1. 便意独尊!(脚本)
〇洞窟の深部
ベン「あのぉ、そろそろ休憩、どうですか?」
ダンジョン攻略中の勇者パーティで、荷物持ちの少年、ベンは冷や汗を流しながら声をかけた。
勇者「さっき休んだばっかだろが! 荷物持ちが足引っ張んじゃねーよ!」
ベン「そ、そうですよね・・・・・・」
ぐぅ、ぎゅるぎゅるぎゅる――――
ベンの胃腸はかつてないほどうねり、強烈な便意が下腹部を襲っていた。
ベン「く、くぅ・・・・・・」
ポタリと落ちる冷や汗。昨日お腹を出して寝ていたせいだろうか。
その時、視界の端で魔法使いがいやらしい笑みを浮かべているのに気が付いた。
彼女は黒いローブに胸元を強調したビキニスーツを着込み、味方としては頼もしい火力だが、陰険で傲慢、苦手なタイプだった。
ベン「え?」
思い返せば、さっき彼女にもらった差し入れの飴はなんだか少し苦かったのだ。
ベン「ハメられた・・・・・・」
よりによって仲間に下剤を仕込むとは想定外だ。それもこんなダンジョンの深層で。あいつどうなってんだ。
でも荷物持ちはパーティの底辺、発言権はなかった。
それに腹壊してパーティの進行を遅らせたなんてことが広まると、もうどこにも入れてもらえなくなる。
ベンは奥歯をギリッとかみしめながら内またで必死にパーティの後を追っていく。
マーラ「ベン君? だいじょうぶ?」
純白の法衣をまとったヒーラーのマーラはそんなベンを見て立ち止まり、美しいブロンドの髪をかき上げながら、
その鮮やかなルビー色の瞳でベンをのぞきこんだ
ベン「だだだ、大丈夫ですっ!」
ドキッとベンの心臓は高鳴った。マーラはたぐいまれなる美貌をもちながら優しく、温かなまさに天使のような存在で、
ベンにとっては憧れの存在だった。そんなマーラに便を漏らしそうだなんて口が裂けても言えなかった。
マーラ「そう? 辛くなったら言ってね」
マーラは天使のほほえみを浮かべ、ベンは恍惚とした表情で便意が収まっていくのを感じていた。
〇岩の洞窟
やがてたどり着いたダンジョンの最下層。そこには豪奢な黄金の装飾が施された巨大な扉がそびえていた
勇者「いよいよ、ボス部屋だ! 総員戦闘態勢!」
勇者は聖剣をスラリと抜き、掲げる。
すると刀身に浮かび上がってくる赤い幻獣の模様。そして、模様が刀身を覆いつくした時ピカッと閃光が走り、全員にバフがかかった
しかし、そのバフはなぜかベンの便意を刺激する。
ベン「くぅぅぅ」
お腹を押さえ、崩れ落ちるベン。一時は収まっていたかと思っていた便意が一気に最高潮に駆け上がる。
ベン「ま、マズい、も、漏れる・・・・・・」
マーラが見てる前で暴発はマズい。だが、用を足す隠れる物陰もない。ベンは絶体絶命の窮地に立たされた。
その時、ポロン! という電子音とともに青いウインドウが空中に開き『×10』と、表示される。
しかし、ベンにはそれがなんなのか考える余裕もなく、ただ、脂汗を流していた。
勇者「おい! 荷物持ち! 何やってる」
勇者は弱っているベンを見てあざ笑う。
魔法使い「これからって時に足引っ張んないでよね!」
魔法使いはニヤニヤ笑いながらあざける。
お前のせいだろうが! と、怒鳴りつけたい気持ちを抑えながら、ベンは肛門を締め付ける括約筋に必死に喝を入れ
ベン「だ、大丈夫です。行ってください」
と、何とか口を開いた。
魔法使い「言われなくても行くわよ! あんたはどうせ戦闘じゃ役立たずなんだからおとなしく荷物見てなさい」
ベン「は、はい・・・・・・」
ベンは下腹部を押さえ、荒い息をしながら答える。
勇者「チャージ!」
勇者は巨大な扉を押し開け、ボス部屋に突入していく。
〇謁見の間
ボス部屋には一段高くなったところがあり、そこには宝飾品に彩られた玉座が据えてあった。その後ろには扉。きっと出口だろう
魔人「いらっしゃーい」
女性口調の男の声が響いた
部屋の周りの魔法ランプがポツポツと点灯し、浮かび上がってくる豪奢なボス部屋のインテリア
勇者「ま、魔人!?」
勇者の顔がゆがむ。魔物の中でも深刻な脅威と言われる魔人との対戦は初めてである。
しかし、魔王討伐を目指す勇者パーティには避けては通れぬ敵でもあった。
メンバーも険しい表情で魔人をにらむ。
勇者「か、かかれー!」
勇者の号令と共にタンク役は突進し、魔法使いは炎槍を唱え、一気に戦闘に突入する。
ベンは便意を必死に我慢しながら部屋の隅でうずくまっていた。
何とか物陰があればそこで用を足したかったが、あいにくボス部屋はがらんどうの大広間で柱の一つもない。
こんなところで尻をまくる訳にはいかなかった。
と、その時、ひときわ大きな音をたてながら腸が鳴った。
ぐぅ、ぎゅるぎゅるぎゅる――――
ベン「くっ! ヤバいヤバい!」
脂汗がぽたぽたとおち、歯をくいしばって耐えるベン。
括約筋は限界まで踏ん張っているが、便意はそれを上回る勢いで肛門を襲っている。まさに崩壊寸前だった。
またポロン! と鳴って青い画面が目の前に開く。そこには『×100』と、書いてあった。
ベンは訳の分からないウザったい表示にイライラしながら、必死に便意と戦う。今は何も考えられないのだ。
ベンの頭の中で悪魔がささやく。
『どうせ誰も見てやしない。ささっと出しちゃえばいいんだよ』
その甘露で魅惑的なささやきにベンの脳が揺れる。
出すだけでこの苦痛から解放される。そう、出すだけでいいのだ。
だが、天使は反論する。
『さすがに臭いはごまかせないわ。マーラにもバレるわよ? いいの?』
ベン「くぅぅぅ」
それだけは避けないとならない。ベンは涙をにじませながら歯を食いしばった。
あの憧れのマーラに、汚物のようにさげすまれるのだけは絶対に避けなければならない。
ベン「痛い、痛い、痛い、漏れる、漏れる、漏れる・・・・・・」
脂汗がぼたぼたと落ちていく。
その時、ひらめいた。
荷物の中に薬品箱がある。そこに下痢止めも入っていたはずだ。なぜ今まで気づかなかったのか?
ベンは苦痛から解放してくれる夢の解決策に希望の光を感じ、狂喜した。
そして、お腹を刺激しないようにしながらリュックを開き、震える手で下痢止めを急いで探す。
一方、戦闘はヤバい状態に陥っていた。一斉に攻撃を開始した勇者パーティだったが、全く攻撃が通用しないのだ。
魔人は玉座に座ったままニヤニヤしながら魔法のシールドを振り回し、タンク役を吹き飛ばし、魔法をはじき返し、
隙を見て火魔法を放ってくる。
勇者「チェストー!」
勇者の放った聖剣の一撃もあっさりといなされ、逆にカウンターを受けて無様に床に転がってしまう。
勇者「ぐはぁ!」
勇者(あまりにも強すぎる。しかし、逃げるにしても逃げ切れるとは思えない。何か方法はないか、何か。誰かが囮になれば・・・・・・)
勇者「そうだ!」
勇者はベンの方を振り向き、ニヤッと嫌な笑みを浮かべた。
そして、魔人をタンク役に任せ、ベンのところへと走る。ベンを囮にしてしまえばいいのだ。
ベン「あ、あったぞ!」
ベンは限界ギリギリのところで下痢止めを見つけていた。それは絶望の中で見つけた一筋の光だった。
しかし、魔人は勇者の変な動きを見てベンの方を見る。
そして、ベンが荷物から何かを取り出していたのを見つけた。
魔人「あら、こざかしい真似を! ファイヤーボール!」
魔人は即座に火魔法を放つ。
直後、ファイヤーボールはリュックに着弾、下痢止めもろとも吹き飛んでしまった。
ベン「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
ベンは発狂した。ついにたどり着いた希望が目の前で炎に包まれ、吹き飛んでしまったのだ。
ベン「プリッ!」
そのショックでベンのお尻から危険な音がした。
生暖かい液体が尻の周りをゆっくりと流れていく。その、認めたくない現実が太ももをつたっている。
ベン(ヤバい、ヤバい、ヤバい!)
ベンは真っ青になる。堤防が一部決壊! 緊急事態である。
直後襲ってくる猛烈な便意。
ぐぅ、ぎゅるぎゅるぎゅる――――
決壊を契機に、胃腸がグルングルンと大暴れをし、さらなる突破を狙ってくる。
青い画面には『×1000』と、表示が出るが、もう見てる余裕もない。
すると、駆け寄ってきた勇者が魔人の後ろの出口を指さして言った。
勇者「ベン! お前出口へダッシュだ!」
ベン「で、出口・・・・・・?」
ベンはもうろうとしながら答える。
勇者「そう、出口。お前なら行ける。GO!」
ベンはぼんやりとする意識の中で、脳のどこかがブチッと切れる音を聞いた。
ベン「出口! 出口! うわぁぁぁ!」
ベンはそう叫びながら、出口をにらみ、内またでピョコピョコと走り出した。
もう一刻の猶予もない。早く用を足さねば狂ってしまう。
丸腰でピョコピョコと突っ込んでくるベンを見て、魔人はあざ笑う。
魔人「荷物持ちの小僧に何ができるのかしら?」
同時に勇者は撤退の口笛を吹いて、一行は静かにダッシュで入口の扉へと走っていく。
魔人の意識をベンに向け、卑怯にも撤退して行ったのだ。
魔人は自分の方に突っ込んでくるベンをにらむと、
魔人「グレイトフレイムランス!」
と、叫び、巨大な灼熱の炎の槍を出現させた。そして、目にもとまらぬ速さでベンに向かって放つ。
全てを貫く上級魔法の圧倒的なパワー。ボス部屋は槍の放つ熱線で熱くまぶしく輝いた。
しかし、朦朧とするベンは出口を凝視したまま無意識にグレイトフレイムランスを手の甲ではじき飛ばす。
槍は逃げていく勇者をかすめ、壁に当たって大爆発を起こした。
ズン!
地震のような揺れがボス部屋を襲う。
グレイトフレイムランスを素手ではじくとはあり得ない。魔人は驚き、ベンを脅威と認めた。
魔人はバサッと翼をはばたかせ玉座から飛び上がるとベンの前に立ちふさがる。
そして、指先で空間を裂くと中から紫色の炎をまとった魔剣を取り出したのだった。
ベンにはもう出口しか見えていない。あの向こうにきっとポータルがある。
そこに入ればダンジョンの入り口に飛ばされて、あとは森の中で用を足せばいいのだ。もう走るだけだった。
魔人はピョコピョコと不自然なしぐさで駆けよってくるベンをにらむと、魔剣を振りかぶり、
魔人「究極奥義! 魔剣斬! 死ねぇ!」
と、叫びながら目にもとまらぬ速さで振り下ろした。
しかし、ベンはもう出口のことしか考えられず、邪魔する魔人など興味もない。
迫りくる魔剣を、無意識にガッとつかむと、握りつぶして粉砕し、混濁する意識の中で、
ベン「便意独尊!」
と、訳わからないことを叫びながら、鮮烈なパンチを魔人の顔面に放った。
魔人はその想定外の鮮やかな攻撃に吹っ飛び、まるでスカッシュのボールのように床に打ちつけられ、奥の壁に当たり、
天井にバウンドして最後は頭から床に落ちてきて倒れ、最後は魔石となって転がったのだった。
逃げようと走っていた勇者パーティはその異様な衝撃音に振り返る。
そこに魔人はいなかった。パーティメンバーは一体何が起こったのか理解できず、がくぜんとして走るベンを眺める。
勇者「え? 魔人は?」
魔法使い「ま、まさか・・・・・・」
マーラ「ベン君・・・・・・」
しかし、ベンは立ち止まることもなく、そのまま出口の扉を吹き飛ばし、脱出ポータルへと駆けこんでいった。