1.周仁浩太郎の報われない物語(脚本)
〇ヨーロッパの街並み
ここは物語の国。
この国は、我々の現実世界から遠く遥かに離れた場所にある。
そして、この国の王様、物語王は古今の様々な物語を創ってきた。
今日、我々が目にする物語のいくつかはこの物語王によって創られた物語かもしれない。
ここに一人の主人公、アルシェスという者がいた。
彼は、物語王によって創られた物語の主人公と呼ばれる存在であった。
いや、その呼び方は正しくはないかもしれない。
彼は主人公とは言っても、まだ自分の物語を持っておらず、いわば、主人公の卵という存在であった。
アルシェス「はあ~。僕の物語はまだ始まらないのかなあ」
アルシェス「王様から、学園超能力バトルものにするからって言われて、こんな学生服を着させられているけど・・・」
アルシェス「ここの中世ヨーロッパの街並みと全く合ってないないけど大丈夫かなあ・・・」
アルシェス「でも、ともかく、今は王様から言われた主人公としての心得を身に付けないとっ!」
主人公(仮)のアルシェスは、この街で他の主人公と出会って、主人公としての心得を学ぶことを目的としていたのだ。
アルシェス「ん?誰だろう?主人公さんかな?」
アルシェス(よ、ヨシッ。ここはひとつ、主人公としての心得を学ぶ為に声をかけてみようっ!)
アルシェス「こ、こんにちは。しゅ、主人公さんですか?」
周仁浩太郎「お、おう。良く分かったな。俺は周仁浩太郎。とある物語の主人公をやっている」
アルシェス「おぉ。名前も何か主人公的な感じがするね」
アルシェス「僕の名前はアルシェス=キャット。主人公ですが、まだ物語は無いんです。ちなみに浩太郎さんは何でここに来たんですか?」
補足しておくと、ここ物語の街は、中立の世界であり、各物語とは干渉しない世界である。
ここに来るものは、物語王が書いた物語の主人公であったり、登場人物であったりする。
互いに話し合ったりも出来るが、相手を傷つけたりとか過度な干渉は与えてはいけないという不文律によって守られている。
登場人物たちは、物語の息抜きだったりとか、意見交換の為にこの街に出向いていたのであった。
周仁浩太郎「う~ん・・・」
アルシェス「い、いや、良いんですよ。言いたくなければ言わなくても」
周仁浩太郎「いや。敢えて言わしてもらおう。その方が俺も覚悟が出来るというものだ」
周仁浩太郎「実はな、俺は今、物語の途中で抜け出してきたんだ」
アルシェス「え。何でそんな事を・・・?」
周仁浩太郎「まあ、聞いてくれ」
周仁浩太郎「俺の物語は、いま流行りの王道の異世界転生ものだ。始まり方もトラックに轢かれて俺の物語は始まった」
周仁浩太郎「最初はびっくりしたが、これは異世界転生ものだと分かって、ワクワクしたよ」
周仁浩太郎「だって、大抵はチート能力が与えられて、可愛いヒロインたちに囲まれて、無双するんじゃないか」
アルシェス「そ、そうなんだ」
周仁浩太郎「当然、俺の物語もそうなると思った・・・」
周仁浩太郎「だが、転生した先では、まずはチート能力なんてものは与えられなかった。身体的能力も前世のままだ」
アルシェス「でも、記憶はあったんでしょう?現代の知識を使って無双することも出来たんじゃないですか?そういうのあるって聞いたことあるし」
周仁浩太郎「確かに俺が転生した先はファンタジー世界であり、文明も俺が居た世界よりは古かった」
周仁浩太郎「だが、物語の公平性?というのか、俺を転生させた奴によって、俺の人格に関する記憶以外は消されたんだ」
周仁浩太郎「だから、あっちの世界では知識はむしろ幼児ばりで、右も左も分からなかったよ」
アルシェス「うわ。徹底してるね・・・」
周仁浩太郎「俺はそれでも異世界転生したんだから、きっと輝かしい未来が待っていると信じて、頑張ったよ」
周仁浩太郎「まずは、俺は冒険者になることにした。ギルドに登録し、ひ弱ながらも戦士を名乗り、レベル1からコツコツと頑張ることにしたんだ」
アルシェス「冒険者ってカッコよくて良いじゃん!モンスターを倒したりするんだよね?」
周仁浩太郎「だが、俺は戦闘には向かなかったよ。かと言って、魔法の才能もない」
周仁浩太郎「あまりの使えなさに冒険者パーティーを追い出されて、日雇いの奴隷みたいな職業に就くことになったんだ」
アルシェス「確かにそれだと異世界に来た意味がないよね。現実よりも過酷な環境の分、より大変なだけだよね・・・」
アルシェス「でも、最近の物語では、パーティーを追い出されても、実は別の能力があって、それで成長して、」
アルシェス「かつての仲間達に後悔されるほどの存在になるってやつもあると聞いたよ。あなたの物語はそうなんじゃないの?」
周仁浩太郎「残念ながら、俺のスペック上も性格上もそういう感じじゃ無さそうなんだ」
周仁浩太郎「俺は日々の生活に鬱憤が溜まっていた。俺の物語はこれで良いのかと」
周仁浩太郎「俺の物語を創ったやつに一言いいたい。何で俺だけこんな過酷なんだと・・・」
周仁浩太郎「そう思っていたら、一つの扉が突然、目の前に現れた。吸い込まれるように、その扉を抜けると、この街に辿り着いたってわけだ」
周仁浩太郎「聞けば、ここは物語の街ということじゃないか。俺達の物語を創った奴がこの街にいるらしいじゃないか」
周仁浩太郎「俺はそいつに文句を言いたい。そして、せめて何かの能力や仲間を与えてほしいんだ」
アルシェス「うーん。それは難しいかも・・・」
周仁浩太郎「え、なぜだ?」
アルシェス「僕らすべての物語は、この街を治める物語王が創ってるんだけど、物語王は一度、創られた物語は絶対に変えないって言われてるんだ」
周仁浩太郎「そ、そうなのか・・・」
アルシェス「ご、ごめんね。期待をくじくようなことを言ってしまって・・・」
周仁浩太郎「い、いや、良いんだ。どうせ、いつか分かることだった」
周仁浩太郎「俺はこの街で他の主人公達に愚痴でも聞いてもらうことにするよ」
アルシェス「そ、そうだね。それも良いかもね」
そう言うと、浩太郎は肩を落とし、しょぼしょぼと通りを歩いて行った。
アルシェス「可哀そうな人だな・・・。あの人の物語の先に希望が待っていると良いんだけど」
アルシェス「いろんな主人公さんがいるんだな。でも、自分が望んだ物語の主人公になれるとは限らないんだな・・・」
〇ヨーロッパの街並み
周仁浩太郎は、アルシェスと別れ、一人でとぼとぼと街中を歩いていた。
周仁浩太郎「はあ~、やはり、俺の物語はずっとあのままなのか。そもそも、あんな過酷な物語なんて誰も興味ないんじゃないか・・・」
周仁浩太郎「きっと、誰にも俺の物語なんて読まれることなく、ひっそりと消えていくんだ、俺は・・・」
アーカイバ「どうしました、青年。浮かない顔をしていますね」
突然、浩太郎の目の前に貴人らしき人が居て、浩太郎は話しかけられた。
周仁浩太郎「あ、ああ・・・、俺は主人公で、この街に・・・」
アーカイバ「ふふふ、知っていますよ。君は周仁浩太郎で、物語の主人公なのでしょう?」
周仁浩太郎「何で俺の名前を・・・?あなたも何かの物語の主人公なのですか?」
アーカイバ「主人公なんて大それた存在ではないよ。私の名前はアーカイバ。一介の登場人物のようなものです」
アーカイバ「だから、私は君達、主人公に最大限の敬意を払いたい。常にそう願っております」
周仁浩太郎(凄い人だな。こんな貴族みたいな人でも、俺みたいな貧相な主人公にこんな風に接してくれるなんて・・・)
アーカイバ「ところで、君の物語を聞かせてくれませんか?私は主人公達の物語を聞くのが大好きなのです」
周仁浩太郎「え、ああ。でも俺の物語なんて、つまらないですよ」
アーカイバ「良いのです。どんな物語にもそれだけの価値があるものです」
周仁浩太郎「そ、そうなんですね。じゃあ・・・」
そう言って、浩太郎は先ほどアルシェスに話したのと同じ話をした。
アーカイバ「なるほど、それは大変な物語ですね・・・」
周仁浩太郎「そうなんです。これから何も進展が起こらなそうで・・・」
アーカイバ「そうだ。あなたは自分の物語がこんな風に変わればいいのに、という願望を持っていませんか?」
周仁浩太郎「それはもちろんっ!俺の物語はもっと素晴らしいものになったらと思います。その為にここに来たんですからっ」
アーカイバ「その為に来た?」
周仁浩太郎「あ、いや・・・。物語王に俺の物語を変えてもらおうと思ったんですが、無理なんですよね・・・?」
アーカイバ「そうですね、物語王は一度、創り上げた物語は決して変えない」
周仁浩太郎「やっぱり・・・」
アーカイバ「しかし、物語王は変えない、です」
周仁浩太郎「え、それってどういうことですか?」
アーカイバ「あなたがご自分で物語を変えれば良いのです。より素晴らしい物語へね」
周仁浩太郎「そ、そんな事が出来るんですかっ?」
アーカイバ「もちろん、ただの主人公ならそんな事はできない。しかし・・・」
男は一冊の本を取り出した。
周仁浩太郎「それは・・・?」
アーカイバ「物語が書かれた本です、あなたのね」
周仁浩太郎「え、そんなものが何でここに?」
アーカイバ「それは話せば長くなるのですが、とりあえず、ここにあなたの物語があるのです」
アーカイバ「と言うことは、あなたはこれを自分の望む姿に書き換えることが出来るのです」
周仁浩太郎「そ、そんな事をして良いのか?物語王はそんなことを許してくれるのか?」
アーカイバ「はぁ。あなたは望まぬ物語を、物語王に強いられているのですよ?彼の承認がなぜ必要なのですか?」
周仁浩太郎「で、でも・・・」
アーカイバ「もちろん、あなたが気に病むならこの本は無かったことにします、しかし・・・」
アーカイバ「ご自分の物語はご自分で決める。一人の人間であるのにこんな当たり前のことが出来ないということは間違っていないのでしょうか?」
周仁浩太郎「・・・」
アーカイバ「分かりました、では、この本は・・・」
周仁浩太郎「ま、待ってくれ!」
周仁浩太郎「その本を俺に書き換えさせてくれ!俺は自分の物語、いや人生を変えたいんだっ!」
アーカイバ「・・・フッ。分かりました」
アーカイバ「では、これを」
浩太郎は、男から本を受け取った。そのずしりと重い感覚が浩太郎の腕にかかった。
周仁浩太郎「こ、これが俺の物語・・・」
アーカイバ「あとは、あなたの好きに使えばいい」
周仁浩太郎「え。でも、あなたはいったい・・・?」
アーカイバ「良いのですよ、そんなことはどうでも・・・」
男は消えたかのようにその場から、スッといなくなってしまった。浩太郎の手にはその本だけが残された。
周仁浩太郎「俺が、俺がこの本を書き換えれば、物語が変わる・・・!」
浩太郎は本をまじまじと見て、不安と期待に心を滲ませながら、その場を去った。
主人公の卵を相手に愚痴る主人公という、シュールな世界観に度肝を抜かれました。現実社会の私たちも「物語王」のシナリオを「運命」とか呼んで仕方なく従ってしまいがちだけれど、納得できないシナリオに甘んじている場合ではないですね。読者としてもアーカイバに教えてもらったような気がするなあ。
3人のそれぞれ違う立場にある登場人物がおりなす会話から、自分の人生への道標になりそうな言葉がありました。年の離れた友人がよく、私達は巻物のようなものを携えてこの世にオギャーと生を受けるといっていたのを思いだしました。それでも、そのシナリオをどのように自分好みに変えていくかですね。次回をとても楽しみにしています。
読んだことないような物語で、興味深く読ませていただきました。物語王の作ったお話の中の世界。本を渡した人、渡された人。どう使っていくのか気になります。