「陽はわずか 君の香りに 風音(かざね)吹く 八月葉月の 花びら揺らし」

まちは

読切(脚本)

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〇丘の上
  8月の太陽は、空から雲を拭い去っている。
  京都南部にある公園では、木々が乾ききった空間に緑を滲み込ませ、悠久の時を繋いでいた。

〇湖畔の自然公園
  その一角、か細いばかりの小川のせせらぎの中、ベンチに一人の男が座っている。
  男は、白髪をかき上げながら手元のメモの文字を眺め、呟いた。
白髪の男「陽はわずか・・・君の香りに風音(かざね)吹く・・・」

〇総合病院

〇病室のベッド
  公園の近くにある病院の3階、透明な日差しの中、2つの人影があった。
  ガラスの中に埋め込まれたように、身動きもせずに。
  一人は、ジャージ姿の青年。静かに目を閉じていた。
  もう一人は、純白の服に身を包んだ女性、身動きもせず瞼を閉じていた。
  動きも音もない世界に、1つの想いだけが時を進めていた。

〇仮想空間
青年(ありがとう、ずっとそばに居てくれて)
青年(何もできない僕に、いつも寄り添っていてくれて)
青年(小さな喜びを二人して楽しんだね)
青年(平凡に移ろいゆく世界を、僕らは指をからめ笑み漂ったね)

〇雪に覆われた田舎駅(看板の文字無し)
(白い空から雪が生まれて来るのを二人で待っていたね)

〇美しい草原
(春を紐解く蝶に会い、 互いの瞳に笑顔を映しあったね)

〇草原の道
(熱い大気を跳ね返すように、 手をつなぎ入道雲に対峙したね)

〇空
(消え去ったセミの音を懐かしむような深い空に、 夢を画きこんだね)

〇氷
  君が居てくれる事が、僕の全てとなった。
  触れずにいても、
  感じるだけで幸せだよ。

〇ソーダ
  今更のように確信したよ。
  視界の外に行ってしまうけど、
  それでも、この想いは変わらない。
  ありがとう、そばに居てくれて。
  何もできない僕に、
  いつもエールを贈ってくれて。
  僕のすべての愛情と感謝をこめて、
  この言葉を贈るよ。

〇幻想2
青年(今まで、ありがとう。 そして・・・)
  ・・・幸せになって・・・

〇病室のベッド
  八月、意識が戻ることなく一人の青年が別れを告げた。

〇湖畔の自然公園
  白髪の男の影に二つの影が重なった。
彼女「お義父さん、またここにいらしたんですね」
白髪の男「あぁ」
彼女「もう3年ですね」
白髪の男「・・・」
  小さい影が、男の膝の上によじ登った。
  それを優しく男の手が包む。
女の子「おじいちゃん、またパパの手紙を見ていたの?」
白髪の男「そうだよ。ほら、パパはとっても優しい字を書くね」
女の子「うん、優しい字」
  小さな指が、メモの文字を優しく撫でている。
彼女「お義父さん、そろそろ皆さん来ると思いますから・・・」
白髪の男「そうだな、そろそろ行こうか」
  男は、膝の上の女の子を抱き上げて立ち上がった。
白髪の男「さあ、帰ろうか。風音(かざね)」
風音(かざね)「うん。帰ろ」

〇丘の上
  8月は、いつものように過ぎていく。
  過去からの想いを乗せて。
  陽はわずか 君の香りに 風音吹く 八月葉月の花びら揺らし

コメント

  • 別離という悲しい題材ながら、優しさや温かさに溢れた空気感で心に響きます。有形無形の思い出を、残された人達で共有するって素晴らしいことですね

  • 季節の移ろいと愛するひとへの想いをこんなにも抒情的に表現できるなんて、亡くなった男性は感性豊かな詩人だったんですね。父親が詠んだ句の言葉から名前が付けられた風音ちゃんは遺された家族の愛情をいっぱいに受けて育つんでしょうね。

  • 残された手紙は愛情溢れてて生前の人柄がよみがえります。愛されて育ち、愛を知った人は周りの人にも愛されたのでしょう。
    そして次の世代にも…

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