?」
ツヅ「おじいちゃんが死んだとき」
ココア「じゃあ、人生で一番うれしかったときは?」
ツヅ「おじいちゃんが死んだとき」
ココア「・・・・・・」
ツヅ「ところでお茶は?」
ココア「喉の通りが良くなるからダメ」
ツヅ「正気か?」
  餅を頬張るツヅ。
ツヅ「・・・う、ゴホッ、ゲホッ!?」
ココア「ツヅばあ!?」
ココア「ねえ、大丈夫!? ツヅばあ?」
  倒れ込むツヅ。
ココア「嘘でしょ!? ねえ、ツヅばあ、起きて!」
  ココア、涙が込み上げてくる。
ツヅ「──っは!」
ツヅ「死んだフリ作戦失敗」
  涙目のココア。ただ、雫はこぼれていない。
ツヅ「もう少しだったのにねえ」
ココア「もう! そういうのいいから!!」
ツヅ「いや〜、死ぬかと思った また今日も1日生き延びちまった。残念」
ココア「笑えない」
ツヅ「でも確実に、死ぬ日に1日近づいた」
ココア「だから、笑えないって・・・」

〇大きな箪笥のある和室
  空になった大皿。
ココア「ねえ、おじいちゃんが死んだとき、泣いた?」
ツヅ「そんな昔のこと忘れた」
ココア「嘘」

〇葬儀場
  あんまり覚えてないんだけど、ココアはそんとき泣いてた?
  いや。まだ小さかったからね。人が死んだってことすらわかってなかったさ

〇大きな箪笥のある和室
ココア「覚えてんじゃん」
ツヅ(・・・・・・しまった)
ツヅ「そういや、そんくらいのころ、お前は注射してもけろっとしてたね」
ココア「そうだっけ」
ツヅ「小さいころは、注射が何かも、それが痛いものだってことも、知らなかったからじゃないかね」
ココア「注射が痛いってことも、人が死んだら悲しいってことも、知らなければ何も感じないってことか」
ツヅ「知らないままの方が、よかったのかもしれないね」
ココア「でも、本気で泣きたくなるような気持ち、どうしても知りたい・・・・・・」
ココア「ココア、泣く演技ができなくて」
ツヅ「ほう。お前にも、できないことがあるんだね」
ココア「あるでしょ、そりゃ」
ツヅ「人生の前半は昨日できなかったことが今日できるようになって、後半は今日できたことが明日できなくなる」
  窓の外を見やるツヅに、風が吹きすぎる。
ツヅ「あとアタシにできるのは、死ぬことくらいだね」
ココア「・・・え?」

〇大きな箪笥のある和室
ツヅ「・・・う、うぅ」
ツヅ「・・・ゴホッ、ゲホッ」
ココア「ツヅばあ!? 大丈夫?」
ツヅ「・・・ハァハァ・・・ゼェゼェ」
ココア「ねえ、どうせ嘘なんでしょ?」
  悶えているツヅ。
ココア「救急車!!」
  ココア、スマホを取り出し、119番にかけようとする。
  が、ツヅがココアの腕をつかむ。
ココア「・・・ツヅばあ?」
  ツヅはココアの腕を放さない。
  ココア、苦しむツヅを見て、泣きそうになる。
ココア(今、私・・・・・・)
ツヅ「・・・・・・」
ココア「・・・・・・」
  ココアの目を見て、静かにうなずくツヅ。
  その視線をしっかりと受け取ったココア。
  スマホを持った手を力なく下ろし、電話をかけないまま、立ち尽くしている。
  泣こう、泣こうと集中していく―。

〇朝日
監督「見つかった? 悲しみ」
ココア「はい。汚れてますけど」
監督「お。なになに?」
  ココア、答えず、波打ち際に歩いていく。
監督「とにかく、準備はOKってことだね」
ココア「はい。お願いします」
監督「よし。じゃあカメラ回して!」
  「本番ッ!!」の掛け声とともに、現場に緊張が走る。
監督「よーいっ・・・」
監督「スタート!!」
  夕日が、水平線に沈んでいく。
  その涙は、演技か、本物か―。
  それは、誰にもわからない。

コメント

  • それで泣けて彼女は嬉しいんでしょうか?
    おばあさんの身をもってしないと伝わらない感情って、あまりにも悲しすぎます。
    その後感情を覚えた彼女はどうするんだろう?

  • つづばあ、とてもすごい人ですね。身をもって孫に悲しいと言う感情を教えるなんて…。
    つづばあの名言がとても心にグッときました。

  • 涙流すのは、悲しい時、悔しい時等あるけれど、ツヅばあは、最大のプレゼントを最後にココアに送ったのだろう。
    ココアのこれからの願って

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