その夫婦、一年契約(脚本)
〇田舎の教会
〇教会の中
遠藤 慶太「新郎、侑貴 新婦、亜由美」
遠藤 慶太「二人は病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も」
遠藤 慶太「一年間、互いを愛し抜く事を誓いますか?」
吉田 侑貴「誓います」
吉田 亜由美「誓います」
〇黒
『その夫婦、一年契約』
〇お花屋さん
酒井 丈幸「ニ、四・・・七本ね」
酒井 丈幸「って、え、もう七年なの?」
酒井 丈幸「か〜っ、歳取るはずだわ〜」
吉田 侑貴「正確には七周年だから、丸六年な」
酒井 丈幸(あいかわらず、細けぇな)
酒井 丈幸「でもよ、都度プロポーズすんの面倒くさくねぇ?」
酒井 丈幸「永遠の愛、誓っちまえば・・・」
吉田 侑貴「それは無理」
酒井 丈幸「即答かよ」
吉田 侑貴「最終回の見えない漫画を連載し続ける事ほど、キツいものも無いだろ?」
吉田 侑貴「結婚だって『一年後の結婚記念日』っていうゴールが無きゃ、俺は無理だな」
酒井 丈幸「昔一本ヒットしたくれぇで、漫画家ヅラすんな」
吉田 侑貴「別にいいだろ?」
吉田 侑貴「今も単発とか短期集中連載とか、描いてはいるんだから」
酒井 丈幸「ならよ、その短期集中連載中に・・・」
酒井 丈幸「子供が出来ちまったら、どうすんだ?」
吉田 侑貴「その辺は、問題ない」
吉田 侑貴「俺も亜由美も、子供欲しいと思ってないからな」
酒井 丈幸「随分とまぁ、都合のいい関係なんだな」
吉田 侑貴「あぁ、都合がいいんだ」
吉田 侑貴「お互いに、な」
〇大きいマンション
吉田の家
〇おしゃれなリビングダイニング
吉田 侑貴「亜由美、来年の今日まで一緒にいよう」
吉田 亜由美「・・・・・・」
吉田 侑貴「亜由美? 聞いてる?」
吉田 亜由美「侑君、私・・・子供が欲しい」
吉田 侑貴「え、えぇっ!?」
吉田 侑貴「何だって、今更・・・」
吉田 亜由美「・・・今年、35歳を迎えて思った訳さ」
吉田 亜由美「『子供を授かるなら、もうリミットでは?』って」
吉田 亜由美「『このまま一人も産み落とさなかったら、後悔するのでは?』って」
吉田 侑貴「それで、『子供欲しい』って?」
吉田 侑貴「一年契約で『子供作ろう』なんて、無責任すぎるだろ」
吉田 亜由美「わかってる」
吉田 亜由美「だから、この変更が飲めないなら、契約は更新出来ない」
吉田 侑貴「・・・本気で言ってるのか?」
吉田 亜由美「本気」
吉田 侑貴「今から、新しい男探すのか?」
吉田 侑貴「俺達のこの、ややこしい関係も理解してくれるような?」
吉田 侑貴「漫画じゃあるまいし、そんな都合よく見つかる訳ないだろ」
吉田 亜由美「それがさ・・・意外といるもんですよ」
吉田 侑貴「・・・何で今日呼んだんだよ?」
吉田 亜由美「そりゃあ、今日プロポーズされるのはわかってましたから」
吉田 亜由美「妻を舐めたらいかんぜよ?」
吉田 侑貴「それで、えっと・・・」
吉田 亜由美「あぁ、ごめん」
吉田 亜由美「コチラ、遠藤慶太さん」
遠藤 慶太「ご無沙汰してます、遠藤です」
吉田 侑貴「会った事、ありましたっけ?」
吉田 亜由美「ほら、去年の結婚式で」
吉田 侑貴「結婚式? えっと・・・」
吉田 侑貴「!?」
吉田 侑貴「あの時の、若い神父!?」
吉田 亜由美「10歳も下の男と何考えてんだ、って思うかもしれないけどさ」
吉田 侑貴「いや、確か九歳差だっただろ」
吉田 亜由美(あいかわらず、細かいな)
吉田 亜由美「あの式の後から『一年間しか愛を誓えないなんておかしい』」
吉田 亜由美「『自分ならそんな中途半端な事はしない』って言われてて」
吉田 侑貴「神父のくせに、人の女に手を出したのか!?」
遠藤 慶太「永遠の愛を誓わない人に、神は結婚などお許しにはなりません!」
吉田 侑貴「いや、それは・・・」
吉田 亜由美「それに、まだ手は出されてないから問題無いのでは?」
吉田 亜由美「全ては契約期間が終わってからの話」
吉田 亜由美「期間内は、侑君の妻を全うするから」
遠藤 慶太「お願いします、亜由美さんを僕にください」
吉田 侑貴「・・・・・・」
吉田 亜由美「ちょっと侑君、どこ行くの? まだ話の途中では?」
吉田 亜由美「ちょっと、逃げないでよ!」
吉田 亜由美「侑君が契約しないなら、私は慶太君と一緒になっちゃうからね!」
〇お花屋さん
酒井 丈幸「あ〜、疲れた〜」
酒井 丈幸「・・・で、もう閉店なんだけど?」
吉田 侑貴「わかってるよ」
酒井 丈幸「ったく、断られたのがそんなにショックだったのか?」
吉田 侑貴「あぁ、ショックだったさ」
吉田 侑貴「亜由美の考えが変わってた事と、それに気付けてなかった事がな」
酒井 丈幸「仕方ねぇさ」
酒井 丈幸「男はその気になりゃ何歳でも子供は持てっけど、女はそうはいかねぇ」
吉田 侑貴「男女は、不平等だな」
酒井 丈幸「まぁ『歳とって考え方変わる』は、割とあるあるだけどな」
酒井 丈幸「本当『お前生まれ変わったのか?』ってくらい変わる奴もいるからな」
吉田 侑貴「そういうもんか・・・」
酒井 丈幸「例えば、それこそバラだ」
酒井 丈幸「お前、毎年花束の本数増やしてたけどよ」
酒井 丈幸「バラの花は『本数によって花言葉が変わる』って、知ってたか?」
吉田 侑貴「本数で変わる・・・?」
酒井 丈幸「一本なら『一目惚れ』、三本なら『愛してます』、五本なら『あなたに出会えて心から嬉しい』──」
吉田 侑貴「じゃあ、七本なら・・・?」
酒井 丈幸「忘れた」
吉田 侑貴「おいっ!」
酒井 丈幸「とにかく、お前が今やるべき事は」
酒井 丈幸「生まれ変わって、亜由美ちゃんと一緒になるか」
酒井 丈幸「また別の『都合のいい女』を探すか、だ」
吉田 侑貴「・・・そうだな、迷っている暇はない」
吉田 侑貴「早く、次の女を探しに行かないと!」
酒井 丈幸「・・・そっちか〜」
〇大きいマンション
翌朝
〇漫画家の仕事部屋
吉田 侑貴「う〜ん・・・」
吉田 亜由美「じゃあ、行ってきますよ」
吉田 侑貴「あぁ」
吉田 亜由美「コーヒー飲むなら、自分でやってね」
吉田 侑貴「あぁ」
吉田 亜由美「・・・・・・」
吉田 侑貴「・・・・・・」
〇おしゃれなリビングダイニング
吉田 侑貴「おい、亜由美〜」
吉田 侑貴「・・・・・・」
吉田 侑貴「くっそー、コーヒーどこだ? ・・・ん?」
吉田 侑貴「アルバム・・・こんなのあったっけ?」
吉田 侑貴「俺は亜由美がいないと、コーヒーも飲めない人間に成り下がってたのか・・・」
吉田 侑貴「・・・まぁ、気を取り直して」
吉田 侑貴「どんな写真があるのやら・・・」
そこには、本当にたくさんの写真があった
付き合う前のもの、結婚後のもの──
旅行先の思い出、日常の風景──
そして一〜六本のバラを手にした二人の笑顔──
吉田 侑貴「積み重ねて来たんだな・・・ん?」
吉田 侑貴「何か挟まって・・・」
そこにはこう書いてあった
『あれ? コーヒーは隣の棚では?』
吉田 侑貴「・・・フッ」
吉田 侑貴「亜由美、お前どんだけ都合のいい女なんだよ」
〇お花屋さん
酒井 丈幸「はい、フラワーさかい」
酒井 丈幸「はあ〜!? お前、そんないきなり・・・」
酒井 丈幸「・・・しゃあねぇ、一個貸しだからな」
〇大きいマンション
「ただいま〜」
〇黒
吉田 亜由美「あれ? 侑君、お出かけ?」
吉田 亜由美「電気、付けていいんだよね?」
〇赤いバラ
〇おしゃれなリビングダイニング
吉田 亜由美「なっ・・・バラ、多すぎでは?」
「全部で九九九本ある」
吉田 侑貴「俺が生まれ変わる、覚悟の証」
吉田 亜由美「侑君、何事・・・?」
吉田 侑貴「思い知ったんだ」
吉田 侑貴「亜由美がいないと、俺は色々と都合が悪いんだってな」
吉田 侑貴「だから・・・」
吉田 侑貴「とりあえず、四四年分前払いするから」
吉田 侑貴「俺とまた新しい条件で、一から契約して欲しい」
吉田 侑貴「どう・・・かな?」
吉田 亜由美「ねぇ、侑君・・・」
吉田 侑貴「何?」
吉田 亜由美「四四年分だとすると・・・九九〇本だよ? 九本多いのでは?」
吉田 侑貴「ったく、細かいな」
〇赤いバラ
バラの花言葉
1本 一目惚れ
3本 愛してます
5本 あなたに出会えて心から嬉しい
7本 片思い
999本 何度生まれ変わってもあなたを愛する
- 完 -
とっても素敵なラストですね!
「一年契約」という毎年愛を確認するプロセスもイイとは思いますが、子供やライフプランは長期的なものですしね。999本のバラ、どんな光景なのか見てみたくなります
バラバラになりかけた二人の心をバラが修復してくれたすバラしいストーリーですね。本数によって花言葉が違うことが見事に生かされている展開に感心しました。
終盤の、電気を点けた演出と締めくくり方にグッと来ました。余韻が凄い