【第10話】女帝・翠玉(5)(脚本)
〇大きな木のある校舎
女性の息子「・・・」
女性の息子「そっか・・・確かに、田島くんは宿題を忘れたことがないんだ。カバンとか机の中とかもいつも綺麗に整理されているんだ」
女性「そっか、すごいね。とても几帳面な子なんだね」
女性の息子「友だちも多くて・・・皆から・・・そう、尊敬されてる気がする」
女性の息子「僕は・・・それがうらやましかった。すごく、すごくうらやましくて、僕もそうなりたいっていつも思っていた」
女性「そっか」
女性「ごめんね、お母さんは今まで、貴方に勉強さえ出来れば良いのだと教えてきた。他のことはおざなりだったよね」
女性「でもね、それは間違ってたんだって気付いたの」
女性「お母さんも努力する。私も、人を認め尊敬出来る人間になりたい。一緒に頑張ろう?」
女性の息子「でも・・・勉強しないとおばあちゃまに怒られるよ?」
女性「あら、勉強しなくて良いわけじゃないのよ?勉強をして知恵をつけることは、貴方のこれからの人生を助けてくれるわ」
女性の息子「ちぇーっ!勉強はしないといけないのかあ!」
女性「あはは!何よ、嬉しそうじゃない!じゃあ、今日は塾お休みして良いかなって思ったけど、無しかなぁ?」
女性の息子「えー!ママのいじわる!」
女性「冗談よ。今日は、二人で美味しいものでも食べに行こうか?」
女性の息子「うん!行きたい!ママとご飯食べるの、いつ振りだろう!?」
女性「今日はゆっくり休んで、また明日から頑張ろうね?」
女性「でも、ご飯を食べる前に、田島くんのおうちに寄ろうか?」
女性の息子「え・・・なんで?」
女性「田島くんの本を投げちゃったんだもの。途中の本屋さんで新しいものを買って持って行って、ちゃんと謝ろう?」
女性の息子「うん、僕、謝るよ!田島くん・・・許してくれるかなぁ・・・」
女性「えらいね。きっと貴方のその素直な気持ちは、田島くんに伝わると思う」
女性の息子「うん!じゃあ行こう?」
〇大きな木のある校舎
子供は嬉しそうに母親の腕にしがみつき、二人は仲睦まじい様子で帰って行った。
そしてアベンチュリとトオルもまた、帰路へと着いた。・・・帰りは徒歩で。
〇明るいリビング
トオル「なんか・・・丸くおさまって良かったな。あの女性、この家に来た時とはすっかり変わって別人みたいだった」
アベンチュリ「ええ、ほんとに。勿論、全てを一気に変えることは出来ないかもしれませんが、それでもあの子には」
アベンチュリ「自分を心の底から理解してくれる母親がついています。この先また道をそれるようなことがあっても、きっと・・・大丈夫でしょう」
トオル「理解してくれる母親・・・か」
トオルはふと、自分の母親のことを思い出した。祖母である鈴子から、鈴子とトオルに血の繋がりはないのだと打ち明けられたのは
つい先日のことだった。物心ついた時にはすでに鈴子の家にいて、『両親は早くに亡くなった、写真は無い』という鈴子の話を
疑いもしなかったが、実のところは、鈴子自身もトオルの親が誰なのか、どこで何をしているのか、そもそも生きているのかさえ
全く知らないらしかった。ただひとつの事実は、『トオルの親は、トオルを捨てたのだ』ということだけ。
自分の親には母性や慈悲の心は無かったのか。どうして僕は捨てられたんだろうか。心に冷たい孤独がじわりと湧き上がる。
アベンチュリ「トオルさん!翠玉へのお返しを作りましょう。このスカーフで、翠玉のドレスを作るんです!きっと喜んでくれますよ!」
家の中に響くアベンチュリの明るい声が、深くて暗い闇に引きずり込まれそうになったトオルの意識を引き戻した。
トオル「ドレス~?いやいや、僕にそんなものが作れるわけないだろう?しかもそのスカーフ、勝手に取ってきたやつじゃん」
アベンチュリ「今こそ魔法ですよ!指先でちょちょちょ~ってすると、上手い具合に針と糸が動いてくれます。さあ!練習練習!」
こうして、縫った方が早そうにも思われるトオルの不器用で地味な魔法特訓は、夜が明けるまで続いたのだった。