絶対死にたい俺vs絶対死なせたくない彼女

春野トイ

ハロー、ワーク(脚本)

絶対死にたい俺vs絶対死なせたくない彼女

春野トイ

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〇警察署のロビー
雨野陽介(・・・)
雨野陽介(結構時間かかるな・・・)
職員「番号札97の方 どうぞ」
雨野陽介「ああ、はい」
雨野陽介「えー・・・と」
雨野陽介「これ・・・ で、いいですかね」
職員「お預かりいたします」
雨野陽介「・・・」
職員「・・・」
雨野陽介「・・・・・・」
職員「・・・・・・」
職員「はい、結構です」
職員「それでは・・・ 先に説明があったと思いますが」
職員「待機期間の後に 失業保険が給付されます」
雨野陽介「は、はい」
職員「4週間ごとの認定日には 必ずお越しください」
職員「その他でも 就職でお困りのことがあれば」
職員「お気軽にお問い合わせくださいね」
雨野陽介「わ・・・かりました ありがとうございます」
職員「お気をつけて」
  俺は係の人に会釈して
  その場を立ち去った。

〇オフィスビル
雨野陽介「ふー・・・」
  ハローワークの世話になるのは
  実は初めてだ。
  こういう、ザ・お役所的なところは
  緊張する。
雨野陽介(・・・しかし、まあ)
雨野陽介(次の仕事なあ・・・)
  ――高校卒業後、俺は定職に就かず、
  家に引きこもっていた。
  が、しばらくして家を叩き出された。
  それ自体、別に恨んじゃいない。
  俺の家は穀潰しを養えるほど
  裕福じゃない。
  働かざる者食うべからず。
  そりゃそうだ。
  親には迷惑かけたし、
  今もかけてるな、と思っている。
  半強制的に自立の機会を与えられた俺は
  さすがに働き出した。
  といっても定職に就かず、
  フリーターでふらふら。
  無気力も自堕落も、
  そう簡単に治るもんじゃない。
  焦りだってなかった。
  将来のことなんて考えていなかった。
  強いて言うなら
  できるだけ早く死にたい、というくらい。
  それから何年かして
  ひょんなことから前の会社に
  拾われたのだが──
  そこが最悪のブラック企業だった、
  というわけだ。
  騙しだましやってみたが、
  いよいよ耐えられなくなって
  逃げるように退職。今に至る。
  こんなボロボロの経歴で・・・
  またどこかに雇ってもらえるんだろうか?
雨野陽介(・・・人生はままならないが)
雨野陽介(まあ、俺の場合は自業自得だ)
  それがわかっているから、
  溜息も出なかった。

〇住宅街
  ハローワークは住んでいる場所の
  隣町にある。
  最寄り駅からは数駅離れたところだ。
  電車から降りて家に帰る途中
  俺はふと、長谷川のことを思い出した。
雨野陽介(・・・今日は見かけなかったけど 大丈夫だろうか)
  たった一日会わないくらいで
  心配するのも馬鹿馬鹿しい。
  けど・・・
  昨日の長谷川の落ち込んだ顔。
  あれがどうにも、脳裏に焼き付いていた。
雨野陽介(そういえば、言ってたなあ)
雨野陽介(私、雨野さんが初めての担当なんです ・・・って)
雨野陽介(能天気そうに見えるけど)
雨野陽介(初めての仕事なりに 俺を死なせないようがんばってるんだろな)
雨野陽介(・・・もうちょっと優しくした方が よかったか?)
雨野陽介(いや、でも、キツイことを 言ったつもりはないし)
雨野陽介(そもそも・・・俺は死にたい)
雨野陽介(あいつは、それを 邪魔しようとしてるわけで)
雨野陽介(そんな親切にする義理もないのでは・・・)
雨野陽介(でもな・・・)
雨野陽介(うーん・・・)
雨野陽介(・・・あ?)
  遠くの方に、しゃがんでいる長谷川。
  と、猫。
  ・・・が、いる。
長谷川つばさ「よーしよしよし・・・ いい子だねえ」
猫「にゃあ」
長谷川つばさ「ふふ」
雨野陽介(・・・元気そうだな)
雨野陽介(よかった)
雨野陽介(・・・別の道で帰るか)
長谷川つばさ「・・・あっ! 陽介さん!」
雨野陽介(げっ)
  回り道で帰ろうとしたその瞬間、
  長谷川が俺に気づいた。
  さすがに、呼ばれて気づかないのも
  不自然すぎる。
  仕方がないから、
  俺は長谷川の方に歩いた。
長谷川つばさ「奇遇ですねえ、こんなところで 今お帰りですか?」
雨野陽介「あ、ああ・・・ そうです」
長谷川つばさ「それはお疲れ様でした どうでした?」
雨野陽介「まあ、ぼちぼちってところで・・・」
  長谷川は、いつも通りの笑顔だ。
  それを見て、少しほっとしている
  自分がいた。
猫「にゃーん」
雨野陽介「・・・猫ですか」
長谷川つばさ「はい! この辺の地域猫ちゃんらしいです」
雨野陽介「へえ・・・」
  この辺りに住んでからそれなりになるが、
  こんな猫がいたのか。
  全然気づいてなかった。
猫「にゃあ?」
長谷川つばさ「かわいいですよね」
雨野陽介「あー・・・そっスね」
雨野陽介「・・・・・・」
長谷川つばさ「・・・・・・」
「あの・・・」
雨野陽介「あ、どうぞ」
長谷川つばさ「いえ、陽介さんの方から!」
雨野陽介「俺は大した話じゃないんで・・・」
長谷川つばさ「じゃあ、ええと・・・」
長谷川つばさ「私も、働いてみようと思うんです」
雨野陽介「・・・へ?」
長谷川つばさ「昨日陽介さんとお話しして・・・ 私、何も知らないなって痛感したんです」
長谷川つばさ「人間さんのこと、もっとちゃんと 知らなくちゃ・・・って思って」
長谷川つばさ「だから、働いてみようと思ったんです」
長谷川つばさ「雇ってくださるところも 見つかりましたし!」
  ・・・俺は呆気に取られていた。
  なんて行動力だ。
  俺がこの先どうしよう、と
  ぐだぐだ考えている内に
  長谷川は仕事を得ていた。
  ・・・いや、でも、待てよ。
雨野陽介「はせ・・・つばささん その、大丈夫なんです?」
長谷川つばさ「何がです?」
雨野陽介「なんか、騙されてたりしません・・・?」
長谷川つばさ「騙される・・・?」
雨野陽介「いや、ええと どこで働くんです?」
  この世間(人間界)知らずの天使だ。
  怪しい仕事に引っ掛かっても
  おかしくないんじゃないか?
  心配だ・・・
  それに、長谷川は善意で
  めちゃくちゃなことをやりかねない。
  そこも心配だな・・・
長谷川つばさ「ああ! お弁当屋さんです! ほら、いつも買ってるところの」
長谷川つばさ「店長のフクさんが・・・ あ、優しいおばあさまなんですけどね? バイトを募集されてたんです」
雨野陽介「あ・・・ああ なるほど」
  それなら大丈夫・・・か?
  顔見知りみたいだし
  あのうまい弁当を作る人が
  悪い人だとは思いたくない。
  ・・・一応、今度行ってみるか?
  万福亭・・・だっけ。
  多分この近くにあるんだろう。
長谷川つばさ「・・・陽介さん ありがとうございます」
雨野陽介「え?」
  長谷川が急にお礼なんて言うものだから
  俺はびっくりして
  変な声を出してしまった。
  長谷川が、こっちを見ている。
長谷川つばさ「私が未熟さに気づけたのは 陽介さんのお陰です」
雨野陽介「いや、そんなことは・・・」
長谷川つばさ「ありますよ」
長谷川つばさ「私・・・ がんばるので」
長谷川つばさ「もう少しだけ 一緒にいさせてもらえないでしょうか」
  眩しい。
  長谷川が妙に眩しく見えた。
  別に俺はアドバイスのつもりはなくて
  ただ思ったことを言っただけだ。
  それであんな顔をさせたのに
  長谷川はへこたれずちゃんと行動して、
  結果を出して、
  しかも俺に感謝までしている。
  眩しい、としか言いようがなかった。
  俺は苦し紛れに言った。
雨野陽介「・・・まあ、好きにしてください」
長谷川つばさ「はい!!」
  ああ、どうして
  そんなに嬉しそうに笑うんだ。
長谷川つばさ「あ、そうだ 陽介さんのお話ししたいことって 何ですか?」
雨野陽介「ああ・・・大したことじゃないんで 気にしないでください」
長谷川つばさ「ええ? 気になります」
雨野陽介「というかもう、解決したんで・・・」
  俺は昨日言ったことで
  長谷川が落ち込んでいないか
  心配していた。
  けど、それは杞憂だったらしい。
  長谷川は、そんなに弱い奴じゃなかった。
長谷川つばさ「ならいいんですけど・・・」
猫「にゃあ~ん」
長谷川つばさ「あ、またね」
  長谷川の足元から
  猫がぴょんと石塀の上に登った。
  器用なものだ。
長谷川つばさ「陽介さんも帰ります?」
雨野陽介「・・・そうですね」
  俺と長谷川は歩き出した。
長谷川つばさ「バイト、来週の月曜日からなんです ちょっとドキドキしてます」
長谷川つばさ「フクさん、すごいんです! お料理がおいしいのはもちろんですけど」
長谷川つばさ「お話ししてると なんだか元気が湧いてきて 私も見習いたいなあって思って・・・」
長谷川つばさ「ご主人はゲンさんと仰って 揚げ物はゲンさん担当なんですって!」
長谷川つばさ「あのからあげ、 本当に絶品ですよねえ」
  ・・・長谷川が楽しそうに話している。
  それを聞いていて、俺は思った。
  長谷川はどこまでも前向きで、
  ひたむきで、一生懸命だ。
  そんな彼女と一緒に過ごしたなら。
  少しは俺もマシになれるんだろうか、と。

次のエピソード:職場にて

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