読切(脚本)
〇病院の廊下
私が彼と出会ったのは、私が“言葉”を覚える少し前。
ある病室から不思議な音が聞こえてきて
私は足を止めた。
〇綺麗な病室
口の動きと共に発せられる聞いた事も無い音。
どうやら彼はコミュニケーションを取っている様子だった。
〇病院の廊下
そして何より私が惹かれたのは、その音を発する少年の、あの楽しそうな笑顔だった・・・。
〇白
one phrase
〇おしゃれなリビングダイニング
朝食を食べていると、母が来て私にテレパシーを送った。
母親(早く食べないと遅刻するわよ。 今日も研修でしょ?)
ミア「うん・・・」
ミア「あ、ごめん」
思わず声に出して返事をしてから、慌てて母にテレパシーを送り返す。
言葉を覚えてから、テレパシーに変化が現れた。
以前のような抽象的な感覚からより詳細で複雑な情報が伝わってくるようになった。
私に言葉をインストールしてくれたバベルさん曰く、言葉は失われた訳ではなく眠っているだけ・・・らしい。
〇未来の都会
昔、人類はテレパシーでは無く、音声や文字と呼ばれる記号を用いて思想や感情、情報などを伝達していた。
テレパシーが普及する前は言葉が世界を埋め尽くしていたと聞く。
〇綺麗な病室
朝食を済ませた後、私は今日も彼の病室を訪れた。
カナタ「なんだミアか・・・お前も暇だな。 そんなに俺と話したいのか?」
ミア「ち、違うよ!」
カナタ「あ、今、嘘ついたな?」
ミア「え?」
カナタ「これが言葉の持つ力だよ。 嘘がつけるんだ。凄いだろ?」
そう言って彼はあどけない笑顔を浮かべる。
私が言葉を覚えようとした理由はこの笑顔だ。
テレパシー障害は命にだって関わる重病だ。社会から断絶され、いつ症状が悪化するかも分からない不安を抱えている。
その病を持って、生まれてきた彼は本来不幸なハズなのに、どうしてこんな笑顔を浮かべる事が出来るのだろう?
カナタ「どうした? そんな顔して・・・」
ミア「カナタはさ、どうしてそんなに笑っていられるの?」
カナタ「どうしてって・・・楽しいからだろ?」
ミア「楽しい?」
カナタ「生きてることがさ。楽しいんだ」
カナタ「いろんな人と心をかよわしたり、いろんなことを知ったり・・・」
カナタ「今だって、ミアと話してて楽しいよ!」
ミア「・・・!」
ミア(この感情は・・・?)
〇未来の店
ミア「こんにちは、バベルさん」
バベル「あぁミアちゃんか・・・。 今日はどうしたんだい?」
ミア「どうしてもわからない事があって」
バベル「カナタ君とのこと?」
ミア「はい」
バベル「話してみて」
ミア「自分の中のある感情をうまく言語化出来ないんです」
バベル「どんな感情?」
ミア「うーん。何か苦しいような、もどかしいような。でも幸せのような、フワフワしているような」
ミア「とにかくいろんな感情や感覚が入り交ざって・・・」
バベル「それはカナタ君と居るとそうなるのかい?」
ミア「はい。カナタの事を考えると」
バベル「うーん。『基本言語プログラム』は、完璧じゃないからね」
バベル「失われてしまった、表現出来ない言葉もあると思う」
ミア「私は一体どうしたら良いんですか?」
バベル「伝えてみれば良いんじゃないかな? 今のミアちゃんの気持ち」
ミア「い、嫌です」
バベル「何で?」
ミア「よく分かんないですけど、それは凄く恥ずかしいような気がするんです」
バベル「そうか・・・」
バベル「でもねミアちゃん。 言葉は伝える為にあるんだよ?」
ミア「伝えるため?」
バベル「うん。僕が言葉を研究するのは、人ともっと繋がる為なんだ」
バベル「テレパシーだけじゃ伝わらない、何かもっと複雑な感情を伝え合う為に・・・」
ミア「でも、何をどう伝えたら良いのか、分からないんです」
バベル「それは僕にも分からない。 面倒臭いんだ。言葉って」
そう言いながらもバベルさんは嬉しそうな顔をしていた。
〇綺麗な病室
カナタ「どうしたんだよ? 浮かない顔して」
ミア「いや別に」
カナタ「また嘘だな。 何かあるんなら話してみろよ」
ミア「・・・あのさ、私カナタに伝えなきゃいけない事があるの」
ミア「でも、上手く言葉に出来なくて・・・」
カナタ「まあ言葉って難しいからな」
ミア「そうだね・・・。テレパシーだったら伝える事が出来るのかな?」
カナタ「・・・・・・」
ミア「あ、ごめん。そう言う意味じゃ・・・」
カナタ「いや、良いよ良いよ。大丈夫! 気にしてねーから!」
嘘だ。
カナタ「本当言葉って面倒くせーな!」
最低だ私・・・。
〇未来の都会
伝える為に言葉が存在するのなら、伝えない言葉、伝わらない言葉は価値が無いのだろうか?
伝えなくても良い自由は無いのだろうか?
言葉は人を傷付ける。昔の人はきっと、こんなもどかしさが嫌で、言葉を捨ててしまったのかもしれない。
そんな私の元に、ある悲報が飛び込んできた。
〇黒
カナタの容態が、急変したらしい。
〇綺麗な病室
ミア「カナタ!」
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ミライさんの世界観がぎゅっと凝縮されたお話でした。SFは難易度が高い+好みが分かれるので、序盤で難しいな…と断念される方もいらっしゃる中、それを感じさせない題材、かつ軽やかな書き方で最後まで読ませる技術。受賞に選ばれたのも頷けます。
色で表すなら無色透明。それほどまで透き通った美しく、読後感の良い作品だと思いました(もしかして小説を書かれている方でしょうか…?)
今snsなどで言葉が氾濫する中、本当に大事な言葉はどれだけあるのだろう?と考えさせられる話でした。
連載バージョンも、チケットが貯まったら読んでみます。
優しい気持ちになれる、素敵な作品でした。