読切(脚本)
〇事務所
ええっ!?
中井淳「廃部・・・ですか・・・」
山本校長「ええ。残念だけれども」
校長は、髭を撫で付けながら続けた。
山本校長「部員はたった一人だけだし、 その子も来年は受験でしょう?」
山本校長「顧問として辛いのはわかるが、 今年中に結果が出なければ・・・」
中井淳には、校長の言葉が入ってこなかった。
廃部の二文字が脳内を踊る。
他の教員たちは
ちらちらと中井たちを気にしているが、
誰も助け舟を出そうとはしなかった。
何か校長に言い返そうとするものの
中井は口をぱくぱくさせるばかりで
何の言葉も出てこなかった。
〇美術室
中井淳「・・・と、いうわけで 今年中に結果を出さなくちゃならない」
福山琴音「えっ、美術部なのに?」
中井淳「美術部なのに・・・」
福山琴音「そういうのは普通 野球部とかサッカー部とか 運動部がやるものじゃないですか?」
中井淳「俺もそう言ったんだけど・・・」
福山琴音「言ったんだ」
中井淳「とにかく、結果を出せれば良いから! 色々応募してみようよ」
中井淳「福山さんならセンスがあるから きっとなんとかなる」
中居の言葉に、
福山琴音は不安げに髪を触る。
福山琴音「でも私、油絵の抽象画しかやったことがないし。 それも特別上手いってわけじゃないし・・・」
中井淳「一番大切なのは、楽しむことだっ!」
突然立ち上がり大声を出した中井に、
福山は目をぱちくりさせた。
我に帰った中井はおどおどと視線を彷徨わせ、気まずそうに着席する。
中井淳「つ、つまり・・・ 技術なんて二の次でいいんだ」
中井淳「それにもしかしたら 油絵以外にも楽しめるものが見つかるかもしれないよ」
福山琴音「まあ、それは確かに」
中井淳「よし!じゃあ早速なんだけど」
中井は鞄から一枚のチラシを取り出した。
「水彩風景画コンクール」と書かれている。
中井淳「これ、「春」がテーマのコンクールでね。 桜とか、いろいろイメージが湧きやすいんじゃないかと思って」
福山琴音「水彩画・・・ やったことはないですが、わかりました 挑戦してみます」
中井淳「ああ!頑張れ!」
福山琴音「じゃ、中井先生も来てくれますよね?」
中井淳「えっ?」
福山はメガネを指先で上げ、
ニヤリと笑った。
〇桜並木
陽は少し沈みかけている。
並木道の真ん中を、
中井と福山が連れ立って歩いていた。
福山の手にはスケッチブックが抱えられている。
少し歩いて、中井は道の端に立ち止まった。
両手の指で四角を作り、桜並木を覗く。
中井淳「この辺りから描くのはどうだ? 少しアオリ気味で描けば ダイナミックに見えそうだ」
福山は中井の隣に並んで立つと、
スケッチブックを開いてすぐに鉛筆を走らせた。
福山琴音「そうですね 素敵だと思います」
中井淳「俺が構図に口を出しちゃってよかったのか?」
福山琴音「先生なんだから 生徒にアドバイスするのは当たり前でしょ」
言いながら、福山はスケッチする手を止めない。
福山琴音「それに、いつもは抽象画ばかり描いてるから 水彩画なんて初めてだし 少しでも誰かの意見を・・・」
ふと、福山は
足元に小さなたんぽぽが咲いているのを見た。
スケッチの手が止まる。
福山琴音「・・・」
中井淳「どうしたの」
福山琴音「いえ、別に」
福山は再びスケッチブックに向き直り
鉛筆を走らせた。
〇桜並木
数日後──
福山は黙々と鉛筆を走らせた。
中井に言われたアオリの構図を参考に
もう5枚目のスケッチだ。
慣れない水彩画に挑戦するため、
つい力んでしまう。
福山は手を止めて、眉を揉んだ。
視線を落とすと、
先日見つけたたんぽぽがまだ咲いている。
福山琴音「・・・」
福山琴音「・・・かわいいなぁ」
〇広い廊下
大会を目指す野球部の喧騒が響いている。
職員室から出た中井は
廊下に置かれている棚に目をやった。
部活動の受賞トロフィーや賞状が
飾ららている棚だ。
中井淳「野球部・・・サッカー部・・・」
どれも運動部のトロフィーばかりで
文化部のものは少ない。
美術部と記されているものは一つもなかった。
〇美術室
福山琴音「これ、見ていただきたくて」
福山は二枚の画用紙を並べた。
一枚は水彩画の桜並木、
もう一枚は、
小さなたんぽぽ越しに見た桜の木。
中井淳「これは・・・」
福山琴音「中井先生の案が嫌だったわけじゃないんです。 ただ私が描きたくて」
福山琴音「どっちが良いと思いますか?」
中井淳「・・・うーん」
少し考えて、中井は
たんぱぽの絵を指差す。
福山琴音「──やっぱり、」
中井淳「こっちは桜が小さい」
福山琴音「・・・」
中井淳「春がテーマだし、 審査員が見たいのは桜だと思う」
中井淳「桜並木を大きく描いてある方が インパクトがあってウケるんじゃないかな」
福山琴音「そうですね、ありがとうございます」
そう言って福山は、
たんぽぽの絵を机の上からどけた。
〇美術室
結果発表当日──
中井淳「・・・えっと、次があるさ!」
福山琴音「別に落ち込んでません 水彩画、けっこう楽しかったし」
中井淳「そりゃ良かった じゃあまた早速なんだけど 次のコンクールを見つけてきた」
福山琴音「もう、気が早いですね これは・・・」
福山琴音「デジタルイラスト?」
中井から渡されたチラシを見て
福山はぽかんとする。
デジタルイラストなんて、全く挑戦したことがない。
中井淳「経験はないかもしれないけど きっとすぐに慣れるさ」
福山琴音「デジタルって楽しいですか?」
中井淳「ああ、楽しいよ 気軽に描けるから、俺は結構好きだな」
福山琴音「じゃあ、やる」
〇並木道
季節は夏になっていた。
〇美術室
福山琴音「ソフトもタブレットも貸してくれて ありがとうございます」
中井淳「全く福山は、人使いが荒いんだから」
福山琴音「顧問なんだから 生徒のために手を貸すのは当然でしょう?」
言いながら、福山は液晶タブレットにペンを走らせる。
福山琴音「油絵の質感も出せちゃうんだ・・・ なんか悔しい」
中井淳「まあまあ、 アナログでしか出せないものもあるさ。 あっでも・・・」
中井淳「デジタルであえて アナログっぽさを出した方が 審査員によりウケるかもしれないな」
福山琴音「・・・そうですね」
中井の方を見ず、作業を進める。
蝉がやかましく鳴いている──
〇並木道
──
〇事務所
パソコン画面に「コンテスト優秀賞」と
映っている。
中井は緊張した面持ちで、ひとつ深呼吸をした。
ゆっくりと画面を下にスクロールさせていく。
どんどん下へと進んでいくが
「福山琴音」の名前は見つからない。
「佳作」と書かれた部分に到達し
名前を探す。
中井淳「・・・」
〇広い廊下
中井淳「・・・あ 野球部のトロフィー・・・」
中井淳「・・・めでたいな」
〇美術室
「お待たせ」
福山琴音「先生」
中井淳「次は立体作品に挑戦してみない?」
しかし、福山はチラシを受け取らない。
福山琴音「私、立体なんてやったことない」
中井淳「何事も挑戦だよ!やってみよう」
福山琴音「でも」
中井淳「立体なら俺が教えられる 大学は立体造形専攻だったんだ」
福山琴音「えっそうなの? 楽しかった?」
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