5.入りにし人のあと(脚本)
〇綺麗なリビング
母、吉野静のことについて。
〇住宅街
郊外の、もう少し行けば野山の広がるあたりの病院で生まれた。実家は裕福だったらしい。
家族構成は父母と兄で、就職を機に一人暮らしを始めた。
親戚づきあいはほとんど無かったので、母方の親族に会うのは初めてだった。無論、父の方の親族の記憶も無い。
〇車内
伯父「しかし背、随分伸びたな」
伯父「あの男に似て」
母が実家に帰りたがらなかったのは、家族との不和が原因だ。
正確には、不和の原因となったのは父で、会社を設立すると言って方々に無心を繰り返し、挙げ句雲隠れしてしまったらしい。
伯父「父親の顔をろくに見たこともないんだろう」
伯父「終わった話だから、別にもういいんだ。静も帰ってくれば良かったのに」
それでそれはどうすることになったんだ、と骨壺とは別に膝に乗せた包みを見ながら伯父が言った。
伯父「まさか一緒の墓に入れるわけにも行かないだろう」
〇黒
もう一人の死者、帽子の女こと和泉志津香についてはあまりにも情報が少ない。
生まれは母より少し先で、生まれは西の方らしかった。各地を転々としていたらしい。
知り合いも少なく、父母も共に他界していた。兄弟や親族の有無は不明だ。
勤務先を退勤する姿を同僚が見たのが最後で、その日から無断勤務が生じ、書面での解雇となった。
母のように、同僚が見に来たのかは知らない。
誰も彼女のことを知らない。
〇車内
光「引き取る人がいなかったそうなので」
伯父「放っておけば無縁仏でどっかに祀られたんだろうが」
供養はいるだろうなと伯父が呟いた。
伯父「静が殺したんだろう」
伯父「しかし何の因果で・・・」
言いかけたところで目的地に着いたので、伯父が無言になる。
〇霊園の入口
光「おじさん、それは」
これかといつの間にか持っていた女物の帽子を自分の頭の上に載せてから、流石に似合わないなと叔父が笑った。
伯父「静の足下にあったそうだから、気に入っていたんだろうと思ってな」
光「それ、おばさんの・・・」
伯父「おばさん?」
伯父「しかしこういう帽子、静の趣味じゃなかった筈なんだが」
骨壺の上に伯父が帽子を載せながら、叔父が行こうかと言って歩き始めた。
伯父「光君、花と線香を頼んだ」
山際にある霊園の道は、穏やかな風が吹いている。
〇墓石
真新しい墓の前では蝶々が二羽、絡まる様に飛んでいた。
その間を割るように骨壺と帽子を持った叔父が進む。
更に遅れて菩提寺の僧が雪駄を引きずりながら現れた。軽く会釈して道を空ける。
そのまま読経を始めた。帽子は骨壺にかかったままだ。
光(帽子、あのままで良かったのかな)
そう思いながら薄目を開けると、あいかわらず蝶々が飛んでいた。
ひときわ強く風が吹いた。
光「帽子が──」
声をよそに誦経が続く。
風に煽られた帽子は見る間に宙に巻き上げられて、緑の山の中に消えていった。
最前飛んでいた二羽の蝶もどこにも見えない。
伯父「持っていったか。お気に入りなんだろう」
そう言うと叔父は再び目を閉じた。
瞼の裏の闇に誦経の声が広がっていった。
完結おつかれさまでした。
静さんから見た志津香さんの狂気、光くんから見た静さんの狂気と、2人のシヅカさんの狂気が通底した物語に取り込まれました。
志津香さんの前日譚も気になります!