読切(脚本)
〇駅前ロータリー
塾からの帰り道だった。
駅に向かって歩いていると、歩道橋の暗がりに、赤いランタンが揺らめいている。
辺りは、もうすっかり暗く、夜の九時を回っていた。
見ると、影におぼれたおぼろげな人が、簡素なテーブルを広げ、何かを売っているようだった。
ひらひらと枝葉のように小さく手を招くと、しわがれた声でこう告げた。
不思議な商品を売る人「お客様、どうですか・・・」
不思議な商品を売る人「こちらの、商品、クチつぐむん、と申します・・・」
テーブルには、白銀のくちびるに似た形状の物が、一つ置いてあった。
夜の闇から切り離されたように、つやつやと輝いていた。
僕「クチつぐむん?」
不思議な商品を売る人「さようでございます・・・」
不思議な商品を売る人「口うるさい、黙らせてやりたい人の口を、瞬時につぐむことができる、画期的な商品になっております・・・」
僕「ほう・・・」
不思議な商品を売る人「これを胸元に握り、念じるだけでございます・・・」
不思議な商品を売る人「一点物でございますゆえ、この機会を逃しませぬように・・・」
怪しすぎてめまいが起きる寸前だったが、だんだんとかっこよく見えてきた。
つぐむん、というネーミングのわりに、ちょっと愛嬌のなさが気になったが、
キャラクター性を排除した洗練された物、そう、するどさを感じた。
僕「いくらですか?」
不思議な商品を売る人「十円でございます・・・」
僕「やすっ」
これが十円なら買いだろう、と僕は思い、買うことに決めた。
それにこの機会を、逃してはならないような気がしたからだった。
僕「買います」
不思議な商品を売る人「お買い上げ、ありがとうございます・・・」
お金を払い、受け取ると、もっと太いタラコのような形をしており、思いのほか軽かった。
不思議な商品を売る人「ただし・・・」
僕「(ごくり)」
そのとき、
友達「何やってんの?」
いきなり肩を叩かれ、驚いて振り返ると、同じ塾に通う友達が立っていた。
驚いているうちに、店主は跡形もなく消えていたのである。
注意事項が続きそうな口ぶりを残して。──
友達「何やってんの?」
〇体育館の中
翌日、朝礼中の校長に試してみることにした。
ながながと喋っている。
校長「で、あるからして・・・」
体育館に整列した生徒の背中に隠れるように、僕は、こっそりと胸元にそれを握って、念じた。
手の中で、銀色の厚いくちびるが小刻みに開き、ぱくつくように動いたのが感触でわかった。
心臓が、ドクンとうごめいた気がした。
嫌な予感がした。
不思議な商品を売る人「ただし・・・」
頭の中に昨夜の店主があらわれ、こう続けた。
不思議な商品を売る人「心臓を動力にしておりますゆえ、心臓が消耗するのでございます・・・」
ひとたびそう考えると打ち払うことは困難だった。
ドラムロールのような不安に襲われた。
寿命が剥がれ落ちてしまった。
どれだけの代償を。
僕は。
払ってしまったのだろう。
そうした思いに取りつかれたのである。
心臓がずっとドキドキしており、校長の口がどうなったのかも確認できなかった。──
〇黒
僕は、学校から帰ると、それを机の引き出しの奥に仕舞った。
落ち着かないし、泣きそうだった。
かろうじて夜が明けて、何も知らない母親に叱咤激励(しったげきれい)されながら学校にいやいや行くと、
校長は、風邪で学校を休んでいるらしかった。
不思議な商品を売る人「ただし・・・」
不思議な商品を売る人「鼻詰まりの人には効かないのでございます・・・」
(了)
「ただし…」の後は絶対によからぬ言葉が続くものだという人間の思い込みを逆手にとった不思議系おもしろストーリーでした。この商品が普及したら世界中がし〜んとしそう。そして花粉症と風邪の季節だけワイワイガヤガヤしそう。
使ってみたくなる商品ではありますが、代償を払うことになるのなら……って感じですよね。そう思っていたところの脱力系のオチ、、楽しいです!
話の長い人に使ってみたい!
ただ…の部分に引っ掛かりを感じてしまい、使ってはいけないものかも?結末を見て安心しました。よく考えられてる商品です。