非モテ、怪人になる

椎名 富比路

読切(脚本)

非モテ、怪人になる

椎名 富比路

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〇病院の廊下
ケンタロー「こんな感じでお願いします」
  オレはクリニックで、理想の怪人像を告げて手術を待つ。
  好きな人に振られたのをきっかけに、オレは怪人への整形を決めた。
  デブでメガネの見た目なんてイヤだ。
  
  オレは、理想のボディを手に入れてやる。

〇渋谷駅前
  改造手術が一般的に普及して、どれくらい経っただろう。

〇配信部屋
  最初の肉体改造は、女性VTuberが始めた。
  「自分のアバターと同じ顔に整形した」ことから始まった、といわれている。
  「全身をエルフのようにした外国人」に、感銘を受けたらしい。
  彼女もあのエルフ外国人ように、現実に自身のアバターを誕生させようと考えた。
  身バレ防止のために、またバズるために。
  キツネ耳になった生身の人間を見て、ギャラリーはいたく興奮したそうだ。
  だが、そのVTuberは、自分の姿がアバターと同じになっただけでは飽き足らなかった。
  「設定上存在する能力まで再現」したのである。
  彼女が手からホンモノの火を放つと、サイトで高額の投げ銭が飛び交ったそうだ。
  もはや整形を越えて、「改造」と呼ばれるようになっていく。

〇渋谷の雑踏
  さらに、「元の姿に戻れる」技術まで発達した。
  
  人々は改造手術を行った後も、普段の生活も行える。
  「理想の自分になる」整形は、加速度を増していく。
  そのうち、自分で考えた設定の改造まで行うようになっていった。
  
  手からエフェクトを出したり、変形させたり。
  ――倫理問題などを、ドブに捨てて。

〇古い大学
  有識者や倫理問題を問う理想主義者たちは、彼らのような行いを「行き過ぎたルッキズム」、
  つまり見た目至上主義の行き過ぎた形だと指摘している。

〇古い大学
  いつしか人々は、彼らを「怪人(ヴィラン)」と呼んだ。

〇病院の廊下
  今や誰しも、美容院に行く感覚で身体を改造している。 
  
  改造手術は、局地を極めたと言っていい。
  「できましたよ」
   
  と、オレは起こされる。
  
  麻酔から醒めたのだ。
「いかがでしょう? 剣術タイプのボディをご所望とおっしゃっていたので」
スラッシュモンガー「いいですね! これでお願いします!」
「ありがとうございました」

〇病院の待合室
  クリニックの受付に、オレは代金を支払う。
  「整形ってお高いんでしょう?」と思うかもしれない。
  だが、猫目や犬耳などは安くて、二〇万程度で付けられる。
  さっき通り過ぎたロボット耳の女も、五〇万で会計を済ませていた。
  二〇〇万もあれば全身を改造して、それなりの怪人に大変身だ。
   
  車一台分程度の出費で。
  オレも金を貯めて、ようやく理想の身体を手に入れた。
  だが、この手術に裏があることを、このときのオレは知らなかったのである。

〇駅前ロータリー(駅名無し)
マユカ「助けて!」
  高架下を歩いていると、女性の悲鳴が。
  会社員風の女性が、怪人に追われていた。
  「あの、助けてください!」
ケンタロー「え、いや、その」
  オレの後ろに、女性は隠れてしまう。
  
  目の前に、凶悪なビジュアルの怪人が。

〇雨の歓楽街
  怪人になる手術で、問題視されていることがある。
  
  違法改造だ。

〇研究開発室
  改造を受けた人は、政府によってID登録されている。
  
  超人的な力を行使させないためだ。
  あくまでも怪人たちは、見た目だけを追求しているに過ぎない。
  だが、常人を越えようとする人も中にはいる。
  
  「姿も変わったのだから、人知を超えたスキルも使いこないしたい」と。
  そういうヤツらは、人間以上のパワーを以て行き過ぎた行動に向かう。
  
  あるいは、犯罪に走ってしまうのだ。
  変身を解除して、正体を隠せることをいいことに。
  ID登録されているので、素性はバレてしまうのだが。

〇駅前ロータリー(駅名無し)
ケンタロー「あの、オレ別に強くないですよ!」
  何度も弁解するが、女性は怯えていて話を聞くどころではない。
ケンタロー「とにかく下がって!」
  オレはどうにか、女性の壁になる。
  怪人は一言も話さない。不気味な相手だ。
   
  なんだコイツは? 快楽殺人者か?
ケンタロー「この!」
  まずは、手近な石を投げつける。
  怪人は武器状の腕で、石を軽々と弾き飛ばす。
  その後もオレは、何度も石を投げつけるが、胸部や頭部に当ててもびくともしない。
   
  かなり大きめの石を投げたんだが?
  「変身して!」
  女性が、オレにしがみつきながら叫ぶ。
ケンタロー「ちくしょう。やるしかないのか?」
  こっちだって、改造を受けたばかりだ。
  
  やってやろうじゃないか。
  意識を集中させ、腕を交差させた。
  オレの身体が、改造後の姿へと変わる。
スラッシュモンガー「ぐうううう」
  声帯まで変わっているのか、うめき声のような音が口から漏れた。
  思わず、背中の刀を抜いてしまう。
  これ、たしか模造刀だって聞いたが?
  こんなの振るっても、ガチの怪人相手ならポキっと折れてしまうのでは?
  しかも二刀流って、オレは剣術の知識なんてなにもないぞ。
  構うもんか。死んだらそれまでだ。
  相手だって、ビビって逃げ出すかもしれんし。
スラッシュモンガー「おおおお!」
  渾身の力を込めて、剣を振り下ろす。
  ズバッと、相手の胸部から血が吹き出した。
スラッシュモンガー「え、マジ!?」
  さっき石を投げても砕くようなボディが、模造刀ごときで切れたぞ。
  いや、この剣、ホンモノだ。質感がオモチャとは違う。
  
  オレは知らない間に、銃刀法違反をしていたのか!?
  相手も、腕を振ってオレに攻撃してきた。
  防御や回避なんて知識も、オレはロクに持っていない。
   
  敵の攻撃を、あっさり受け止める。
スラッシュモンガー「ぐほおお!」
  痛い。アバラが数本やられた。
  だが、痛みがさっと引いていく。
   
  
  アバラの骨折も、治ってきた。
  よく見ると、オレが相手に追わせた傷も、回復しているではないか。
  正当防衛、でいいよな?
スラッシュモンガー「くそ、やってやる!」
  警察が来るまで、食い止める!
スラッシュモンガー「ちぇえええ!」
  奇声を発しながら、オレは怪人に切りかかった。
  だが、またしたも怪人の腕が脇腹に襲いかかる。
  オレは、高速道路の支柱までふっとばされた。
  全身が痛い。このままでは、死んでしまう。
  
  ちくしょう、整形して秒で殺されるなんて。
  まだ、理想の自分にだってなれていないのに。
  『アップデート完了』
  いきなり、オレの脳内に声が響き渡る。
  頭がやけにスッキリして、次に何をすればいいかを瞬時に理解した。
  まるで戦闘マシーンにでもなったかのように、オレは相手怪人を翻弄する。
  武器腕の攻撃も、難なくさばいていった。
  まるで、自分以外の何者かがオレの身体を乗っ取って、戦っているみたいだ。
  気がつけば、例の武器腕怪人は息絶えていた。
  ・・・・・・オレが殺ったのか?
  そんな。オレが人殺しを。
  相手は明らかに、こちらへ殺意を向けていた。とはいえ。
  吐き気がこみ上げてくる。
  いつの間にか、オレは身体の自由を取り戻していた。
  支柱に手をついて、胃液を吐き出す。
マユカ「おめでとう。あなたもこれで怪人です」
  オレの横に立っていたのは、例の女性だった
  手に、スマホ風の端末を開いている。
  そういえば、この人、オレに「変身しろ」と指示を出していたな。
  ひょっとして、今の襲撃も・・・・・・。
  なんと、さっきすれ違ったロボ少女に、お姉さんが変身した。
  
  彼女も、怪人だったのか・・・・・・。
スラッシュモンガー「オレは、どうなるんです?」
ロボマユカ「怪人として、わが組織の兵隊として働いてもらいます」
  オレは政府公認の怪人となった。違法怪人を取り締まる仕事をすることになる。
  
  といっても。
スラッシュモンガー「そっかー。非モテは、怪人になっても非モテか」
  なんだか、拍子抜けてしまった。
  
  かっこいいところを見せられた、と思ったのだが。
ロボマユカ「ああ、いえ。その、さっきの怪人は本当に脱走した失敗作だったので、本当に助かったんですよ?」
スラッシュモンガー「お世辞は、やめてください。慰めなんて」
ロボマユカ「いいえ。あなたならできると思っていましたよ」
スラッシュモンガー「でも、それでオレを洗脳するつもりなんですよね!? わかってるんだ!」
ロボマユカ「ああ、これですか?」
  困惑しながら、女性が見せたのは、QRコードだった。
ロボマユカ「いえ、連絡先を交換していただきたいなって」
  怪人、やってもいいかも?

コメント

  • みんなが怪人に整形できる時代になったら、人としての倫理観や秩序を維持するのも大変なことがよく分かりました。結局、毒をもって毒を制す、怪人には怪人を、という流れになるんだなあ。変身前の姿も含めてマユカが気に入ってくれたらケンタローも本望ですね。

  • 非モテのせいなのか、ネガティブで後ろ向きな性格の主人公、その内面がキッチリ描かれていますね。その世界の設定も細やかで、楽しく読ませてもらいました。

  • 結局怪人に改造して、ちょっともてましたね! 彼の願いがほんの少しでもかなったこともよかったし、それまでのプロセス、又改造施術の傾向や背景も、明確な記述でとてもよく伝わりました。

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