黒いアレ(脚本)
〇白いバスルーム
棗藤次「にゃーーー!!!」
〇白いバスルーム
「と、藤次さん?!」
〇白いバスルーム
梅雨のじめじめした日曜日。
〇白いバスルーム
洗面所で身支度をしていた藤次(とうじ)の発したなんとも言えない悲鳴に、恋人の絢音(あやね)は慌ててやってくる。
〇白いバスルーム
笠原絢音「どうしたのよ一体!! 変な声出して・・・」
棗藤次「で、ででっ・・・でた!」
笠原絢音「はい?!」
棗藤次「ご、ごごっ・・・いや、口に出すんも嫌や。・・・あの、黒くて飛びよる虫・・・」
笠原絢音「黒くて飛ぶ「ご」のつく虫?」
〇白いバスルーム
んー?と、絢音が小首を傾げて思案していた時だった。
〇白いバスルーム
(カサカサ)
〇白いバスルーム
ひっ!!!
〇白いバスルーム
洗面所の壁に張り付いたそれを見た瞬間、藤次は絢音の足元に縋り付く。
が、
〇白いバスルーム
笠原絢音「ああ・・・なんだ。 「ゴキブリ」」
棗藤次「へ?!」
〇白いバスルーム
冷ややかな眼差しで、目の前のゴキブリを見つめる絢音。
やや待って、彼女は履いていたスリッパを脱いで、目の前のそれに狙いを定めて振りかぶる。
〇白いバスルーム
(パシン!!)
〇白いバスルーム
乾いた音とともに、ゴキブリは木っ端微塵になり、絢音はそれをティッシュで包みゴミ箱に棄てると、腰を抜かす藤次に笑いかける。
〇白いバスルーム
笠原絢音「これでいい?」
棗藤次「えっ、あっ、おまっ、怖ないんか?!ご、ごき・・・」
笠原絢音「たかが虫じゃない。大体、この長屋古いでしょ?しょっちゅう見るから慣れたわよ」
棗藤次「な、慣れ・・・」
笠原絢音「でもね、この梅雨でしょ?毎日毎日ウジャウジャでちゃって、いやんなっちゃう!」
棗藤次「うじゃっ・・・!!」
戦慄する藤次を他所に、絢音は真面目な顔つきで思案する。
笠原絢音「バルサン焚いてみようかしら。 それか、ワンプッシュでいなくなる薬剤? でもあれって死骸が沢山出て掃除が大変なのよね〜」
棗藤次「し、死骸って・・・どれくらい?」
笠原絢音「さあ? でも、1匹見たら物陰に30匹っていうから・・・それくらい?」
棗藤次「さんっ!!む、無理や!!!そんなん見るんも触るんも無理!!!頼むから、やるならワシおらん時にやってくれ!!後生や!!」
〇白いバスルーム
そう言って藤次が盛大に土下座するので、絢音は怪訝な顔をする。
笠原絢音「さっきから一体なに?!だから言ってるじゃない。たかが虫だって。毒があるわけでも噛み付くわけでもなし。何が怖いのよ・・・」
棗藤次「な、なにて!全人類!!生まれた時から植え付けられたこの恐怖と不快感を、どう説明せいっちゅーねん!!」
笠原絢音「全人類って、大袈裟ね〜。 まあ良いわ。殺虫剤の場所教えとくから、これからは自分で始末してね?」
棗藤次「あ、あや・・・」
笠原絢音「じゃあ、あたし、朝ごはんの用意があるから」
〇白いバスルーム
そう言って洗面所を後にする絢音の小さな後ろ姿が妙に頼もしく見えて、藤次はポツリと呟く。
棗藤次「人は、見かけによらんな・・・」
同棲2年目。
か弱いとばかり思っていた彼女の意外な一面に驚きながら、藤次は朝の身支度を再開したのでした。
読者としては絢音さんのことを既に色々知っているので、ゴキブリが平気な様子を見ても「これぞ絢音さん」としか思いませんが、二年も同棲している藤次が意外に思うなんて男の人はやはりロマンチストなんだなあ。
絢音さんにも意外な得意分野が…!
虫はどうしてだめになったのか、いつから触らなくなったのか、全然覚えていませんが、気付いたら無理になっていました!
黒いアレ、「カサカサ」という擬音だけでイヤになりますね!コイツ相手では、男女問わずにダメな人はダメですよね。立派でタフな男性でも、藤次のようなリアクションをすることもw