四月一日の花嫁

鍵谷端哉

読切(脚本)

四月一日の花嫁

鍵谷端哉

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〇コンサートの控室
四月一日 あかり「わたぬき。四月一日と書いて、わたぬきと読む。それが私の苗字であり私の誕生日」
四月一日 あかり「学生の頃は、よくこの苗字でからかわれたりした。だから、私は自分の苗字が嫌いだった」
四月一日 あかり「でも、今は、この苗字でよかったと、心から思える」
香月 加奈「あかり、準備できた?」
香月 加奈「・・・わお! すっごい綺麗!」
四月一日 あかり「ありがとう、加奈」
香月 加奈「こりゃ、あいつも惚れ直すわ」
四月一日 あかり「今日は、その・・・ごめんね、来てもらっちゃって」
香月 加奈「なーに言ってんのよ。親友の結婚式なんだもん、出席するのは当然でしょ」
四月一日 あかり「ふふっ! そんなこと言ってくれるのは加奈くらいだよ」
四月一日 あかり「あーあ、加奈と結婚すればよかったかな?」
香月 加奈「今からでも遅くないぞ。駆け落ちしちゃう?」
四月一日 あかり「あははは!」
香月 加奈「・・・にしても、もう二年か」
四月一日 あかり「うん・・・。早いね」
香月 加奈「あいつに出会ったのって、高校のときだっけ?」
四月一日 あかり「高校一年生の冬だよ。時期外れで転校してきたから、よく覚えてる」
香月 加奈「あー、そうだったね。思い出した。最初見たときは変な奴って思ったんだよね」
四月一日 あかり「私も」
香月 加奈「え? あかりも?」
香月 加奈「まあ、そりゃそうか。いきなりリーゼント頭の学ランで登場だもんね」
四月一日 あかり「第一声が「今日から俺が、この学校をシメる」だからね」
香月 加奈「で、リーゼントのカツラを取ったら、その下が丸坊主でね」
四月一日 あかり「そして、その後の台詞が「笑いで」って言って、教室はドッカンだった」
香月 加奈「あれは笑わせてもらったわー」
四月一日 あかり「私は引いたんだよね」
香月 加奈「・・・まあ、あれは好き嫌い分かれそう」
四月一日 あかり「だから、最初はちょっと苦手で、話さないようにしてたんだ」
香月 加奈「でも、それからすぐに付き合い始めたんでしょ?」
四月一日 あかり「んー。正式に、「お付き合いしてください」って言われたのは大学に入ってからかな」
香月 加奈「ええー。高校のとき、あんなにラブラブだったのに、付き合ってなかったんだ?」
四月一日 あかり「え? 私たち、周りからそう見えてたの?」
香月 加奈「・・・気づいてなかったんだ」
四月一日 あかり「やだ、恥ずかしい・・・」
香月 加奈「まあまあ、もう時効ってことで」
香月 加奈「でもさ、最初、距離を置いてたのに、どうして話すようになったんだっけ?」
四月一日 あかり「私の苗字、格好いいって言ってくれたんだ・・・」
香月 加奈「あー、あいつなら言いそう」
四月一日 あかり「珍しいとはよく言われたけど、格好いいって言ってくれたのは初めてだったから・・・」
香月 加奈「あかり、ずっと、苗字、嫌がってたもんね」
四月一日 あかり「毎年、毎年、からかわれてたら嫌にもなるよ。嘘の誕生日プレゼントとかさ」
香月 加奈「確かにね、エイプリルフールのいじられ方はハンパなかったもんね」
四月一日 あかり「クラスの風物詩にされてたからね」
四月一日 あかり「どれだけ一日で四月一日を騙せるか、って競われてたこともあったしさ」
香月 加奈「うわ、サイテー」
四月一日 あかり「そんなときだった」
四月一日 あかり「「四月一日って苗字、格好いい。交換してくれって」言ってきたの」
香月 加奈「・・・交換って。発想が小学生レベルよね」
四月一日 あかり「はは。まあ、ね」
四月一日 あかり「最初は、どうせからかってるんでしょって思って、じゃあ、うちに養子に来たらって言ったの」
香月 加奈「あいつ、どう返したの?」
四月一日 あかり「目をキラキラさせてね、「良いアイディアだ!」って」
香月 加奈「あいつの反応は、いつも斜め上よね」
四月一日 あかり「でも、本当にすごいのは、次の日、私の家に来て、親に交渉してたんだよね」
四月一日 あかり「養子にしてくれって」
香月 加奈「うっそ!」
香月 加奈「それは、ちょっと引くかな」
四月一日 あかり「まあ、そうだよね。引くよね」
香月 加奈「私だったら、もう近づかないわ。そんな危険人物」
四月一日 あかり「私もそうしようと思ったんだけどね。次の日に相談があるって呼び出されたの」
香月 加奈「相談?」
四月一日 あかり「うん。「お母さんに気に入られるにはどうしたらいいか」って」
香月 加奈「・・・諦めなかったんだ」
四月一日 あかり「とにかく、それがきっかけだったんだ。話し始めたのは」
香月 加奈「へー、そんなことあったんだ。知らなかった」
香月 加奈「・・・なんで、言ってくれなかったの?」
四月一日 あかり「いや、言えないでしょ」
香月 加奈「そりゃそうか」
四月一日 あかり「で、一緒にいたら、面白いし、何となく気づいたらいつも隣にいるのが自然になったんだよね」
香月 加奈「だから、周りはすっかり付き合ってるもんだと思ってたんだよね」
四月一日 あかり「・・・お願い、そのことはもう言わないで」
香月 加奈「でも、まあ、いいじゃん。それが結婚までいったんだから」
四月一日 あかり「うん。そうだね」
香月 加奈「ちなみに、プロポーズの言葉は?」
四月一日 あかり「頼むあかり、俺を四月一日にしてくれ」
香月 加奈「・・・あいつらしいわ」
四月一日 あかり「うん。そんな人だからこそ、私は好きになったんだと思う」
香月 加奈「あれ? ってことは、婿入りするってこと?」
四月一日 あかり「そうだよ。結婚する条件として、「婿入りすること」だって」
香月 加奈「いやいやいや。どうして、結婚を申し込んだ方が上から目線なのよ」
四月一日 あかり「それでね、私、言ったの」
四月一日 あかり「もし、私の名前が四月一日じゃなかったら、結婚しなかった? って」
香月 加奈「それで? あいつ、なんて言ったの?」
四月一日 あかり「急に真面目な顔をしてね」
四月一日 あかり「ごめん、あかり、たとえ君がどんな苗字でも、俺は絶対にあかりを相手に選んでた」
四月一日 あかり「「四月一日の苗字になりたいって言うのは、結婚を切り出すきっかけだったんだ」って」
香月 加奈「おおー。あいつが、そんな臭い台詞を・・・」
四月一日 あかり「私もびっくりした」
香月 加奈「葬儀のとき、親戚中にバラシてやればよかったのに」
四月一日 あかり「はは。私も少し考えた」
香月 加奈「あ、そうだ。忘れるところだった。はい、これ」
  加奈がポケットから小さな箱を出し、指輪を渡す。
四月一日 あかり「ありがとう。よかった、間に合って」
香月 加奈「もし、指輪のサイズが合わなくても、後日、合わせてくれるってさ」
香月 加奈「だから、少し大きめにしておいたよ。式の時、嵌めれなかったら大変だもんね」
四月一日 あかり「・・・加奈、本当にありがとうね。今日のこととか、色々」
香月 加奈「まあ、親友からの誕生日プレゼント、ってことで」
四月一日 あかり「でもさ、よく式場空いてたよね」
四月一日 あかり「普通、結婚式場って、半年前くらいから予約しないとダメなんでしょ?」
香月 加奈「うーん。エイプリルフールに結婚しようって人はあまりいないのかも」
香月 加奈「だから、式場でも、こういう企画をやってるんだと思う」
四月一日 あかり「なるほど」
香月 加奈「ねえ、あかり。1つだけ聞かせて」
四月一日 あかり「なに?」
香月 加奈「これで、その・・・本当に忘れられるの?」
四月一日 あかり「ううん。忘れられないと思う」
四月一日 あかり「でもね、前には進めると思う」
香月 加奈「そっか。ならよし」
四月一日 あかり「加奈には、ずっと支えてもらってばっかりだね」
香月 加奈「大丈夫。その分、ちゃんと返してもらいますから」
四月一日 あかり「ふふ。はい。じゃあ、六十年ローンで」
香月 加奈「ははっ。じゃあ、あと六十年は生きてないとね」
四月一日 あかり「・・・うん。そうだよ。だから、加奈は死なないでね、私を置いて」
香月 加奈「わかってるって」
香月 加奈「・・・おっと、そろそろ、時間だよ。行こうっか」
四月一日 あかり「うん」
  あかりと加奈が歩き出し、ドアを開ける。

〇結婚式場の廊下
  あかりが一人、バージンロードを歩く。
四月一日 あかり「四月一日。それは私の苗字であり、私の誕生日」
四月一日 あかり「そして、世間ではエイプリールフールと呼ばれる嘘を付いていい日」
四月一日 あかり「今日、私は結婚する」
四月一日 あかり「でも、相手はもういない」
四月一日 あかり「だから、私はたった一日限定の花嫁。たとえ、今日が嘘だったとしても、今、私はとても幸せ」
四月一日 あかり「明日からはちゃんと前を向いて歩くから、だから今日だけは、あなたのお嫁さんでいさせてね」
  fin

コメント

  • 単純で、少しおバカで、人と違う。
    意外や意外かもしれませんが、魅力がたくさんあったのですね。
    今はもういない、という言葉に凄く切なさを感じました。

  • 若いカップルの結婚の話かー。なんかほのぼのしていい話だなーの読み進めるうちになんか違う悲しいお話なことにしんみり。
    前に進んで幸せになってください。

  • まさか、と最後のシーンでその状況を把握し悲しくなりました。この結婚式が、それでも彼女の中でその別れにけじめをつけ、前に進むセレモニーだと考えると、精いっぱいのエールを送りたいです。

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