コロナ禍の口裂け女さん(脚本)
〇おしゃれな住宅街
口裂け女さん「ワタシ、キレイ?」
深夜、わたくしは道行く女性に声をかけました。
道行く女性「すいません、急いでいるので」
女性は怯えた様子もなく、ただただ迷惑そうな顔で去っていきました。
わたくしは、呆然とその背中を見送りました。
口裂け女さん「ワタシ、キレイ?」
行きずりの男性「あ、ちょっと密なんで離れて貰えますか?」
手でちょっと待ったポーズをされたので、わたくしは二メートルほど後ろに下がりました。
口裂け女さん「ワタシ、キレイ・・・・・・?」
改めて尋ね直しますと、男性は目を眇めました。
行きずりの男性「悪いけど、よく見えないな・・・ごめんね」
これだけ離れていると薄暗い夜道では顔など判別できるはずがありません。
???「ったく、見える訳ないじゃん」
遠くから追い討ちのようにそんな呟きが聞こえました。
〇川に架かる橋
口裂け女さん「ワタシ、キレイ?」
それならばと視界が良好な逢魔が時、いわゆる夕方に活動することにしました。
徘徊するおじいさん「ああ、すまんのう? よく聞こえんのじゃ?」
口裂け女さん「ワ、タ、シ、キ、レ、イ?」
徘徊するおじいさん「最近、タワシは食べておらんのう・・・」
遠くから「行方不明者を捜索しています」とのアナウンスが聞こえたので、最寄りの警察署に通報しました。
口裂け女さん「ワタシ、キレイ?」
わたくしは、今度こそと意気込んで近くのお兄さんに声をかけます。
強盗さん「はぁ、あー多分?」
口裂け女さん「コ、レ、デ、モ・・・?」
わたくしは嬉しくなってマスクを外し──
強盗さん「突然、マスク外すなよ! 迷惑な女だな!」
走り去っていくお兄さんを見送ったわたくしは、その場に崩れ落ちました。
〇黒
こんな生活、もういやぁ・・・
溢れ出る感情を抑え切れず、わたくしは手で顔を覆いました。
昔は良かった。真夏にマスクをしている人なんていませんでした。
なにせ夏にマスクをしているのなんて病人か、犯罪者か、口裂け女くらい。
病人は夜中に出歩きませんから、犯罪者か口裂け女の二択です。
その上で血を思わせる真っ赤なロングコートでも羽織ってでかけたら怪しさ抜群!!
暗闇ですれ違っただけでビクッとしてくれました。
今は違います。老若男女年中無休でマスクをしています。
むしろマスクをしていない人を警戒するのです。
一時期はもっとひどかった・・・。
愛用していたフィッティが突然、手に入らなくなり、外に出ることさえままならなくなりました。
ようやく入荷したと思ったら、ソーシャルディスタンスなるルールが定められておりました。
正直、口裂け女って近くで見てもらわないと迫力に欠けるのです。
だって口が裂けているだけなんですもの。
しかも、顔を隠していても、美人だと思われるようにモデル体型で生まれてきます。天然の八頭身です。
忘年会で菜〇緒ポーズとかやると大ウケです。
要するに顔が小さすぎて、離れるとよく見えないのです。
緊急事態宣言だか何だかで昨今は人通りさえまばら。
努力と執念で夜中にうろついている獲物に近づくのですが、マスクを外した瞬間アウト。
犯罪者扱いされて相手にしてもらえません。
わたくしは犯罪者でも感染者でもありません。
もっと恐ろしい妖怪なのに!!
〇公園の砂場
???「あの、お姉さん大丈夫ですか?」
わたくしがベンチに座り込んでおりますと、そんな風に声をかけられました。
振り返ると、私立の進学校の鞄を背負った男の子がおりました。
子供です。警戒心が薄く、好奇心旺盛で、それでいて反応が素直な子供は、わたくしたち怖がらせ系妖怪の大好物です。
しかし、最近の子供は夜に出歩くことはありません。
近年は犯罪に巻き込まれないよう送迎や集団下校が徹底されているため一人でいることはなくなりました。
もはや、絶滅危惧種と言うべき貴重な存在なのです。
時間帯を移したおかげでしょうか。
もしかしたら毎日、頑張って口裂けているわたくしへの神様からの贈り物かもしれませんね。
口裂け女さん「・・・ねえ、ワタシ、キレイ?」
お坊ちゃん「お姉さん、悲しいの?」
お坊ちゃん「このハンカチ、どうぞ使って?」
口裂け女さん「ううん、そうじゃなくて・・・わたくしがキレイかどうかを聞きたくて・・・」
お坊ちゃん「僕でよかったら話、聞くよ。他人のほうが話しやすいこともあるかもしれないし」
口裂け女さん「そうじゃなくて、キレイって」
お坊ちゃん「はい、これでよし」
ハンカチを受け取らないでいると、少年はわたくしの目に浮かんだ涙を拭き取ってくれました。
なんて心の優しい子でしょう。また泣きそうです。
口裂け女さん「お願い・・・お願い、だから、キレイって言って・・・」
お坊ちゃん「・・・お姉さんはキレイですよ」
口裂け女さん「コ、レ、デ、m────」
マスクに手をかけますと、少年はそっとわたくしの手に触れました。
お坊ちゃん「僕にはまだ難しいことはよく分からないけれど・・・」
お坊ちゃん「顔に傷があることを気にするような男性、別れて正解だと思うよ」
口裂け女さん「あ、」
少年は、わたくしの頭をポンポンすると立ち上がりました。
お坊ちゃん「じゃあ、僕行かなくちゃ」
口裂け女さん「あ、あの、ハンカチ・・・」
お坊ちゃん「あげるよ!」
お坊ちゃん「傷ついたキレイなお姉さんに、僕からのプレゼント!」
わたくしは、頬を赤らめながら走り去っていく、小さなジェントルマンの背中を見送りました。
コロナ禍もたまには悪くないかも・・・
そんな風に思うわたくしでございました。
また出たお坊ちゃん、前話と打って変わっての察しが良すぎる対応ですねw 鋭い社会風刺を入れ込みながらの楽しいストーリーですね!