ヘタクソな関東人

水野ミムシ

読切(脚本)

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〇劇場の舞台
  まばらに客が座る狭い劇場。
  一人の男が舞台に立っていた。
柳大樹「お父さんっ!娘さんを僕にください お母さんっ!娘さんを幸せにします エリちゃんっ!今ここで君に伝えたい・・・」
柳大樹「金ェ貸してくれッ!!」
  柳の渾身の変顔も虚しく、
  恐ろしいほどの静寂が劇場を包む。
柳大樹「ありがとうございました」
  申し訳程度の拍手を背に
  柳は袖へ逃げていった。

〇広い更衣室
  楽屋
柳大樹「何があかんかなぁ」
  ぼろぼろのネタ帳を開き、
  ばーっとページを捲る柳。
  今披露したネタが書かれているページに
  「びちょうせい」と走り書きする。
猫丸次郎「調整しても無駄やて」
柳大樹「うわっ!!なんやねん!!」
  漫才師として最近着実に人気を上げている
  猫丸次郎は、くつくつと嫌味に笑った。
猫丸次郎「クソつまらんかったわ」
柳大樹「コンビのネタ使い回したんやから そら微妙やろ。計算通りやっちゅうねん」
猫丸次郎「使い回すな、アホ せやから売れへんねん」
  猫丸はにやにやと口角を上げたまま、
  柳に向かって人差し指を向ける。
猫丸次郎「そもそもお前、ピン向いてへん」
猫丸次郎「あのヘッタクソな関東人でも まだおった方がマシやったなぁ」
柳大樹「テメェ!!」
猫丸次郎「はい、当たらへん お前のネタと一緒。お後がよろしいようで」
  ぺちん、と手のひらで柳の後頭部を叩く。
柳大樹「もうええわ!! 忙しいねん、どけ!!」
  楽屋を出ていく柳。
  出入り口で犬吉太郎とぶつかりそうになりながら、ドタバタと走って行った。
犬吉太郎「あらぁ、なんやねん」
犬吉太郎「また要らんこと言ったやろ あかんでぇ、ほんま」
猫丸次郎「正しいこと言うて何があかんねん」
  犬吉と猫丸は次の出番のため
  準備を始める。
  柳を追いかける者は誰もいなかった。

〇改札口前
  キャリーバッグを片手に
  榊原翔はぼんやりと電光掲示板を見つめていた。
  大きな荷物は既に実家に送ってある。
  この新幹線に乗れば、
  関西での自分の挑戦は完全に終了する。
  乗るべき便の時間はそろそろだ。
  それから、元相方の出番は
  少し前に終わっている頃か──
  そこまで考えて、首を振る。
  自分が捨てた相方のことを
  今更思ったところでどうにもならない。
  榊原は意を決したように前を向くと
  切符を手に、改札をくぐった。
「翔!!」
柳大樹「間に合ったァ!!」
  息を切らした柳が走り寄ってくる。
  改札横の柵に身を乗り出すようにして、
  榊原に手を振った。
榊原翔「え、お前、ライブは?」
柳大樹「出番は終わった。だだズベリや」
榊原翔「最後の挨拶は?サボったのか?」
柳大樹「あー・・・」
榊原翔「・・・バカ、だから売れねえんだよ」
  わざと冷たく言い放ち、
  榊原は歩き去ろうとする。
柳大樹「ま、待て! お前に言うてへんこと まだいっぱいあんねん!!」
  榊原は、去りかけた足を止めた。
  二人とも肩が震えている。
  周囲の人間は誰も二人を気にすることなく
  足早に改札を通って行く。

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