ギンジ

水野ミムシ

ギンジ(脚本)

ギンジ

水野ミムシ

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ギンジ
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〇古いアパートの部屋
黒鉄ギンジ「ただいま」
  もちろん返事はない。
  俺に家族はいない。
  なぜなら──
  俺は人間の絶望から生まれた怪人。
  しかし、人間を襲おうなんて
  考えたこともない。
黒鉄ギンジ「なんだよ、リュウ」
  悪い!明日の小テストの範囲
  送ってくんね?
黒鉄ギンジ「また?しょうがねーなあ」
  サンキュ!心の友よ
  この平和な日常が続いてほしい。
  俺の望みは、普通の人間として生きること。
  それだけだ。

〇大きな木のある校舎

〇教室
藤野リュウ「ギンジ!ヤベェよ!」
  教室に入るなり、
  親友の藤野リュウが駆け寄ってくる。
黒鉄ギンジ「テスト範囲は送っただろ」
藤野リュウ「そんなのどうでもよくて!」
藤野リュウ「新しい先生が来るんだって!」
黒鉄ギンジ「先生?この時期に?」
担任教師「突然だが、今日から 新任の先生が来ることになった」
頼城アキラ「はじめまして!」
黒鉄ギンジ(キラキラしてるなあ)
  背が高く、笑顔の眩しい若い男性。
  もし彼が漫画のキャラクターなら
  背景に輝くエフェクトが描き込まれそうだ。
頼城アキラ「頼城アキラといいます!」
担任教師「頼城先生には、俺と一緒に このクラスの担任を受け持ってもらう」
  彼は教室中を舐めるように見回し
  にっこりと微笑んだ。
頼城アキラ「みんな、美しく眩しい 素敵な瞳をしていますね!」
  歯の浮くようなセリフに面食らってしまう。
藤野リュウ「なあ、ギンジ 素敵な瞳なんて言われたことある?」
  リュウが後ろの席から小声で言った。
  馬鹿にしているというより、
  真っ直ぐすぎる言葉に驚いたという感じだ。
頼城アキラ「私は学生の笑顔を守りたくて 教師になりました」
頼城アキラ「何か悩み事があれば是非頼ってほしいな! どうぞよろしく」
黒鉄ギンジ(この人は・・・ 絶望とは縁遠い人なんだろうな)
  頼城先生のキラキラした瞳と
  視線がかち合う。
黒鉄ギンジ(──?)
  少し細められた目に恐怖を覚える。
  しかし次の瞬間には
  元の眩しい笑顔に変わっていた。
  今のは何だったのだろう。
  考える間も無く、
  先生が小テストを配り始める。
  リュウの素っ頓狂な悲鳴に
  恐怖感はかき消されてしまった。

〇大きな木のある校舎

〇教室
藤野リュウ「ギンジ、今日時間ある?」
  帰る支度をする手を止めて
  リュウに振り返る。
黒鉄ギンジ「おう、空いてる」
藤野リュウ「じゃあ今日はお前、バスケ部な!」
黒鉄ギンジ「またかよ、しょうがねーなあ」
  リュウはバスケ部のレギュラーだ。
  そんな奴がなぜ帰宅部の俺を
  呼ぶのかといえば──
藤野リュウ「やっぱ試合形式でやるなら 強い奴がいた方が練習になるからさ」
  俺は、運動神経が良い。
  なぜなら人間じゃないからだ。
  運動部の助っ人に呼ばれるうちに
  増えた友人もいる。
  そのくらい運動神経にだけは自信があった。
バレーボール部員「あ!ギンジ、この後バレーボールを」
藤野リュウ「あーっダメダメ こいつ今日はバスケ部だから」
サッカー部員「ギンジ、サッカー手伝えない?」
黒鉄ギンジ「ごめん、俺今日バスケ部」
サッカー部員「また!? 藤野、声かけ早すぎるぞ!」
藤野リュウ「早いもん勝ちだろ!」
  けらけら笑いながら体育館へ走るリュウを
  俺は追いかけていった。
頼城アキラ「黒鉄ギンジくん・・・」
頼城アキラ「まるで人間みたいな名前だな」

〇体育館の中
黒鉄ギンジ「やっぱ強いな 別に俺いなくても良かったんじゃないの?」
藤野リュウ「まあなー」
黒鉄ギンジ「えっ」
藤野リュウ「あっごめん、違くて!」
  周囲を見回しながら、
  こそこそと声をひそめる。
藤野リュウ「実は・・・」
藤野リュウ「俺がギンジとバスケしたいだけ!」
黒鉄ギンジ「は?」
藤野リュウ「心の友よ」
  ニヤリと笑い、
  リュウは後輩の片づけを手伝いに行く。
  良い友人を持ったものだ。
  この平和な日常が続いてほしい。
  せめて、俺たちが卒業するまでは──
「黒鉄ギンジくん」
黒鉄ギンジ「頼城先生」
  体育館の入り口に来場先生が立っている。
頼城アキラ「おや、私の名前を覚えてくれたんだ!」
黒鉄ギンジ「何かご用ですか?」
頼城アキラ「ちょっと聞きたいことが二つほど 君、彼と仲が良いのかい?えーっと・・・」
黒鉄ギンジ「藤野リュウです 同じクラスの」
頼城アキラ「ああ、そうなんだ で、仲は良いのかい?」
黒鉄ギンジ「はい、一番の友人・・・だと思います」
頼城アキラ「煮え切らない言い方だね」
  何故だか棘のある言い方をされ、
  今朝感じた謎の恐怖感が思い出された。
黒鉄ギンジ「そ、そんな、深い意味は」
頼城アキラ「あともう一つ質問なのだけど 黒鉄ギンジ、って良い名前だよね」
黒鉄ギンジ「はあ、ありがとうございま・・・」
頼城アキラ「ギンジって名前、誰がつけたの?」
  心臓がバクリと跳ねた。
  普通の人間なら何とも思わない質問だろう。
  親です、祖母です、親戚です、
  さあわかりません。
  答えは何だって良い──普通の人間なら。
  黒鉄ギンジは
  俺が俺につけた名だ。
黒鉄ギンジ「さあ、わかりません」
  表情を取り繕うのも、この質問をされるのも
  初めてじゃない。
  それでも少し戸惑ったのは
  やはり今朝の恐怖感のせいだ。
  あれだけキラキラしていた目が
  俺をじっとりと睨むから。
  ギンジー!
  試合のメンバー入ってくれー!
  咄嗟にリュウの声がした方へ目を向ける。
黒鉄ギンジ「す、すぐ行く!」
  既に頼城先生は去っていた。
  動揺して上手くプレー出来なかったが
  リュウは俺を責めなかった。

〇渡り廊下
頼城アキラ「──もしもし。ええ、もう見つけました いくら上手く化けても私の目は誤魔化せない」
頼城アキラ「被害が出る前に発見できたのは幸運でした やはり女神は正義に微笑むようですね」
頼城アキラ「必ずやこの私が 生徒の平和を守ってみせます」

〇古いアパートの部屋
  あの日から1ヶ月
  俺はずっと居心地が悪い。
  どこにいても頼城先生に
  見張られている気分になる。
  ふとした時、
  あのキラキラした瞳と目が合うのだ。
  俺はあの目が──
黒鉄ギンジ「苦手だ・・・」
  俺が人間の絶望から生まれた怪人だから、
  希望に満ち溢れた彼の陽気が
  嫌いなのだろうか。
  そろそろ学校に行かなくてはならない。
  朝だというのに
  窓の向こうから治安の悪い喧騒が聞こえる。
  澱んだ空気は、
  俺の気分を少しだけ晴れやかにさせた。
黒鉄ギンジ(やはり俺は生粋の怪人だ 人間じゃない)
  天真爛漫なリュウなら
  こんな澱んだ空気を嫌うはずだった。

〇教室
サッカー部員「よう、今日サッカー部来れる?」
黒鉄ギンジ「ああ、いいよ ところでリュウは休み?」
サッカー部員「休みだって頼城先生が言ってたぜ」
黒鉄ギンジ「頼城先生が?」
頼城アキラ「おはようございます みんな今日もキラキラしていて 大変よろしいです!」
黒鉄ギンジ「・・・」

〇田舎の学校
  授業後──
サッカー部員「お前、藤野の風邪うつったんじゃないか?」
黒鉄ギンジ「調子出なくてごめんな・・・」
サッカー部員「いいって。無理せず帰れよ」
  俺の心情を映したように
  空に重い雲が広がる。
  リュウのことが気になるが
  ひとまず今日は帰ろうと荷物を拾う。
黒鉄ギンジ「・・・あ」
頼城アキラ「お疲れ様!ちょっと来てくれる? 黒鉄ギンジくん」
頼城アキラ「藤野リュウが呼んでるよ」

〇入り組んだ路地裏
黒鉄ギンジ「あの、どこまで行くんですか」
  足早に進む頼城先生は、俺を見もしない。
  それでも追いかけなければいけない
  気がした。
頼城アキラ「ずっと観察していたけれど 君は、運動好きな普通の男子高校生だね」
頼城アキラ「そんな君に 悲しい真実を伝えなくちゃならない」
  辿り着いたのは、人気のない廃ビル。

〇廃墟の倉庫
  ギンジ!
  部屋の奥でリュウが手を振っている。
黒鉄ギンジ「どうしてこんなとこに」
藤野リュウ「朝から此処で待ってろって言われてさ ズル休みしちまった、大丈夫かなあ?」
頼城アキラ「黒鉄ギンジくん、落ち着いて聞いてね 藤野リュウは──」
頼城アキラ「怪人だよ」
黒鉄ギンジ「は・・・?」
頼城アキラ「そして」
頼城アキラ「私の使命は怪人を倒すこと」
  頼城先生が
  自分の顔の前に手をかざす。
  !?
頼城アキラ「親友である君には 真実を告げてきおきたかったんだ」
頼城アキラ「そいつは怪人だから 死んでも悲しまなくていいよ」
藤野リュウ「ヒッ・・・!」
  目と鼻の先に剣が迫る。
  輝く剣先が俺を掠め
  背後のリュウへと伸びていく。
  何もわからなかった。
  何もわからなかったけれど。
  俺は、運動神経にだけは自信があるから。
頼城アキラ「・・・避けたか」
藤野リュウ「ぎ、ギンジ!? 今どうやって・・・」
黒鉄ギンジ「ど、どんな理由であれ 親友は傷つけさせない!」
黒鉄ギンジ「俺は 平和な日常が続いてほしいだけだ」
  自宅以外でこの姿になるのは
  何年振りかしれなかった。
  だがリュウも怪人であるなら
  何も問題はない。
頼城アキラ「ありがとう!その姿を待ってた」
黒鉄ギンジ「先生のためじゃない」
頼城アキラ「いいや、私のためさ 正義の味方が普通の男子高校生を 斬って良いわけがないからね」
頼城アキラ「君は本当に普通だった 上手く周囲を騙したものだよ」
頼城アキラ「そういう怪人が最も恐ろしい」
頼城アキラ「しかしこれで問題なく君を斬れる ああ、嘘を吐いた甲斐があった!」
黒鉄ギンジ「・・・嘘?」
頼城アキラ「だって、怪人の君が 「人間」を守るために戦うわけがないだろ」
  背後から荒い息遣いが聞こえてくる。
  リュウは、後ろの席からよく俺に
  ちょっかいをかけてきた。
  だけど今は、後ろを振り向くのが、怖い。
頼城アキラ「藤野リュウは人間だ これは、本当」
  人間ではないこの身体に冷や汗が滲む。
  悲しい心とは裏腹に
  腹の底から力が湧き上がってくる。
  この力は、人間の「絶望」だ。
頼城アキラ「では大人しく倒されろ、化け物!!」
黒鉄ギンジ「ぐああっ!!」
  四本の剣から繰り出される斬撃に
  俺は抵抗する気力も湧かなかった。
  斬撃を食らう苦しみとは反対に、
  身を焦がすような力が漲ってくる。
  リュウは俺が怪人であることを知って
  絶望してしまったのだ。
  俺の平和は、もう壊されて──
藤野リュウ「ギンジ!!」
頼城アキラ「藤野くん、危ないからどきなさい」
藤野リュウ「俺の!親友に!!」
藤野リュウ「手を出すな!!!」
頼城アキラ「何言ってるんだ?」
頼城アキラ「そいつは怪人だ。化け物だ! 見て分からないのかな?」
藤野リュウ「わかんねえよ! あんただって、ギンジがこう見えて バスケ上手ェこと知らねえだろ!!」
黒鉄ギンジ「・・・何も関係ねえじゃん」
藤野リュウ「逃げろ、ギンジ!!」
  リュウの足はガタガタ震えている。
  俺の腹を焼くような「絶望」は
  まだ消えていない。
頼城アキラ「そんなに怯えなくても 私は人間を斬らないよ」
黒鉄ギンジ「リュウ、ありがとう」
頼城アキラ「あ?」
黒鉄ギンジ「リュウは、俺があんたに 殺されるかもって思ってる この「絶望」は大きいですよ」
黒鉄ギンジ「絶望を得た俺は、たぶん 先生より強い」
頼城アキラ「あはは、全く 学生はすぐ調子に乗るから、困る!!」
  頼城アキラが駆け出す凄まじい勢いに
  窓がビィンと震える。
  だがそのどれもが止まって見える。
  俺の力が、増している。
頼城アキラ「なっ!?」
黒鉄ギンジ「学生の笑顔を守りたいんでしょう?」
黒鉄ギンジ「俺の親友を 泣かせてんじゃねえ!!!」
頼城アキラ「ぎゃあっ!!」
  頼城先生はその場に崩れ落ち、
  元の人間の姿に戻って気を失った。
  おそるおそるリュウの方を見ると、
  笑ってるんだか泣いてるんだか
  分からない顔で、俺を見つめていた。
黒鉄ギンジ「・・・雨降ってきちゃった」
藤野リュウ「あっ」
藤野リュウ「傘、無えや・・・」

〇教室
藤野リュウ「おはよう!」
黒鉄ギンジ「おはよう」
  あれからリュウは何も変わらない。
  俺の本来の姿が何であれ、
  親友であることは同じだと言ってくれた。
  難しく考えるのは、
  彼の性に合わないのだろう。
頼城アキラ「みんな、今日もキラキラしていて 大変よろしいです!」
  頼城先生は、何も変わらないリュウを見て
  拍子抜けしてしまったらしい。
頼城アキラ「今回は 君に平和を譲ってあげるよ」
黒鉄ギンジ「あ、ありがとうございます」
藤野リュウ「負け惜しみだぜ」
頼城アキラ「う、うるさいっ」
  少し形は変わったけれど
  この平和な日常が続いてくれたらいい。
  俺の望みは、普通の人間として生きること。
  それだけなんだから。

コメント

  • 「人間の絶望から生まれた怪人」ってかっこいいフレーズ。本人は平和な日常を望む普通の高校生というギャップがいい。でも今回のMVPはリュウでしたね。最後、あんなことがあったのに先生が普通に登校してておまけに談笑してて笑えました。

  • 絶望から生まれたと聞けば、もう少し人間に恨み辛みがありそうなイメージでしたが、すごく友達思いの優しい子ですね。
    そしてリュウくんも。こんな友達がいたらなぁと思いました。

  • 怪人である新担任の登場がまるで台風のようで、でもりゅう君とぎんじ君の友情の絆をより強くし、台風一過で晴れ晴れしたフィナーレがとてもよかったです。

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