働きの無駄(脚本)
〇古いアパートの一室
長谷部透「暑い!!暑すぎる。 それでいてウザい。ウザすぎる」
俺はベットから起き上がり、何が悲しいのか蒼天の空に鳴き続けるセミに悪態をついた。
冷蔵庫に向かい、キンキンに冷えた水を取り出した。
本来ならばゴクっと一気に飲み干したいところだが、この顎では飲みにくい。
長谷部透「ああ、何もかも鬱陶しい」
ピンポーン!!
長谷部透「誰だよ。こんなに暑いのによ」
〇安アパートの台所
俺は心許ない立板できた戸口の覗き穴から外を見た。
長谷部透「うわっ!!」
そこには不気味な図体をした怪人が立っていた。
俺はチェーンロックを掛けたままドアを少しだけ開けた。
長谷部透「何のようだ?お前と約束した覚えはないが」
小山田孝介「そう邪険にするなよ。約束がないからって来ちゃいけないなんて理由ないだろ。 ほら、ちゃんとお土産も持ってきたんだし」
彼の手に吊るされたビニール袋には大玉のスイカが入っていた。
孝介は俺の眼前でスイカを揺らす。
俺はドアのチェーンを外した。
べ、別にスイカに釣られたわけではない。
炎天下に外に放り出されているスイカが些か可哀想に思っただけだ。
小山田孝介「お邪魔します。 うわっ、暑。それに男のむさ苦しさが充満してるな。 エアコンどうしたよ。エアコン。もしかして壊れているのか」
〇古いアパートの一室
長谷部透「いや、動くよ。 俺さ。エアコンが苦手なんだ。 この甲殻ボディになってから温度調節が難しいだろ」
小山田孝介「ああ、わかるわ。一度の差が命取りだよな。 油断すると装甲が結露して部屋中びしょびしょになるしな」
小山田孝介「でも、付けないで過ごすのもまた地獄じゃね。この国の気候に怪人はあわねぇよ」
孝介は家主の許可を取らずにエアコンの電源を入れた。
小山田孝介「スイカ冷やしといてよ」
長谷部透「これどうしたんだ? まさか盗んで来たんじゃないだろうな」
小山田孝介「そのまさかだよ。こう見えても俺たち怪人だぜ。 悪いことの一つや二つするさ」
小山田孝介「なーんて嘘だけどな。 ご近所の婆さんがくれたんだ。 スイカ好きだろからって、多分見た目が虫みたいだからだろうけど」
長谷部透「へぇ、お前みたいなのがご近所付き合いとかするのか」
小山田孝介「するさ。何かと不自由が多い怪人だからこそ近所付き合いは大切なんだよ」
俺は冷蔵庫の扉を開けた。
一人暮らし用の冷蔵庫、大玉のスイカが入るスペースなんてない。
長谷部透「これ半分に切ってもいいか?」
小山田孝介「え?ああ、冷蔵庫入らない?風呂場に洗面器ない?氷は?」
小山田孝介「だったら、洗面器で氷水作って冷やそうぜ。 塩も少々いれたら冷蔵庫よりも冷えるのが早いだろう」
長谷部透「なるほど。頭良いな」
俺は言われた通りに洗面器に水と氷と塩を入れてかき混ぜて、それからスイカを沈めた。
長谷部透「何か飲むか?」
小山田孝介「何があるの?水道水は勘弁な」
長谷部透「贅沢なこというな。水道水か、麦茶ならどっちがいい?」
小山田孝介「麦茶。 もちろん氷も入れて」
俺は駅前の百円ショップで買ってきたコップに麦茶を注いだ。
この体ななってからコップも皿も滑って割れるようになった
小山田孝介「おっ、サンキューな」
長谷部透「それで何のようなんだ。 まさか本当に遊びにきたわけじゃないんだろ」
小山田孝介「いや、マジで遊びにきただけだ。 ついでに近況報告会って感じだな。 どうよ。最近の調子は」
長谷部透「また、ざっくりとした質問だな。 何も変わってないさ。 ずーっと普通、ずーっと平均点」
小山田孝介「仕事は?」
長谷部透「してない。探してもいない」
小山田孝介「お前な。怪人給付金だけじゃ生活厳しいだろ。 そりゃ、俺たち怪人が就職なんて難しいぜ。でも、動かなかったら何も始まらないぜ」
長谷部透「偉そうに。 そういうお前は働いてるのか? 説教垂れても只の自分へのブーメランじゃないのか」
小山田孝介「甘いな。俺は仕事見つけたぜ」
長谷部透「マジ?」
小山田孝介「ああ、今日もこれから駅前のデパートで仕事だ。 いやー、勤労ってのは疲れるよな」
長谷部透「なんの仕事だ?レジ打ち?商品陳列?」
小山田孝介「聞いて驚くなよ。ヒーローショーさ」
長谷部透「えっ、ヒーローショー?あの、毎回、毎回正義のヒーローに倒され続けるあのヒーローショー?」
小山田孝介「そう、そのヒーローショーさ」
長谷部透「お前が嫌う汚れ仕事じゃん」
カランとコップの氷が鳴った。
小山田孝介「少し前の若い俺だったら、倦厭してただろうな」
小山田孝介「でも、俺も大人になったのさ。 ヒーローショーでも客がいて、楽しんでもらえるならこんなに嬉しいことはない」
長谷部透「お前、変わったな」
小山田孝介「そりゃ変わるさ。怪人だもの」
仕事か。
いつも胸の奥深くで腫瘍のように存在している課題だ。
働かなければと思いつつ、こんな俺でも働けることがあるのだろうかと考えてそっとしまってしまう難題でもあった。
小山田孝介「この部屋、時計ないのかよ。 それじゃテレビ付けていいか」
俺の回答を待たずして孝介はテレビの電源が入れる。
〇商店街
レポーター「緊急ニュースです。 駅前商店街で怪人が暴れています。 怪我人も複数いる模様。 市民の皆さんは安全な場所に避難してください」
アナウンサーの背後にカメラが向くと、見覚えのある怪人が暴れ回っている。
森田 隆二「うおおおおお!!」
〇古いアパートの一室
小山田孝介「あれ、森田じゃん」
長谷部透「ほんとだ。森田だ」
小山田孝介「確かあいつ。 大手の悪の秘密結社に就職してたよな。 いいな、あれでいくらもらってるんだろう」
長谷部透「さぁ、でもあれはあれで大変らしいぞ」
小山田孝介「何?森田と連絡とってるの」
長谷部透「たまたま、そこの薬局であったんだよ。 ああやって大仰に暴れてるけど、警察の許可と地元民との折衝で毎日大変らしい」
長谷部透「世知辛い世の中でなかなか暴れる許可が下りなくなってるらしい」
小山田孝介「へぇー、そうなんだ。 でも、給料いいんだろ?」
長谷部透「どうだろう。 でも少なくともヒーローショーよりは良いと思う」
小山田孝介「怪人ニートに言われたくねーよ」
長谷部透「ヒーローショーは何時から?」
小山田孝介「13時から昼の部。16時から夕方の部。30分前までに付いておけばいいから、後1時間ぐらいは居られるかな」
長谷部透「そうか。スイカどうする?」
小山田孝介「もって来たのは俺だぞ。 喰うに決まってるだろ」
適度に冷えたスイカを持って台所に行く。
まな板に丸々と大きな緑と黒の模様が付いた旨そうな球体を置く。
長谷部透「必殺、スラスターカッター!!」
手の甲から飛び出した鋭利な刃を使ってスイカを綺麗な8等分に切り分けた。
小山田孝介「おお、お見事。 お前、林業とか向いてるんじゃね? チェンソーとかいらないだろ」
長谷部透「林業って山で仕事するんだろ? 俺、虫とか無理だから」
二つの大皿に4つずつスイカを乗せる。
長谷部透「塩かける派?」
小山田孝介「かけない派。 てか、甘いのがスイカの美味いところだろ。 塩かけるって何?ドSなの、意味が分からんだろ」
長谷部透「どっちかというとM何だろう。いやでも、SALTだからSかも」
俺たちは真っ赤なスイカに被り付いた。
でも、口は大きく開かないから果汁を吸って甘味を楽しむ。
小山田孝介「うまっ、こんな甘いスイカをくれる婆さんにマジ感謝」
長谷部透「俺の分も感謝を伝えておいてくれ」
俺たちがスイカを半玉ずつ無心で喰い続けた。喰いきる頃には、1時間っていう時間は簡単に過ぎ去ってしまっていた。
小山田孝介「もうこんな時間か。カニとスイカは時間を忘れるな」
小山田孝介「それじゃ、俺は仕事に行ってくるぜ。 子供たちが俺の悪事を期待して待ってる声が聞こえるぜ」
長谷部透「ヒーローたちもお前のことを殴りたくて疼いているだろうよ」
小山田孝介「ショーだから殴られる振りだから、超安全。 お前もいつまでもへばってないで仕事探せよ」
長谷部透「ああ、言われなくても適当に探すさ。 スイカありがとうな」
孝介は小さく手を振って炎天下の中を歩き出した。
俺はその背を只見つめていた。
部屋に帰ると、虚しさと共にスイカの瑞々しくも甘い香りが充満しているのに気が付く。
長谷部透「早くゴミ出ししておかないと虫が湧くなこりゃ」
二つの大皿を手に取るとそれツルリと滑った。
スローモーションのように種と果汁を撒き散らす。
長谷部透「やべっ!!」
ガシャーン!!
長谷部透「あーあ、やっちまった」
粉々になった皿を片すのも面倒だが、ピンクに染まったカーペットの洗濯もまた億劫だ。
とはいえ、ほっておくわけにも行かず、燃えないゴミ用の袋に破片を集め、引っぺがしたカーペットは洗濯機へとぶち込んだ。
長谷部透「新しい皿、買いに行かないとな」
俺はトートバックに財布が入っているのを確認すると、それを担いで外へと出た。
〇住宅街の道
長谷部透「仕事か。仕事ね」
考えるのは仕事の話だった。
ポケットティッシュを配る人、道路工事をする人、宅配業者にキッチンカーのコックさん。
自然と目に入る働く人々。
俺に出来ることがあるのだろうか。
俺に向いている仕事なんて本当にあるのだろうか。
〇商店街
商店街に差し掛かった時、何台ものパトカーと救急車が止まっているのが見えた。
長谷部透「そうだ。森田が暴れているんだった」
人だかりの奥で頭から布を掛けられたまま、手錠を付けられた図体のデカい怪人が見えた。
長谷部透「森田だ。 取り押さえられたのか」
傷だらけの体でヨタヨタと警察に連れられて歩いている。
俺の存在に気が付いたのか。布の隙間から覗く顔がにっこりと笑った。
長谷部透「働くってやっぱり大変なんだな」
そのままパトカーに乗せられて運ばれていく森田を見送った。
長谷部透「そうだ。折角だから。あいつの仕事も見て帰ろうか」
〇大きいデパート
〇雑貨売り場
デパートの100円ショップで同じ形の大皿を2枚買って、それから屋上へ続くエレベータに乗った。
〇デパートの屋上
ヒーローショーは既に始まっていた。
大勢の子供たちがぴょんぴょんと飛び跳ねてステージショーを見つめている。
小山田孝介「姿を現したな。グッジョブ戦隊。 だが、もう遅いこの世界はもう悪の組織、ムッショクの物だ」
グッジョブ戦隊レッド「そうはさせないぞ。ムッショク!! 今ここで成敗してくれる」
子供たちが興奮した声を上げる。
だれも孝介を応援している者はいない。
グッジョブ戦隊レッド「くらえ、必殺。グッジョブパンチ」
小山田孝介「甘いわ。タイダビーム!!」
グッジョブ戦隊ブルー「くっ、強いな。でも俺たちは負けない。 貫け。秘技。グッジョブキック!!」
舞台の上で大立ち回りをする孝介とヒーローたち。でも、何かが可笑しい。
長谷部透「あれ、本当に殴られてね?」
5人のヒーローたちと1人の怪人。そこを隔てる正義と悪。
でも、怪人の俺からしてみたらどっち正義でどっちが悪なのだろうか。
舞台に転がる孝介。
その背を殴りつけ、顔を蹴り上げるヒーローたち。
そう、怪人は所詮怪人なのだ。
長谷部透「うん。就職は諦めよう」
孝介の断末魔を背中で聞きながら俺はデパートを後にした。
働くのは世間が、世の中が、怪人のことを認めてからにしよう。
それでも働くのは遅くないはずだ。
生活者としての怪人をここまで詳細に描いた作品は珍しい。何気ない日常の何気ない描写が好みでした。特にエアコン事情、スイカを食べる、皿を割る、といったくだりのディティール描写が妙にリアルで、ほのぼのとした共感と切なさがない混ぜになった何とも言えない気持ちになりました。
長閑で怠惰な怪人の日常というシュールな物語展開の中に、社会的なメッセージが感じ取れました。社会にとって異質な存在との共生、それを問われているようでした。
まるで人間のような素養のある彼らが何故怪人なのかはわかりませんが、社会の壁のようなものを彼の生活からとてもよく表現されていると思いました。