新入怪人ヤツルギ(脚本)
〇研究施設の廊下
はあっ、はあっ。
〇オフィスのフロア
始業時間直前、征服第一課の扉を開けた僕に鋭い声が飛ぶ。
ルナ・ミスティック「おいっ、新入怪人! ギリで登場とはもう黒幕キャラにでもなったつもりかぁ?」
僕、ヤツルギが悪の組織「ブラックテラー団」に怪人枠で採用されて約3ヶ月。
ようやく仕事にも慣れた来たところで不覚にも寝坊してしまった。
タイトな黒の戦闘服に身を包んだ征服第一課ルナ・ミスティック課長がその美しい黒髪をなびかせて目の前にやってきた。
ヤツルギ「すみません、つい寝坊して・・・」
ルナ・ミスティック「まったく・・・ほら、すぐヒーロー対策会議始めるぞ。遅れるなよ」
ヤツルギ「は、はい! すぐ行きます」
ルナ・ミスティック「それと、この間言っておいた分析資料も持ってこいよ」
ヤツルギ「はい!」
〇白
ルナ課長は、美貌、作戦能力、戦闘力を兼ね備え、最年少で課長に昇進したエースとも呼べる女性だ。
ああ、ルナ課長、いつ見ても凛々しくて美しい。
このヤツルギ、こうしてるだけで胸の核融合炉のバクバクが止まりません・・・って。
〇オフィスのフロア
しまった! その資料、まだやってなかった・・・。
頭を抱える僕の横から、プリントされた紙の束がそっと差し出される。
ヤツルギ「こ、これは!?」
ミラ・キャット「分析資料。ヤツルギ君、きっと忘れてると思ったからまとめておいたよ」
ヤツルギ「ミラ・キャットさん!」
〇白
ミラ・キャットさんは僕とは同じ学年だけど、就職浪人の僕より採用が1年早い先輩だった。
将来の「女幹部」候補生での採用らしいが、
控えめで清楚な佇まいは戦闘員の間では密かに「お嫁さんにしたい女幹部ナンバーワン」と言われてるらしい。
〇オフィスのフロア
ヤツルギ「ミラ・キャットさん! このお礼は今度必ず! じゃあ会議行ってきます!」
ミラ・キャット「あ、ヤツルギ君」
ミラ・キャット「お礼なんて・・・しなくていいのに」
ミラ・キャット「・・・」
ルナ・ミスティック「何だって? 征服第二課から緊急支援要請!? 場所は?」
ミラ・キャット「きゃっ! どうしたの?」
ヤツルギ「それが「爆砲戦隊キャノンレンジャー」と交戦中の征服第二課から緊急支援要請が入ったとかで会議は延期に・・・」
ルナ・ミスティック「おいヤツルギ! 出かけるぞ。その前に分析結果だけ聞いておく。キャノンレンジャーに有効な攻撃は?」
ヤツルギ「そ、それはですね・・・」
ミラ・キャット「(コソ)雷撃系」
ヤツルギ「あ、雷撃系です!」
ルナ・ミスティック「よしわかった、それじゃ行くぞ!」
ヤツルギ「ありがとうございます、ミラ・キャットさん!」
ルナ・ミスティック「ヤツルギー!」
ヤツルギ「はいぃ! それじゃ行ってきます、ミラ・キャットさん」
ミラ・キャット「いってらっしゃい、ヤツルギ君」
〇黒
征服第二課からの緊急救援要請を受けた一課が現場の採石場に到着すると、
敵対する「爆砲戦隊キャノンレンジャー」との間で乱戦状態となっていた。
〇岩山
ルナ・ミスティック「苦戦してるようだな、バスターゴースト」
バスターゴースト「む、ルナ・ミスティック!? なぜここに? むぅ、部長が余計な気を回したのか。援護など必要ないものを!」
ルナ・ミスティック「そう強がりを言うな。貸しにしておくから安心して頼るがいい」
バスターゴースト「ほざけっ!」
征服二課のバスターゴースト課長は憮然とした様子で腕組みをする。
ヤツルギ「あの、ルナ課長、僕はもう行ったほうがよいでしょうか?」
ルナ・ミスティック「ヤツルギ! まだ研修生気分か? 現場に出たらTPOを意識しろと言ってあるだろう」
ヤツルギ「はい!? そうでした。ええと、ルナ・ミスティック様〜、ここはこの怪人ヤツルギにお任せを〜」
ルナ・ミスティック「よし行けっ、怪人ヤツルギ!」
ヤツルギ「ははあ〜」
僕が乱戦の中に向かおうとしたその時、赤い影が僕の前に立ちはだかる。
キャノンレッド「待て! バスターゴースト、ルナ・ミスティック! 今日こそはお前達を倒す」
ルナ・ミスティック「ハッ、お前達の弱点は研究済だ! やれっ、怪人ヤツルギ」
ヤツルギ「ははあ〜、喰らえっ、キャノンレンジャー、このヤツルギのぉ」
僕は腰の前で構えを取った。
ヤツルギ「このヤツルギのぉ・・・」
ルナ・ミスティック「どうした? 怪人ヤツルギ」
ヤツルギ「ヤツルギの、イカズチィー!」
構えた手のひらからシュボッと小さな火花が飛ぶ。
〇黒
うぐ、実は雷属性の攻撃、大の苦手なんです。
〇岩山
キャノンレッド「・・・ならばコチラから行くぞ、キャノンバズーカ!」
〇赤(ディープ)
目の前に赤い光球が迫る。
遠のく意識の片隅で、ルナ課長の「覚えておれ、キャノンレンジャー」の声が響いた。
〇オフィスのフロア
ルナ・ミスティック「雷撃系の攻撃が苦手だった?・・・そうか、ヤツルギにはまだ直接的な戦闘案件に参加させてなかったからな」
ルナ・ミスティック「把握していなかった私の責任だ。私はこれから部長と打合せがあるから、」
ルナ・ミスティック「ヤツルギは今回の出動報告書を作っておいてくれ。明日確認する」」
ルナ課長は僕を叱責することもなく部屋を出ていった。
はぁ、今回は足手まといにしかならなかったな。
〇オフィスのフロア
ヤツルギ「えーと、戦闘員さんの出張手当がこれ、弾薬の使用数は・・・」
ミラ・キャット「・・・ヤツルギ君」
ヤツルギ「え? あっ、ミラ・キャットさん! こんな時間までどうして?」
ミラ・キャット「ヤツルギ君、あまりそういう作業に慣れてないでしょ? だから手伝ってあげようと思って残っていたの」
ヤツルギ「ええ!? そんな、申し訳ないですよ」
ミラ・キャット「二人でやった方が早いよ。ほら、手分けしよ」
ヤツルギ「は、はい」
こうして僕とミラ・キャットさんは手分けして報告書の作成を始めた。
ヤツルギ「僕って才能ないんでしょうか」
ミラ・キャット「ううん、ヤツルギ君はまだ経験が少ないだけだよ。頑張ればきっと優秀な怪人になれると思う」
ヤツルギ「そうでしょうか・・・戦闘員の人達からも『1クールで消えそうな怪人』とか言われてるらしいですし・・・」
ミラ・キャット「そんなことないよ! ヤツルギ君、もっと自信を持って」
ヤツルギ「でも・・・」
ミラ・キャット「そうだ! それじゃ、特訓しよ」
ヤツルギ「特訓!?」
ミラ・キャット「うん、仕事が終わった後に。私も手伝ってあげるから」
ヤツルギ「ええ!? 悪いですよ、残業でもないのに・・・」
ミラ・キャット「いいからいいから! じゃあ早速明日からね」
ヤツルギ「は、はい・・・」
〇黒
翌日。
〇街外れの荒地
ミラ・キャット「それじゃ始めましょう。基本はもう知ってるよね」
ヤツルギ「ええ、新入怪人研修の時に一通りは」
僕は胸の辺りに両手の指で輪を作り、呼吸を整える。
ヤツルギ「フー、フー」
ミラ・キャット「そう、指の間に電気を通すようにイメージして」
フー、フー。イメージ、イメージ!
ミラ・キャット「輪の中心がチリチリ帯電してくるはずよ」
チリチリ、帯電、帯電!
ミラ・キャット「押さえきれなくなったら、そこで一気に開放して!」
ぬうううっ、開放!
ミラ・キャット「・・・うん、それじゃもう一回最初からやってみようか」
ヤツルギ「・・・はい」
〇黒
その日以来、僕とミラ・キャットさんの特訓は続いた。
〇街外れの荒地
ヤツルギ「ふおおっ」
ミラ・キャット「まだまだ、もっと力を集中して!」
〇街外れの荒地
ヤツルギ「うおあっ」
ミラ・キャット「もっとお腹から絞り出すように!」
〇黒
そして十日目。
〇街外れの荒地
ヤツルギ「はぁ、はぁ、ダメだ。僕には出来ない!」
ミラ・キャット「ヤツルギ君!? その顔は何? その目は何? その涙は何なの?」
ヤツルギ「ミラ・キャットさん・・・」
ミラ・キャット「諦めてはだめ! それじゃ何か大切な人やモノを思い浮かべて」
ミラ・キャット「ヤツルギ君は今それを全力で守らなければならない状況にあるの!」
〇黒
一番大切な人・・・。
脳裏にルナ課長の姿が浮かんだ。
〇街外れの荒地
ヤツルギ「ぬおおおっ」
その瞬間、体の奥底から強烈な力が湧き上がってくる。
ヤツルギ「やああああ!」
轟音と共に僕の右手から凄まじい霊撃が放たれた。
ミラ・キャット「きゃあっ」
雷撃がミラ・キャットさんの肩をかすめる。
ヤツルギ「しまった! 大丈夫ですかミラ・キャットさん!?」
ミラ・キャット「う、うん、私は大丈夫。それよりも、やったねヤツルギ君!」
ヤツルギ「はい! これも全部ミラ・キャットさんのおかげです!」
ミラ・キャット「ううん、私はきっかけを作っただけだよ。いったい、何を思って技を出したの?」
ヤツルギ「え? それは、その・・・両親です、はい、両親」
ミラ・キャット「・・・そう。ヤツルギ君らしいね。そして、もう大丈夫だね」
ヤツルギ「はい! 本当にありがとうございました!」
〇岩山
そして、僕は再びキャノンレンジャーと対峙した。
ルナ・ミスティック「よし、怪人ヤツルギ、今度こそお前の力を見せてやれ!」
ヤツルギ「ははあ、キャノンレンジャー、喰らえ、このヤツルギのバーニング・ヘル・サンダーを!」
キャノンレッド「うわああっ」
ヤツルギ「どうだ、思い知ったか」
キャノンレッド「くっ・・・こうなれば俺達も密かに特訓していた新必殺技を出すしかないな」
え? なにそれ、聞いてないんだけど。
キャノンレッド「輝け! ハイパーキャノンオメガモード! 受けてみよ、ルナ・ミスティック!」
ヤツルギ「ルナ課長!?」
轟音が轟きルナ課長目がけて巨大な火球が襲いかかる。
ルナ・ミスティック「チィッ、受けきれるか――って、おい、ヤツルギ!?」
ヤツルギ「ウガアアアッ」
火球が防御した腕を焼切ろうとしていた。
それでも僕はルナ課長の前に立ち火球を受け止める。
ルナ・ミスティック「ヤツルギ!?」
〇赤(ディープ)
アレ? これちょっとまずいかも・・・。
視界が真っ赤に染まったその時、僕の意識は消えた。
〇黒
〇トラックの荷台
ルナ・ミスティック「気がついたか?」
ヤツルギ「・・・ここは?」
ルナ・ミスティック「収容に来た輸送車の中だ。安心しろ」
ルナ課長は安堵の笑みを浮かべて息をついた。
ルナ・ミスティック「まったく無茶をするな。危うく消滅するところだったぞ」
ヤツルギ「僕はいったい・・・?」
ルナ・ミスティック「キャノンレンジャーの新技を受けて両手足と体の一部が消失したが、怪人の核(コア)と核融合炉は無事だった」
ルナ・ミスティック「組織に戻ればメンテナンス部が再生してくれるだろう」
ヤツルギ「そう、ですか。ご迷惑をかけて申し訳ありません」
ルナ・ミスティック「いや・・・今は上司という立場を置いて礼を言う。あの直撃を受けていたら私でも無事では済まなかっただろう」
ルナ・ミスティック「いったいなぜあんな事をした?」
ルナ課長が僕を覗き込む。
何か適当な答えを告げることは可能かもしれない。
だけど今この時を逃したら、もう二度とその機会はないような気がした。
ヤツルギ「僕は・・・」
ルナ・ミスティック「僕は?」
ヤツルギ「僕は・・・ルナ課長の事が好きなんです!」
ルナ・ミスティック「・・・」
ルナ課長は戸惑いの表情を浮かべた後、静かな口調で告げた。
ルナ・ミスティック「そうか。その言葉は素直に嬉しく思う」
ルナ・ミスティック「・・・ただ、私はその気持ちに応えることは出来ない」
ヤツルギ「え!?」
ルナ・ミスティック「普段は戦闘スーツのグローブをしているし、プライベートな事なので皆には近々言おうと思っていたのだが」
グローブを外したルナ課長の左手の薬指には、銀色の眩い指輪が輝いていた。
ルナ・ミスティック「私は人妻だ。相手は二課のバスターゴースト課長だ」
ヤツルギ「え・・・ええええっ!?」
手で顔を覆いたい気分だった。
だけど、今の僕にはその両手がない・・・。
〇黒
〇オフィスのフロア
ミラ・キャット「おはよう、ヤツルギ君。もうすっかり良くなったようね」
ヤツルギ「あ・・・ミラ・キャットさん。そう、ですね、おかげさまで・・・」
ミラ・キャット「どうしたの? まだどこか調子悪いの?」
ヤツルギ「いえ、もう本当に大丈夫です。体の方は、ほんとに・・・」
ミラ・キャット「そう、それならいいんだけど」
ルナ・ミスティック「おいっ、ヤツルギ! 何をモタモタしている。早くしろ、置いていくぞ」
ヤツルギ「はっ、はい。今行きます!」
ヤツルギ「それじゃミラ・キャットさん、僕はこれで・・・」
ミラ・キャット「あっ、ヤツルギ君!」
ヤツルギ「は、はい?」
ミラ・キャット「今度ね、私も特訓したいことがあるの。・・・よかったら、付き合ってもらってもいいかな?」
ヤツルギ「もちろんです、僕に出来ることがあれば」
ミラ・キャット「よかった、引き止めてごめんね」
ヤツルギ「いえ、それじゃ行ってきます!」
ミラ・キャット「いってらっしゃい、ヤツルギ君」
ミラ・キャット「・・・」
ミラ・キャット「ふう」
ミラ・キャット「まだまだ先は長そうだなあ・・・」
〇白
新入怪人ヤツルギ 完
「株式会社悪の組織」みたいな独特の世界感がとっても面白かったです! 怖そうな見た目ですが、一生懸命なヤツルギも、段々可愛く見えてきました^^
バスターゴーストはチョイ役?と思っていたら、まさかのオチで笑わせて頂きました。笑
怪人世界でも、新人としての苦悩あり、恋や人間関係もあり、親しみを感じますね!
『1クールで消える怪人』にはツボってしまいましたw
なんだか微笑ましい社“怪”人ドラマでした(笑)
テレビでなら月9枠かな(*≧∀≦)
もし長編化したら…恋の三角関係やら、ヒーロー側のピンクからアプローチされたり、飲み会で悪酔いして課長とやらかしたりと、色んな展開が想像ができる楽しい舞台設定です😄
怪人なのに思わず応援したくなるキャラクター性が最高でした!