境界線(ア・ライン)(脚本)
〇おしゃれな居間
電脳空間ノアを信用してはいけない。
現実世界での常識。信頼をおく装備。
入念な準備といったもの。
ノアで窮地に陥った時、そういったものは
まず”役に立たない”と思うべき。
ノアに潜る前から、その一点で
ふたりの意見は完全に一致していた。
明来(あくる)「となるとさ、 やっぱ一番のネックは通信手段だよな」
明来(あくる)「『欠陥』がある以上、オレは 何をするにしろ響のサポートを必要とする」
明来(あくる)「だから、響との連絡手段を断たれるのが なによりキツいんだよな」
響(きょう)「・・・・・・あまり、自分のことを 『欠陥』なんて言うものじゃないよ」
響(きょう)「苦手な事がある。その補填に私がいる。 それだけ。でしょう?」
響(きょう)「それはそれとして、通信手段の強化は賛成。 そうだな・・・・・・」
響(きょう)「情報を伝える形を複数用意する、って いうのはどうかな」
響(きょう)「たとえばランプの点滅や色を使う。 モールス暗号みたいに意味を決めておいて」
明来(あくる)「暗号かー。あんまり複雑なのとか 数が多すぎると覚えるのが面倒だからな」
明来(あくる)「まず優先すべきなのは────」
響(きょう)「いや、そう伝えたいならむしろ────」
明来(あくる)「待って。ならこういうのも────」
〇おしゃれな居間
響(きょう)「まさか、あの時用意した暗号が もう必要になるとは、ね」
手元には、カラフルに点滅する通信機。
明来からの合図だ。
響(きょう)(何かトラブルでもあったのか、 音声は全く流れてこない)
響(きょう)「イヤな予感ほどよく当たるって奴か。 それとも、」
響(きょう)「ふむ」
点灯したランプは
赤、黄、緑、緑、赤
その後、少し間を置いて
赤、緑、緑、黄、赤
響(きょう)(明来と取り決めた暗号。 中でも緊急性が高い組み合わせのひとつ)
響(きょう)(”音声通信不能”、”ノア内部に到着”、 そして”バグと接敵中”の3連組)
響(きょう)(意外だったのは、それらが ”全て逆さまに”送られてきたこと)
響(きょう)(そして、少し経ってから ”取り決め通りの”順番で送られてきた)
響(きょう)「主な可能性はふたつ」
響(きょう)「明来が意図的に2回送ったか、 自動的に繰り返されてしまったか」
響(きょう)「それを確かめるには・・・・・・」
本来なら、送るべき信号は
緑、緑、黄、赤、黄
意味は”了解”そして”ノア退去指令待機”
響(きょう)(まず取り決め通りに信号を送る。 緑、緑、黄、赤、黄)
響(きょう)(その後で、”逆から”もう一度。 黄、赤、黄、緑、緑)
響(きょう)(そして最後に、白色灯を2回点滅させる)
響(きょう)(これは本来”ふたつ目に賛成” という意味にしていた暗号)
響(きょう)(明来に2回信号を送った気がないなら 何のことか聞き返してくるだろうし)
響(きょう)(意図しての事なら、なんらかの 反応が────)
響(きょう)(・・・・・・ライト点滅2回! ビンゴ!!)
響(きょう)「と、いうことは・・・・・・」
〇サイバー空間
明来(あくる)「協力しよう、枝振手」
明来(あくる)「3人なら、このバグにだって対抗できる」
枝振手(えぶりで)「・・・・・・・・・・・・」
枝振手(えぶりで)「・・・・・・・・・・・・」
枝振手(えぶりで)「なに寝言を言っているんだ、お前は」
枝振手(えぶりで)「手を組む? 我々が? お前と!?」
枝振手(えぶりで)「まさか忘れたわけじゃないだろうな。 伊知賢。お前はアライメントじゃない」
枝振手(えぶりで)「不法侵入者だ! 我々が取り締まるべき対象だ」
枝振手(えぶりで)「そんな奴と協力するなんて不可能だ。 あり得ん!」
枝振手(えぶりで)「そうとも。今日こそはお前を捕まえる。 そして協会に突き出して────」
明来(あくる)「ったく、頭カチカチだな」
明来(あくる)「オレは”枝振手”に協力するって言っただけで」
明来(あくる)「国公に協力するなんて 一言も口にした覚えはないんだけど」
枝振手(えぶりで)「な、ぬ?」
明来(あくる)「大体お前、今ぼっちだろ。 部下はみんなログアウト中じゃん」
明来(あくる)「そんな状態じゃオレは捕まえられない。 あんたもよっく知ってるだろ?」
明来(あくる)「オレの空間データ処理速度は あんたの数倍は速い、ってさ」
枝振手(えぶりで)「そ、それは・・・・・・いやいやいや」
明来(あくる)「万全を期すために部下は下がらせた。 けど、このまま放置も避けたい」
明来(あくる)「時間をかけるほど、バグは 手に負えなくなる可能性があるから」
明来(あくる)「できることならこのまま、仲間が戻る前に 解決してしまえれば最高。だろ?」
明来(あくる)「これって結構、そっちにとっても 好条件だと思うんだけど」
枝振手(えぶりで)「む、むぐぐぐ」
枝振手(えぶりで)「・・・・・・いいだろう」
枝振手(えぶりで)「今回”だけ”は、お前の口車に乗ってやる」
枝振手(えぶりで)「国公のチームリーダーとして 社会益をとるのは当然のことだからな」
枝振手(えぶりで)「だが!あくまで!今回限り!だ!!」
枝振手(えぶりで)「いいな!?」
明来(あくる)「はいはい。 本ッ当に面倒くさいなお前」
枝振手(えぶりで)「誰のせいだ、誰の」
枝振手(えぶりで)「それで?」
枝振手(えぶりで)「お前の言う”秘策”ってなんだ。 どうやってこのバグを解消する」
明来(あくる)「なに、簡単な話さ」
明来(あくる)「この空間は、恐らくはバグの影響で 位置情報が”逆さま”になっている」
明来(あくる)「けど、視覚情報が全く役に立たない わけじゃない」
明来(あくる)「法則がある。”真逆”だっていう法則が。 それを利用する」
明来(あくる)「つまり『同時に2ヶ所』打つんだよ」
明来(あくる)「ひとりはこれまで通り、見えている バグを打つ。これで『軸』を固定する」
明来(あくる)「”逆”って概念は、基本となる軸が あってこそ成立するもんだからな」
明来(あくる)「で、もうひとりが同時に ”真逆の位置”にワクチンを打つ」
明来(あくる)「な。簡単だろ?」
枝振手(えぶりで)「なる、ほど。 論理としては筋が通っているか」
枝振手(えぶりで)「だが、危険な行為である事に 変わりはない」
枝振手(えぶりで)「相手はあのバグだ。今までの常識は 通じない可能性が高いぞ」
枝振手(えぶりで)「思わぬ反撃を受けるかもしれん。 いざとなればこちらは自力で脱出できるが」
枝振手(えぶりで)「お前はそうもいかんだろう伊知賢。 なにせお前は」
明来(あくる)「それも問題ない。 オレには他にも強力な協力者がいるんだ」
明来(あくる)「一言合図すりゃログアウトもすいすいさ」
枝振手(えぶりで)「確かに手際の良さはこの前 目にはしたが・・・・・・」
枝振手(えぶりで)「だが、外からログアウトさせるんだろう? ならお前の位置情報が必要になるはずだ」
枝振手(えぶりで)「その情報もおかしくなっていたら どうするんだ。どんなに優秀な奴でも」
枝振手(えぶりで)「いや優秀だからこそ、特殊な環境下では 失敗するかもしれん」
明来(あくる)「・・・・・・・・・・・・」
〇殺風景な部屋
???「人は失敗するものだ。 どんなに優秀であっても」
???「メカではないのだからね。いつか必ず どこかでしくじりを犯す」
???「もし本当にいつか、誰かを頼りにする 誰かの力を借りると言うのなら」
???「覚悟しておく方がいい、伊知賢訓練生」
???「君の信頼は必ず裏切られる、とね」
〇サイバー空間
枝振手(えぶりで)「伊知賢?」
枝振手(えぶりで)「おい、何ぼーっとしている。 気を抜くにはまだ早すぎるぞ」
明来(あくる)「えっ」
明来(あくる)「んあ、悪ぃ。なんでもない」
明来(あくる)「ちょっと、考え事していただけだ」
枝振手(えぶりで)「本当に大丈夫か。 これから作戦実行なんだぞ」
明来(あくる)「へーきへーき。オレを誰だと思ってんだ」
明来(あくる)「特級アライメントの伊知賢 明来だぜ」
枝振手(えぶりで)「元、だけどな」
明来(あくる)「言い出しっぺはオレだから、オレが ”逆側”を担当するよ」
明来(あくる)「枝振手はさっきまでと同じように 目の前のバグを狙ってくれさえすればいい」
明来(あくる)「今度はオレがいるんだから ブルブル震えたりなんてしないだろ?」
枝振手(えぶりで)「は、ほざけ。元々お前なんかいなくとも」
枝振手(えぶりで)「バグなんぞ相手に怯える自分じゃあない。 あれは武者震いだ」
背中合わせに立ち、ワクチンを手に構える。
繋いだコードを通して、互いの
『視て』いる情報が流れ込んでくる。
バグは相変わらず、ハッキリとそこにあって
まるで誘われてでもいるような気がした。
枝振手(えぶりで)「? なに腕振り回しているんだ」
枝振手(えぶりで)「ワクチンが目詰まりでも起こしたか? いや、起こすわけがないが」
明来(あくる)「別に。ただの準備運動」
明来(あくる)「ワクチン打つ前はいつもこうしてんだよ 知らなかった?」
枝振手(えぶりで)「ふう、ん?」
明来(あくる)「っし、こんだけすりゃいいだろ」
明来(あくる)「じゃあ3数えていくぞ」
明来(あくる)「いち」
枝振手(えぶりで)「に、の」
「さんッ!!」
ふたり同時に腕を振り下ろす。
鏡のようにそっくりに、けど全くの真逆に
確かな手応えが、あった。
枝振手(えぶりで)(今だ!!)
枝振手(えぶりで)(ワクチンを射し込んだこの瞬間 伊知賢は最も無防備になる)
枝振手(えぶりで)(いくら奴の相方が優秀でも この瞬間は手出しできるはずがない)
枝振手(えぶりで)(つまり 伊知賢を捕まえるには今がベスト!)
枝振手(えぶりで)(やれるか────伊知賢が気づくより、 何よりバグよりも早く!)
枝振手(えぶりで)(私がふたり分の情報処理をして 伊知賢もろともノアからログアウトする)
枝振手(えぶりで)(そうすれば────!!)
枝振手(えぶりで)「ッ!?」
枝振手(えぶりで)「バカなッ、存在データが既に──── 伊知賢!」
明来(あくる)「おっと、その顔は何か企んでいたな枝振手」
明来(あくる)「けど悪ぃな。 今回もオレ達の方が一枚上手だった」
明来(あくる)「お先にログアウトするよ。 後始末はよろしく、な!」
枝振手(えぶりで)「あ、くそっ」
枝振手(えぶりで)「待て!待たんかッ!!」
枝振手(えぶりで)「バグが、解消されていく」
枝振手(えぶりで)「あいつの読み通りだった、か 今回も・・・・・・」
〇数字
明来(あくる)(ああオレ今、すごいドキドキしてる)
明来(あくる)(大丈夫。今のところ、オレの存在は ちゃんと実証されている)
明来(あくる)(響がオレを認識してくれている)
明来(あくる)(だから、オレも────)
読み換えられていく自分を感じながら
バグの方へと目一杯”腕”を伸ばす
明来(あくる)「栫!栫!いるなら答えてくれ、栫!!」
明来(あくる)「オレには君が必要なんだ、頼む 答えて────!」
彼女の気配はどこにもない。
今回もハズレか。そう思った
その時だった。
???「『あれ』を探しているの?本当に?」
明来(あくる)(な、に・・・・・・?)
???「でも、戻ったら『また』捨てられちゃうよ?」
???「現実社会の生物は誰も信用できない。 それよりも、」
???「あなたがこっちに来てよ────明来」
明来(あくる)(・・・・・・・・・・・・?)
明来(あくる)(今のは・・・・・・なんだ?)
分からない。
でも今、確かに『何か』がいた。
どんどん遠くなっていく。
どんどんおぼろげになっていく。
〇白
そしてそのまま、オレは意識を手放した。
予め信号を決めておいたのが功を奏しましたね。
最後に聞こえてきた声は果たして彼女なのか?
続き待ってます。
モールス信号を事前に自作していたとは、抜かり無い用意周到さに拍手喝采です!
枝振手も頑固ではあれど、なんだかんだで協力してくれるし、今回も見事なコンビネーションでバグを退治!
帰還中に謎の声。その内容にゾッとしました……!
あの声は栫なのかそれとも……😱
続きを待ってます!