絶対死にたい俺vs絶対死なせたくない彼女

春野トイ

コール・マイ・ネーム(脚本)

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春野トイ

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〇古いアパートの部屋
  それから、長谷川と昼飯を食うことが日課になっている。
  なっている、というか。
  なってしまっている、というか・・・
  目の前で、長谷川はにこにこと食べている。
  からあげ弁当を。
  今日も昨日も一昨日も、その前も、からあげ弁当だった。
雨野陽介「・・・長谷川さん、好きですね。からあげ」
  俺もからあげは嫌いじゃない。
  というか、好きだ。
  けど、さすがに毎日食べる気にはなれない。
長谷川つばさ「はい! おいしいですからねえ、からあげ」
  長谷川は7日連続のからあげをおいしそうに頬張っている。
長谷川つばさ「人間界の料理は何でもおいしいですけど、このからあげには感動しました」
長谷川つばさ「人間さんの創造力には驚かされます」
雨野陽介「・・・ええと、天使の・・・せ、世界? にはないんですか、からあげ」
長谷川つばさ「ないですねえ」

〇幻想空間
長谷川つばさ「そもそも、私たちはご飯を食べなくても生きていけますから」
長谷川つばさ「天界に料理自体がないんです」

〇古いアパートの部屋
雨野陽介「はあ、なるほど・・・」
  天使ってそういうものなのか?
  よくわからなかったが、俺は頷いておいた。
  ん?
  でも、待てよ。
雨野陽介「食わなくても生きていけるんですよね?」
長谷川つばさ「はい」
雨野陽介「何で長谷川さんは食ってるんですか?」
長谷川つばさ「それはもちろん」
長谷川つばさ「おいしいので!」
  ・・・元気な返事だ。
  そんなにからあげが気に入ったのか。
長谷川つばさ「あと、人間さんはご飯を一緒に食べて 交友を深めると聞いてます」
長谷川つばさ「ですから・・・」
  長谷川が微笑む。
長谷川つばさ「私も雨野さんと交友を深めたいなあと」
雨野陽介「・・・死なれたら困りますもんね」
長谷川つばさ「そ、それはそうですけど!」
長谷川つばさ「あの、それだけじゃなくて・・・ ええと・・・」
  そう。
  長谷川がここに来るのは、俺を死なせないため。
  それだけだ。
  こんな冴えない無職の男に構う義理なんてない。
  仕事とはいえ、毎日健気によくやるもんだ。
  俺に真似できる気はしない。
  ・・・長谷川が困っている。
  よく顔に出るなあ、この人。
  人を困らせるのは、別に趣味じゃない。
  適当に話題でも変えるか。
長谷川つばさ「そ、そうだ!」
長谷川つばさ「あの、前から考えてたことがあったんですけど」
  そう思った時、長谷川が勢いよく手を合わせて言った。
雨野陽介「・・・何です?」
長谷川つばさ「陽介さんって呼んでもいいですか?」
雨野陽介「な、なぜ?」
長谷川つばさ「親しみを込めたいなあ、と・・・」
長谷川つばさ「あ、私はつばさでいいですよ!」
雨野陽介「え、俺も呼ぶんですか?」
長谷川つばさ「お願いします、陽介さん!」
  許可を出した覚えがないのに、もう呼び方が変わっている。
  え?
  俺も呼ぶのか?
雨野陽介「いや、長谷川さん それはちょっと・・・」
長谷川つばさ「つばさで大丈夫です!」
雨野陽介「ええ・・・?」
  長谷川は期待に満ち満ちた目で俺を見ている。
  え?
  マジで呼ぶの?
雨野陽介「・・・つ・・・・・・」
雨野陽介「は・・・ せがわさん・・・」
長谷川つばさ「・・・えっと、つばさ・・・」
  そんなあからさまにしょんぼりした顔をするのは止めてほしい。
  困る。
  普通に困る。
  今まで女性を下の名前で呼んだことなんかないぞ?
雨野陽介「ええ・・・」
  でも、呼ばなかったら絶対しょげるよな?
  この人・・・
雨野陽介「つ・・・」
  ええい。どうにでもなれ。
雨野陽介「つ・・・ つばささん・・・?」
長谷川つばさ「はい!」
  満面の笑み、だ。
  眩しさすら感じる。
  ・・・何だかどっと疲れた感じがする。
  俺はクーラーの設定温度を下げた。
  そして、今度こそ話題を変えようと思って言った。
雨野陽介「そういえば、長谷川さん」
長谷川つばさ「つばさですよ!」
雨野陽介「・・・つばささん」
雨野陽介「明日、俺はいないんで 昼は一人で食べてください」
長谷川つばさ「あら、どこかにお出かけですか?」
雨野陽介「ハローワークです」
長谷川つばさ「はろーわーく・・・?」
雨野陽介「仕事探すんスよ」
長谷川つばさ「あ、なるほど・・・」
  ハローワーク。
  正式には、"公共職業安定所"だ。
  大体の人が退職すると世話になる場所で、
  次の仕事を見つけるための色々な支援を受けられる。
  と言っても、本当は行く気がなかったのだが・・・
雨野陽介「なんか死ねないみたいですからね、俺」
  死ぬつもりが、死ねなくなってしまった。
  となると、生きるためには金がいる。
  天使と違って人間は食わなきゃ生きていけない。
  食うためには金が必要。
  仕事を探さなくてはいけない。
  そういうことだ。
長谷川つばさ「えっ・・・えっ、でも」
長谷川つばさ「死にたくなる程やだったんですよね? お仕事?」
雨野陽介「まあ、そうですね」
長谷川つばさ「それでもお仕事しなきゃダメなんですか?」
雨野陽介「まあ・・・ 金が無いと生きていけませんし・・・」
長谷川つばさ「人間って・・・」
  長谷川が愕然としている。
  けど、残念ながら人間ってのはそういうもんだ。
雨野陽介「そういうのって、天界では習わないんです?」
長谷川つばさ「人間さんもお仕事をしている、というのは知ってましたけど」
長谷川つばさ「実態的なところまでは・・・」
雨野陽介「じゃ、もうちょい勉強した方がいいスね」
雨野陽介「人を死なせないのが仕事なら まず人のことを知らないと」
  神様ってのはガバガバか?
  どこも部下は大変だな・・・
長谷川つばさ「ですね・・・」
長谷川つばさ「すみません、私、不勉強で」
長谷川つばさ「・・・」
長谷川つばさ「・・・あの、今日は帰りますね」
雨野陽介「え? ああ、はい」
雨野陽介「気を付けて・・・」
長谷川つばさ「お邪魔しました」
  いつもならこの後、トランプやらテレビゲームやら
  散々遊んでから帰っていくのに
  長谷川はとぼとぼと帰っていった。
雨野陽介「・・・俺のせいか・・・?」
  誰も聞いてない呟きに、
  返事があるわけもなかった。

次のエピソード:幕間・万福亭

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