読切(脚本)
〇荒廃したショッピングモール
戟の音が鳴り響く。
暗闇に瞬く、閃光。
繰り返し、瞬き、消えていく。
「カズマァアア!!」
怒号が響く。業火が噴き上がる。
空まで焦がす炎の中から、"ソレ"が姿を現した。
赤い獣は一直線に、対峙する一匹の黒い獣へ突進する。
赤い獣「絶対に、止める!」
全身の激突。
しかし黒い獣は、身軽に避けた。
赤い獣は、勢いのまま建物へと激突する。
轟音と共に、衝撃に耐えきれなかった建物は瓦礫へと姿を変えていく。
黒い獣「無駄だ」
黒い獣「諦めろ。アキト」
アキト「うるせぇ」
アキトと呼ばれた赤い獣は、唸るように応えた。
アキトは視界を奪おうと礫を投げる。
黒い獣は避けようとしたが、かわし切れない。
アキト「いい加減、ツラを見せやがれ!」
赤い拳が激突する。
顔を覆っていた黒い面は、砕け散った。
面の下から現れたのは、暗く澱んだ瞳だった。
男「満足か?」
男「どうして、邪魔をする」
赤い獣も、顔を覆う面を自ら砕いて素顔を晒す。
アキト「お前の願いが、気にいらねぇんだよ。 ──カズマ」
カズマ「予想通りの答えだ」
カズマ「お前は理解しようともしない」
アキトはその言葉に一瞬、たじろぐ。
何かを伝えられるチャンスは、きっと今しかない。
だが、何を言えばいいのか──
アキトは拳を握り込む。
再び面で顔を隠す。
アキト「お前の願いは、俺が止める!」
──怒号、閃光、熱風。
炎と衝撃が何百、何千の破壊を産む。
それを闇が包み、無へと返し、静寂をもたらす。
──そんな。
そんな、何にもならないやりとりがずっと続いていた。
この先にある結末は、どちらの願いが叶うか。
ただ、それだけのこと。
すべての始まりは、8月30日。
街中が原因不明の停電に襲われた、あの日のことだった。
〇男の子の一人部屋
家に帰ったアキトは、スーツを脱いでいた。
染み付いた匂いに思わず顔を顰める。
アキトはシャワーを浴びると、すぐに布団に潜り込んだ。
何も考えたくない。今夜は疲れていた。
すぐに眠りたい気分だったが、部屋にはむっとした空気が籠っている。
窓を開けてはみたが、生ぬるい風が入ってくるだけで、何の慰めにもならない。
アキトはベッドに寝転がる。瞳を閉じると、今日の出来事が脳裏をよぎる。
すすり泣く人。
囁くような小さな問いかけ。
(どうして? まだ、若いのにーー)
重苦しい空気を飾る花。
中央に添えられた、友人の顔写真。
((どうして、何も言わなかったんだ))
手が震えた。
震えを止めるため、拳をベッドに打ち付ける。
その瞬間、アキトは衝動に襲われた。
どろどろとした得体のしれない感情に胸が苦しくなる。
壁を殴った。それでも収まらなかった。
目についたもの。
着ていたスーツも、身についていた腕時計も、なにもかもを殴り、投げつけ、破壊する。
散々暴れまわって、アキトは気づく。
暴れても、この家一つ破壊することができないことに。
何も変わらない。
──何も、自分は変えられないのだ。
強烈な無力感に殴り倒されるように、アキトは倒れ込んだ。
これは現実なのか。夢なのか。
朝からずっと、その感覚に襲われている。
((いっそ、夢なら・・・))
どろどろとした感情と疲労が、アキトを微睡の中に誘っていく・・・
〇幻想空間
現と夢のあわいで、声が響いた。
「己の無力を知るものよ」
その声はどこから響いているのかわからない。
遠く、近く、揺らぐ声。
「人間性と引き換えに、お前の願いを一つだけ叶えよう」
その声に誘われるように、アキトは願う。
((俺の望みは、カズマを・・・))
〇黒背景
いつのまにか、眠っていたらしい。
頬に空調の風を感じる。
いつの間にか、停電は収まったようだ。
昨夜の自分の行動が頭に浮かぶ。
きっと部屋は・・・
〇男の子の一人部屋
「え?」
目を開けると、いつもと変わらない部屋があった。
((夢だったのか?))
めまいと頭痛でくらくらする。
痛む頭を刺激しないよう、アキトは携帯の画面を薄目で確認する。
「なん、で・・・?」
『アキト、起きてる?』
そんなメッセージが入っていた。
送り主の名前は『カズマ』だった。
((いや、カズマは昨日・・・))
脳裏に記憶が蘇る。
強烈な吐き気を感じ、洗面台へと駆け込んだ。
胃の中のものを吐き出すと、幾分か頭もスッキリしたように思えた。
もう一度、画面を確認する。
携帯に表示されてる日付は、8月29日。
そして、メッセージの送り主は、やはりカズマだった。
((日付が戻ってる?))
アキトは困惑しながら、履歴を探る。
もし昨日起きたことが本当なら、『あのメッセージ』が残っているはずだ。
カズマの家族から送られた、彼の訃報を知らせるメッセージが──
ない。
どこにも、存在しない。
再びメッセージが入る。
送り主はやはりカズマだ。
『今日何してる? 話したいことがあるんだけど』
アキトの記憶には、一昨日、このメッセージのやりとりをした記憶がある。
あの時、自分は何を返答したかは思い出せない。
ただ、アキトは覚えている。
このやりとりをした十数時間後に、カズマの訃報を知らせるメッセージが入っていたことを。
慌ててカズマに電話をかける。
「アキト?」
「・・・カズマなのか?」
声が掠れる。
「本当にカズマなんだよな!」
「朝早くに悪いな」
「話ってなんだ。なんでも聞く!」
「電話で話すのは、ちょっと。 ──近くに来てもらっていいか」
「すぐにいく。 お前、変な気を起こすなよ。 待ってろ!!」
アキトは服を着込み、玄関へ向かう。
そして、ドアノブを捻ろうとしたとき。
ソレに気づいた。
「なんだ、これ」
真っ赤な炎のような石。
どこにも継ぎ目が存在しない。
まるで、左手の甲から飛び出しているかのようだった。
((いや、そんなことより))
カズマだ。カズマに会わなければ。
〇公園のベンチ
指定された場所に行くと、ベンチに腰掛けて、カズマはすでに待っていた。
カズマ「悪いな。呼び出して」
アキト「いいよ。それより話って・・・」
カズマ「単刀直入に聞きたいことがあるんだ」
カズマ「──お前だろ、俺を呼び戻したのは」
アキト「え・・・」
カズマはアキトの左手を掴む。
カズマ「やっぱりな」
カズマ「おかしいと思ったんだ。全部元に戻ってたから」
カズマ「──お前も契約したんだろ」
そう言って、カズマは左手を突き出した。
カズマの手の甲には、黒い石が輝いていた。
カズマ「お前は、俺の願いを否定したんだな」
アキト「・・・お前もあの夢を見たのか? いつ!」
カズマ「これ以上話す気はない」
カズマの左手が変質していく。
パキパキと音を立てながら、鱗のようなものが体を覆っていく。
カズマ「戦おう。お前は契約したはずだ」
──人間性を捨て、お前の願いを叶えると。
〇荒廃したショッピングモール
──怒号、閃光、熱風。
何度も繰り返す衝撃が何十、何百、何千の破壊を産む。
しかしそれを闇が包み、無へと返していく。
──そんな、何にもならないやりとりが、延々と続いている。
カズマ「諦めろ、アキト」
アキト「なんで、死ぬことなんか願ったんだ、カズマ!!」
二匹の獣の願いはこうだった。
アキトはカズマが生きることを願った。
カズマは己が世界から消えることを願った。
いずれかの獣の願いがかなえば、いずれかの獣の願いは潰える。
アキト「お前は、俺の大切な友達なんだぞ!!」
カズマ「錯覚だ。俺が死んだから勘違いしているだけだ」
アキト「何言って・・・」
カズマ「思い出せよ。あの日、お前がなんて答えたか」
『アキト、少し聞いてほしいことがあるんだ。1時間だけでいい。電話でもいいから、聞いてくれないか』
そのメッセージの続きは・・・
『今日は無理だ。そのうちな。』
アキトはそのやりとりを覚えていないわけではなかった。
けれど。まさか。
アキト「そんなことでお前、死んだのか?」
カズマ「違う。思いあがるな」
カズマ「けど・・・」
カズマ「もういいかと思ったのは、事実だ」
アキト「俺、知らなかったんだよ。 お前が思い詰めてるなんて!」
アキト「もっと早く、違う形で伝えてくれてれば・・・」
カズマの刀が、一閃する。
兜に剣がぶつかる甲高い轟音が鳴り響きアキトは思わず目を回す。
カズマ「思いあがるな!!」
カズマは悲鳴をあげる様に叫び、アキトの鎧を切り裂いていく。
鱗の装甲を削り取るような攻撃に、じりじりと圧される。
カズマ「面倒だなって思っただけだったんだろ!!」
振り上げた剣が、突き刺さる。
アキトの横顔、わずか数センチ。
アキトはカズマを見上げていた。
きっと面に隠されたその顔は、昨夜の自分の表情とそっくりなはずだ。
説明できない衝動。
八つ当たりのような怒り。
面に隠されたその顔は、きっと昨夜の自分の表情とそっくりなはずだ。
その時自分は何をしてほしいと願ったのか。
何をしてあげたいと思ったのかを思い出す。
アキト「だったら、今、吐き出せよ!! 聞いてやるから!!」
カズマ「お前に話すことなんかない!!」
アキト「それじゃ何もわかんねえだろ!!」
アキト「全部言った後でそれでも願いを叶えたいなら。俺はお前ともう一度、戦う!!」
アキト「お前の願いがかなわないように、絶対に俺は止める!!」
アキト「だから死ぬな。カズマ!!」
カズマ「・・・嫌になる。絶対に」
アキト「もしそうなったら、その時考える。 いいから。話せよ。 あの時、俺に話したかった事」
アキトは、カズマに左手を差し出す。
カズマはその手を取り、アキトを助け起こそうとした。
アキト「お前にいてほしいって、皆も思ってるよ。きっと」
アキトは、カズマの左手を頼りに起きあがろうとしたが・・・
──何かが。
腹に、何かが突き刺さる、感触。
アキト「カズ、マ・・・?」
カズマ「ごめん。アキト」
カズマ「──やっぱり信じられないんだ」
〇黒背景
〇公園のベンチ
アキトは、絶叫と共に目を覚ました。
周囲を見渡すと、公園に戻っていることに気づいた。
アキト「カズマ?」
この左手は、確かにカズマの手を掴んだはず。けれど──
慌てて、アキトはポケットに入れていたはずの携帯を取り出す。
表示されている日付は、8月31日。
アキトは携帯を確認する。
『あのメッセージ』が入っていないことを確認するために。
「無駄よ」
女「あなたは、カズマに敗れたの」
女「あなたの願いは叶わなかった」
女が携帯の画面を指差すと、そこには、カズマの訃報を告げるメッセージが表示されていた。
アキト「・・・なんで!!」
女「あなたが敗北したから」
女「──だけど、もう一度だけチャンスをあげる」
女「あなたの願いを一つだけ叶えてあげる」
女「契約しましょう。今度こそ。完全な契約を」
女は、そう言って左手を差し出した。
その手の甲には、カットが施された宝石が埋め込まれている。
女の背後には、いつの間にか高くなった空が広がっていた。
夏の終わりを知らせるその空が、新たな季節とともに、世界を変えていくことを告げていた──
ツァラトゥストラの蛇といえば喉を噛まれた牧人が思い浮かびますが、アキトは蛇の頭を噛み切ることができるのか、それとも永劫回帰に甘んじるのか。もしくはニーチェの提唱する脱皮し続ける蛇=自己超克の象徴なんだろうか。いろいろ想像できて面白かったです。
カズマとアキトが戦っている場面の記述から、とても臨場感を感じました。時間が交差しながらも、彼らの強い思いが生き生きと描けていて、その空間に引き込まれました。
壮大な世界観を感じる…!
もっと長尺で観たい…