第一話『序曲Ⅰ』(脚本)
〇おしゃれなリビングダイニング
奥田奏音「お母さん!誕生日おめでとう!」
奥田颯斗「おめでとう!」
奥田冴子「え!?」
帰宅と同時に、突然鳴り響いたクラッカーの音。明るい息子と夫の声。
奥田冴子《おくださえこ》はきょとんとして、リビングの二人を見、それからご馳走が並ぶテーブルを見た。
今日は疲れているし、食事は冷凍食品で済まそうかとも思っていたのである。
まさか、手作りの夕食とケーキが用意されているとは思ってもみなかったのだ。
もっと言うと。自分の誕生日ということさえ、忘れていたのである。
奥田奏音「あ、あれ?今日お母さんの誕生日であってるよね?」
息子の奏音《かのん》が、焦ったような声を出した。冴子があまりにも固まっているので、焦ったらしい。
隣で夫が何度もカレンダーを確認して“あ、あってるはずだぞ!?”とひっくり返った声を出しているのがなんだかおかしい。
奥田冴子「あってるわよ。・・・・・・まさか誕生日お祝いしてもらえると思ってなくて驚いただけ。私も自分で忘れてたくらいなんだから」
鞄を置いて、改めてテーブルを見た。今から帰る、というLINEはしていた。
それに合わせて食事を用意してくれていたということなのだろう。
冴子が大好きな大きなチキンにサラダ。
チャーハンに、餃子。それにスープまで。餃子は少しだけ形が崩れている――市販のものでないことは明らかだった。
奥田冴子「これ、二人で作ってくれたの?」
冴子が尋ねると、奏音がおそるおそる“まずかったらごめん”と言ってきた。
奥田奏音「その、お母さんは物のプレゼントより・・・・・・手作りのご飯の方が嬉しいんじゃないかってお父さんが言うから」
奥田奏音「二人で、頑張ってみたんだ。そ、その。部屋の掃除とトイレ掃除と洗濯も終わってるんだよ?」
その言葉に、冴子は夫を見る。年下の優しい夫――奥田颯斗は、ちょっと照れたように頭を掻いて言った。
奥田颯斗「な、なんだかんだでプレゼントも用意してるけど」
奥田颯斗「僕も奏音も、自分のセンスにはあんまり自信がなくて、その・・・・・・いろいろごめん」
奥田冴子「なんで謝るの」
嬉しい、なんてものじゃない。
正直涙が出そうだった。冴子が疲れていることも、一番喜ぶことも。
二人はちゃんと分かっていて、最高のプレゼントを用意してくれたのだ。
奥田冴子「最高。大好き、二人とも」
自分みたいな平凡な女には勿体ないくらい。まさに、最高の家族と言っても、過言ではなかった。
そう、思っていた。この幸せは永遠に近いほど長く長く続いていくと。
だから。
〇病院の廊下
『御気の毒ですが、息子さんは・・・・・・』
病院で言われた言葉は、まったく頭に入ってこなかった。
何故、こんなことになってしまったのだろう。奏音はまだ、十歳だったのに。
何故、学校の屋上から飛び降りたのだろう。
何故、何故、何故、何故。
自分は、息子がいじめられていることに気づかなかったのか。
奥田冴子「いや、いや、いや・・・・・・」
奥田颯斗「冴子・・・・・・」
奥田冴子「いや、奏音、奏音、奏音んんんんんんんんん!!」
あの瞬間、冴子の幸せは壊れた。
足元からがらがらと音を立てて、全てが崩れ去っていったのだった。
〇モヤモヤ
第一話
『序曲Ⅰ』
〇黒背景
息子を失って、冴子のキラキラと輝いていた世界は一瞬にして崩壊したのだった。
遺書とおぼしき手紙には、いじめに遭って苦しんでいたこと。
冴子と颯斗、友達への謝罪の言葉が書かれていた。
息子はいじめられていた。それを苦に自殺したのは明らかだった。しかし。
〇学校の廊下
太田川亜希子「いえ、息子さんはクラスでも人気者でしたし、いじめられていた形跡なんてまったくありませんでしたわ。そうですよね、校長先生」
校長先生「ええ、ええ。私もまったく把握しておりませんで。そのようなことがあったら、私らの耳に入らないなんてことないでしょう」
担任の太田川先生も、校長先生も。いくら冴子がいじめはあったと訴えても、まったく認めてくれる気配はなかった。
自分達の不始末を、認めたくないと言わんばかりに。
奥田冴子(あり得ない)
冴子の中で、黒い炎が渦巻くのは必然だった。
奥田冴子(何で?あの子は苦しんで苦しんで苦しんで死んだのに・・・・・・加害者どもはのうのうと学校に通って)
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明るく幸せに溢れた日常シーンを示された後の不幸のお話、落差が大きすぎて心にキますね。。。幸福という主に主観的な概念との引き換えという要素に興味をそそられます!
こんばんは!幸せムード満天で始まったので余計に息子の不幸が辛いですね😭💦
突然現れた仮面の男。何者なのか、楽しみです!