読切(脚本)
〇川沿いの公園
雨が降りしきる夜半すぎ
ビルの谷間の裏路地を
オレは走り抜けた
〇ビルの裏通り
力尽き
倒れ込むように両手をつくと
水たまりに両膝が突っ込んだ
ハルキ「はぁ はぁ」
ハルキ「なんだ? ここは」
〇森の中
ハルキ「公園か?」
ハルキ「いや 森?」
ビル街に似つかわしくない森の奥に
建物が見えた
〇立派な洋館
入り口には場末のスナックのような
光る立て看板がある
レストラン百魔殿
ハルキ「・・・」
〇大広間
〇大広間
召使い サキ「いらっしゃいませ ご予約ですか?」
ハルキ「いや」
召使い サキ「ハルキ様ですね?」
ハルキ「は? はい」
召使い サキ「お待ちしておりました こちらのお席へどうぞ すぐに閣下をお呼びします」
ハルキ(閣下? どうしてオレの名前を?)
ハルキ(偶然、同じ名前のヤツが 予約を入れてたのか?)
閣下?「おぉっ 待っておったぞ! びしょ濡れではないか!」
ハルキ「な、何だコイツ!?」
召使い サキ「魔界将軍 バールゼブル閣下です 粗相のないように!」
ハルキ「閣下? コスプレ?」
召使い サキ「ゴホンっ!」
魔将 バールゼブル「ははは よいのだ 体を拭くものと 温かい飲み物を持ってまいれ!」
召使い サキ「承知しました」
ハルキ「あの」
魔将 バールゼブル「座れ また会えてうれしいぞ」
魔将 バールゼブル「おどろいたか? レストランを始めたのだ」
魔将 バールゼブル「あの日、キサマに会って ひらめいたのだぞ?」
ハルキ(何の話だ?)
ハルキ(オレを別の誰かと勘違いしてる?)
召使い サキ「タオルをどうぞ」
召使い サキ「お飲み物は少々お待ちください」
魔将 バールゼブル「飲み物は待てだと? 雨に濡れ、体が冷えておるのだ! 急げ!」
召使い サキ「承知しました」
タオルは大きく、ふかふかで
魔法のように水を吸った
頭を拭くと濡れた髪は乾き
服の表面をこすると裏地の水分まで
吸い取った
魔将 バールゼブル「またここに来るとは 今度は何から逃げておるのだ?」
ハルキ「にげっ? 逃げてなんて」
魔将 バールゼブル「どんな悪行をしでかした?」
ハルキ「悪行? 悪いことなんてしませんよ」
魔将 バールゼブル「いやいや謙遜するな 調べればすぐに分かる」
魔将 バールゼブル「サキ! 台帳を!」
召使い サキ「はっ 承知しました」
渡された分厚い本を
閣下はぺらぺらとめくった
魔将 バールゼブル「ほう」
魔将 バールゼブル「ジジババを相手に 金を巻き上げていたのか 『振り込め詐欺』とやらだな」
ハルキ「え? どうして いや、違うんです!」
ハルキ「オレは大したことしてなくて 言われた通りに動いて 金を受け取っただけで」
魔将 バールゼブル「『受け子』とやらであろう? いやいや、立派なものだぞ?」
ハルキ「立派だなんて そんな」
魔将 バールゼブル「キサマは 小さな歯車に過ぎなかったかもしれぬ」
魔将 バールゼブル「しかし、その歯車がなければ 悪行は働かないのだ」
ハルキ「いや、オレは ホントに下っ端で」
魔将 バールゼブル「自信を持て! キサマはよくやっておる 素晴らしい悪人だ」
ハルキ「素晴らしい? そうですか? へへっ」
魔将 バールゼブル「きっと その悪行によってジジババどもは 短い残りの人生を末長く 苦しんだことだろう」
ハルキ「え? ああ そ、そうか・・・そうですね」
魔将 バールゼブル「泣き暮らす貧しい老人どもめ がはは! 考えただけで胸がすくではないか!」
ハルキ「はぁ そう・・・ですか?」
魔将 バールゼブル「しかし、なぜ逃げることに?」
ハルキ「それが 事務所に警察が踏み込んできて」
魔将 バールゼブル「何? 戦ったのか? 目にもの見せてやったか?」
ハルキ「いや、もう全然 偉いヤツらは気づいてたみたいで 朝から誰も来てないんです おかしいなって思ったら警官が来て」
ハルキ「下っ端のオレたちだけが」
魔将 バールゼブル「トカゲの尻尾きりか それで警察に追われておるのか?」
ハルキ「いや、その場は乱闘騒ぎになって その隙に上手く逃げたんですけど」
魔将 バールゼブル「ほう! なかなかやるな」
ハルキ「でも 金もなけりゃ、当てもなく どうしようもなくて 山手線に乗ってぐるぐる回ってました」
魔将 バールゼブル「そうか まぁ気を落とすな 今は少し運が向いていないだけだ」
魔将 バールゼブル「キサマはいずれ、世界が震撼するような 名高き悪人になるであろう 我輩が保証しよう!」
ハルキ「ええ? えっと どうも、ありがとうございます?」
召使い サキ「お飲み物をお持ちしました」
魔将 バールゼブル「今、大事な話をしておるところだ!」
召使い サキ「急げとのことでしたので」
ハルキ「いい匂いですね」
召使い サキ「オニオングラタンスープです 確か、お好きだったかと」
ハルキ「いや、食ったこともないですけど 美味そうですね」
魔将 バールゼブル「まぁよい 腹が減っているのであろう? 遠慮せず味わうがいい」
ハルキ「は、はい」
空っぽの胃袋にタマネギの甘さと
チーズの旨味が染みた
ハルキ(美味い 温かくて 懐かしいような)
魔将 バールゼブル「しかし、上手く逃げおおせたのに なぜ、追われておるのだ?」
ハルキ「え?」
召使い サキ「更なる悪行をしでかしたのでは?」
魔将 バールゼブル「そうなのか?」
ハルキ「いや その」
魔将 バールゼブル「さすが悪人だ、素晴らしい! 話せ」
ハルキ「いや 隣りに座った男がうるさくて」
魔将 バールゼブル「男?」
召使い サキ「山手線の話の続きでしょうか?」
ハルキ「もう、線路に飛び込んだ方が マシだと思って 駅で降りたんです」
ハルキ「でも踏ん切りがつかなくて ベンチに座ってたら 隣りの男がずっと スマホでしゃべってて」
ハルキ「せめて、はしっこに寄って 小声でしゃべれって」
魔将 バールゼブル「なるほど! その気に入らない男を 線路に突き飛ばしたのだな?」
召使い サキ「閣下、話の途中です お静かに」
魔将 バールゼブル「うん? うむ」
ハルキ「その男はしゃべりながら 電車に乗って」
ハルキ「マナーの悪いヤツ 天罰が落ちろって思ってたら 男がいた席にカバンがあって」
魔将 バールゼブル「なんだ、置き引きか 少々スケールは小さいが まぁ、小さな悪行からコツコツと」
召使い サキ「閣下!」
ハルキ「さり気なく、そのカバンを持って 階段を昇ったんです」
〇マンションの共用階段
ハルキ(はは! 天罰だ! アイツ、カバンを忘れて行った!)
駅員「お客さん! それ、忘れ物でしょう?」
ハルキ「え?」
駅員「それ さっきの人のカバンでしょう?」
ハルキ「うるせぇな! オレのカバンだ!」
駅員「ちょっと待ちなさい! 警察を呼びますよ!?」
駅員がオレの肩に手を置いた
反射的に払い除けた
『ゴン』という大きな音と
通行人たちのどよめきが聞こえたが、
振り向かずに階段を駆け昇った
〇大広間
魔将 バールゼブル「よくやった! それでこそ吾輩が見込んだ男だ!」
魔将 バールゼブル「暴力をためらうようでは 一人前の悪人とは言えぬからなっ! 戦利品はどうであった?」
ハルキ「カバンには大したもの入ってなくて」
魔将 バールゼブル「そうか、残念だったな しかし、大きな悪を成してこそ 大きな利益を得られるものだ」
魔将 バールゼブル「次は、銀行強盗でもやってみるか?」
ハルキ「でも 大変なことになってしまって」
召使い サキ「閣下、このニュースでは?」
差し出されたスマホの画面に
『突き飛ばされた駅員が意識不明の重体』
とある
魔将 バールゼブル「意識不明の重体だと!? 何ということだ!」
ハルキ「そう オレはとんでもないことを」
魔将 バールゼブル「まったくだ 殺しそこねてしまうとは」
ハルキ「え?」
魔将 バールゼブル「死ななかったのは残念だが しかし、過ぎたことは仕方あるまい あまり気にするな」
魔将 バールゼブル「きっと、次は殺すことができる!」
ハルキ「いや、あの、それが」
ハルキ「話しながら考えてたんですけど」
ハルキ「自首しようかなって」
魔将 バールゼブル「・・・」
魔将 バールゼブル「なぁにぃー!? 突然、何を言い出すのだ! 自暴自棄になるな まだ逃げ始めたばかりではないか」
魔将 バールゼブル「自首などというバカな考えは捨てろ 人生に希望を持て!」
ハルキ「オレも最初はそう思ってたんですけど このスープを飲んでたら」
オレの目に
みるみる涙が溜まって行った
魔将 バールゼブル「これこれ、どうした? 悪人はスープくらいで泣くものではないぞ」
召使い サキ「思い出したのではありませんか?」
魔将 バールゼブル「思い出しただと? この森の記憶を持ち帰ることは できないはずだ」
召使い サキ「しかし、心の奥底には 閣下の薫陶が残り続けます だからこそ、 閣下もお話しするのでしょう?」
涙と鼻水が
ボロボロと流れ落ちるが
スプーンは止まらずに
スープを運んだ
あの時と一緒だ
〇森の中
小学4年生くらいだったのだろうか?
オレはこの森に迷い込んでいた
〇立派な洋館
今日と同じ、雨の夜だった
〇大広間
魔将 バールゼブル「悪人はスープくらいで泣くものではないぞ これ、かき込むでない」
魔将 バールゼブル「それにしても 友人の金を盗み、教師をだまし、 告げ口したヤツをぶん殴る」
魔将 バールゼブル「さんざん説教された挙げ句 家出をして、この森へ迷い込むとは 素晴らしい悪童ではないか」
召使い サキ「悪人でなければ この森に入ることはできませんからね」
ハルキ「ボク こんなにほめられたの初めてです」
魔将 バールゼブル「はっはっ! 我輩はキサマのような 将来性のある悪童が大好きなのだ」
ハルキ「あくどうって?」
魔将 バールゼブル「悪ガキという意味だ」
ハルキ「ボク 悪いことなんてしてませんっ!」
魔将 バールゼブル「そうだ! 悪人はそうでなければいかん 反省などしてはいかんぞ?」
ハルキ「そうじゃなくて ちゃんと理由があるんです」
魔将 バールゼブル「理由など気にするな そんなものは言い訳だ とにかく悪の道に一歩を踏み出すことが 肝要だ」
ハルキ「かんよう?」
魔将 バールゼブル「ん? まぁ、ほめられたと思っておればよい さて短い時間であったが 楽しい時間であった」
魔将 バールゼブル「もしも、意志がゆらぎ 善の道に迷い込もうとすることがあれば またこの館に来るがよい」
魔将 バールゼブル「我輩が話を聞き、 力付けてやると約束しよう」
そして
閣下の大きな手がオレの頭を
くしゃくしゃとなでた
気がつくと、小学生のオレは
近所の神社の軒下で、
雨上がりに昇る朝日を眺めていた
〇大広間
魔将 バールゼブル「自首などとバカな考えは捨てろ」
魔将 バールゼブル「オマエは何度も善に踏み出しながら、 いつも悪の道へと戻ってきてくれた 我輩はうれしく思っておるのだ」
ハルキ「もう悪いことはしないって 決めるのに 言い訳して、理由をつけて 結局、戻ってきてしまうんです」
魔将 バールゼブル「それは オマエが悪に惹かれているだからだ そうだ、忘れ物を返そう アレを持て!」
召使い サキ「はっ、ここに」
それは古びた児童書だった
ヒーロー番組に登場する怪人を紹介した
よくある「怪人大百科」だ
表紙にはおどろおどろしい文字で
『~オール怪人図鑑~ 百魔殿』
と書いてある
魔将 バールゼブル「オマエの忘れ物だ なかなか興味深い本であった オマエは昔から悪に惹かれておったのだ」
ハルキ「おじいちゃんに買ってもらった本だ」
魔将 バールゼブル「何?」
ハルキ「なくしたと思ってた」
魔将 バールゼブル「祖父もきっと 悪の道を貫いてほしいという 深い思いから」
ハルキ「今度こそ、 もう悪いことはしません」
魔将 バールゼブル「そうか・・・仕方あるまい」
召使い サキ「閣下の薫陶は、どうも逆効果に なりがちですね」
魔将 バールゼブル「オホン! 何度でも善に踏み出すがいい 必ず悪の道へ戻ってきてくれると 信じておるぞ」
魔将 バールゼブル「もしも、意志がゆらぎ、 善の道に迷い込もうとすることがあれば またこの館に来るがよい」
魔将 バールゼブル「我輩が話を聞き、 力付けてやると約束しよう」
ハルキ「ありがとうございます オレ また閣下に会えてうれしいです」
閣下がその手をオレに伸ばすと
漆黒の闇がオレの体を包み込んだ
〇ビルの裏通り
気がつくと
オレは裏路地のビルの軒下で、
雨上がりに昇る朝日を眺めていた
手には一冊の本が握られている
おじいちゃんが買ってくれた本で、
昔から肌身はなさず持っていた
ハルキ「どんな じいちゃんだっけ? ・・・あんまり覚えてねぇな たしか」
ハルキ「オレがどんなに悪いことをしても 笑って 面白がって ほめてくれる そんなじいちゃんだった気がする」
オレはふらふら立ち上がると
とりあえず
一番近い交番を探すことにした
もう二度と
悪いことはしないと心に決めていた
~おわり~
ダチョウ倶楽部の「押すな、押すなよ」の話だったんだ。「悪事をもっとやれ」とけしかけられると人間は意外とできなくなるもんですよね。「温かいものを持ってこい」としつこく言ったのも、お腹が温まると人間は悪事ができなくなることを見越してたような。閣下は孫を導くために現れたおじいちゃんの化身のような気もしました。
料理の道を一度は志した者として、温かいオニオングラタンスープの味わいが彼の心を変えたというような記述がとくに気に入りました。善から悪になるより、その逆はより効果的なような気がしました。
面白い切り口のステキな物語ですね。勧善懲悪の真逆の悪のススメ、その場合でも自省に繋がるものなのですね。バールゼブル閣下のピュアな人柄が魅力的です!