ぼくらはアヤしいヒト

彩条あきら

ぼくらはアヤしいヒト【読切】(脚本)

ぼくらはアヤしいヒト

彩条あきら

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〇黒
  ぼくの名前は、前野カイザー=カイト。
  世間がいうところの「怪人」である。
  アヤしいヒトと書いて、怪人。
  とはいえ普通のヒトたちと同じで、
  アヤしいヒトにはアヤしいヒトなりの
  生き方や苦労というものが存在する。
  これはそんなぼくが、自分に少しだけ自信を持つまでのお話・・・。

〇古いアパート
  ピンポーン。
おじさん「こんにちは、押売新聞です!」
おじさん「ただいま、新規ご契約者様向けに キャンペーンをやっております!」
  安アパートの一室に響くチャイムと絶叫。
  ドアスコープからのぞく、
  威勢のよさそうな見知らぬおじさん。
  イヤな予感しかしないが、
  居留守を使うのもなんだか申し訳なく、
  ぼくは返事をしてしまう。
???「すみません、間に合ってます」
おじさん「そう仰らずに、是非お話だけでも──」
おじさん「ギャッ!?」
前野カイザー=カイト「新聞はもう五紙も契約してますんで・・・」
おじさん「か、かかかかかか怪人っ!?」
前野カイザー=カイト「安心して下さい、 こう見えて無害な怪人ですので」
前野カイザー=カイト「まあ、 たまにうっかり火炎放射しちゃいますけど」
おじさん「いや危ないじゃないですか、充分!?」
おじさん「そもそも怪人が、 何故こんなとこに住んでるんですか」
前野カイザー=カイト「仕方ないんですよ、 安月給だし安アパート住むしかないんです」
前野カイザー=カイト「怪人枠の就労って、 基本的に給料アップが望めないんで」
おじさん「待ってください、何の話です?」
前野カイザー=カイト「社会は怪人に世知辛いってことです」
前野カイザー=カイト「なのに新聞だけじゃなく、 ケータイまで三社も契約してるんですよ?」
前野カイザー=カイト「おかげで、最近生活がキツくて・・・」
おじさん「むしろ何故そんな大量に契約してんですか」
前野カイザー=カイト「必要ないけど、 話してるうちつい押し切られちゃうんです」
前野カイザー=カイト「時間を割いて来てくれた営業のヒトに、 申し訳なくて・・・」
おじさん「クソ真面目ですか?」
おじさん「あと、そんな恰好で そもそも人前出ないで下さいよ」
おじさん「ハッキリ言って、 出会い頭だと心臓に悪いですから」
前野カイザー=カイト「正体隠そうとすると、 昔から余計に怪しまれるんです」
前野カイザー=カイト「だったらいっそ、 変に隠そうとしない方がいいのかなって」
おじさん「クソ真面目の上に、バカ正直ときた・・・」
おじさん「もういいです、来るところ間違えた・・・」
前野カイザー=カイト「あの、新聞の契約はいいんですか?」
おじさん「もうそんな気分じゃないんですよ」
おじさん「あと忠告しときますけどね、 立場が逆!逆!」
  そうして話を打ち切ると、
  面倒そうにそそくさ帰っていくおじさん。
  が、ぼくは決して
  おじさんの危機を見逃しはしない。
前野カイザー=カイト「あっ、そこ気を付けて!!」
おじさん「ギャ――――ッ!?」
  ゴロゴロゴロゴロ、ドッシーン!
  言い忘れていたが、
  ここは一応アパートの二階。
  悲鳴を上げたおじさんは、
  階段から盛大に転げ落ちていく。
  腰を打ち付けて心底痛そうだ。
おじさん「・・・いきなり大声出すなよっ!?」
おじさん「脅かされて怪我したって警察にチクるぞ、 この野郎!」
前野カイザー=カイト「ご、ごめんなさい・・・」
  そうしておじさんは、終始ぶつくさと文句を垂れながら去っていった。
  彼の言った通り、
  ぼくはクソ真面目でバカ正直。
  ついでにいえば、
  普通のヒトたちよりむしろ善良という
  自負すらある。
  全ては怪人であるというだけで、
  アヤしいヒトと見なされないために
  している配慮だ。
  だけど結果は、損をしたり
  トラブルに巻き込まれるばかりの日常。
  ぼくの人生とは果たして、
  何なのだろうか・・・?
  そう思っていた、矢先の出来事だった。

〇安アパートの台所
  プルルルル。プルルルル。
  ひと息ついていたところで、
  ケータイの着信音が鳴り響く。
  待ちに待った電話が来て一転、
  ぼくは密かに胸を躍らせる。
オペレーター「こちら、全民共済事務局です」
オペレーター「お申込された、前野カイザー=カイト様で お間違いないですか?」
  電話口から聞こえてくるのは、
  丁寧な女性の声。
オペレーター「申請内容について、 いくつかご確認したいことがございます」
オペレーター「お申込みは、若年向け月額二〇〇〇円の 医療生命共済コースですか?」
前野カイザー=カイト「はい、最近ちょっと生活が苦しくて」
前野カイザー=カイト「万が一のために、共済とか保険とか 何かしら入っておこうかなと」
オペレーター「わたくしどもをお選びいただき、 ありがとうございます」
前野カイザー=カイト「申込書類が、 いつも郵便受けに入ってるんです」
前野カイザー=カイト「書類がペラ一枚で簡単だし掛け金安いし、毎年払い戻しもあるしで、ハードル低くて良さそうかなって」
オペレーター「年齢性別問わず 誰にでも幅広くご利用いただけるのが、 全民共済のメリットとなっております」
  相手の態度に安心してか、ぼくは言う
  必要のないことまでつい喋ってしまう。
  この後、手痛いしっぺ返しが
  待ち構えるのも知らずに・・・。
オペレーター「ところで、健康告知欄には 薬を服用中とあるのですが」
前野カイザー=カイト「抗燃焼薬ですね」
前野カイザー=カイト「いわゆる、火炎ぶくろの反応を抑える薬を 一日一回飲んでるんです」
前野カイザー=カイト「怪人なんで、生まれつき 火炎放射能力が備わってまして・・・」
オペレーター「カイト様」
オペレーター「申上げにくいのですが、 健康告知に該当するお客様は原則、 ご加入をお断りしておりまして」
前野カイザー=カイト「いえ、それは分かってます」
前野カイザー=カイト「ただ、内容次第では加入できるとも書いてあるので、現実的に低リスクなら大丈夫なのかなって」
オペレーター「ええ、 ですが原則加入をお断りしておりまして」
前野カイザー=カイト「一応質問ですけど、抗燃焼薬って共済側は 具体的に何のリスクを想定してるんです?」
前野カイザー=カイト「副作用で異常行動とかならともかく、別に 何事もなく普通に暮らしてますけど・・・」
オペレーター「申し訳ありませんが、 原則不可となっておりますので・・・」
前野カイザー=カイト「・・・・・・」
前野カイザー=カイト「いや、まあ、分かりますよ」
前野カイザー=カイト「実は前にも一度、 同じ理由で断られてるんで」
オペレーター「はい?」
前野カイザー=カイト「だけど断られた後も、やっぱり申込用紙が 何度も何度も郵便受けに入ってて・・・」
前野カイザー=カイト「だから何か制度が変わって、今では入れるようになったのか確かめたくて・・・」
オペレーター「申し訳ありませんが、 ポスティングスタッフの配布地域は、 わたくしどもでは把握しかねまして・・・」
前野カイザー=カイト「・・・そうですか」
オペレーター「では、 書類はこちらで破棄させて頂きますね!」
オペレーター「この度はありがとうございました!」
  ツーッ、ツーッ、ツーッ・・・。
  残酷きわまる事実を、極めて明るい声で
  告げた電話が、そして一方的にとぎれる。
  その寸前に電話の向こうで大きなため息がしたのを、ぼくは聞き逃さなかった。

〇安アパートの台所
  ・・・誰にも悪意はないのだと、
  頭では分かっている。
  だけど向こうから訪ねてくる相手は、
  ほとんど例外なくぼくという存在自体を
  認識しておらず。
  逆にこちらから存在をアピールしてみれば今度は露骨に「アヤしいヒト」と見なされ相手にされず。
  たまに相手にされたかと思えば、
  つけ込まれてカモにされるのが精々で。
  ・・・本当に、
  ぼくの人生って何なのだろうか。
  怪人は所詮、
  怪人としてしか生きられないのか。
  ぼくの生き方って、
  そんなに間違っていたのかな・・・。
  ・・・・・・。
  ピーンポーン。

〇古いアパート
ポリスマン「やあ、 わたしは警官ヒーローのポリスマン!」
ポリスマン「この家にさっき、新聞勧誘の男が来て 階段から落ちなかったかい?」
前野カイザー=カイト「ええ、来ましたよ」
前野カイザー=カイト「ついに逮捕ですか」
ポリスマン「ああ、逮捕だ!」
前野カイザー=カイト「やっぱりそうですか・・・」
前野カイザー=カイト「たしかに、ぼくの所為で階段から 落ちたみたいなもんですからね・・・」
前野カイザー=カイト「自分なりに一生懸命生きてきたつもり だけど、結局良いことなんてひとつも なかったな・・・ハハハ・・・」
ポリスマン「ん? 待て待て、 なんだか誤解してないかい?」
ポリスマン「逮捕は君ではなく、 その新聞勧誘の男の方だよ」
ポリスマン「わたしはむしろ、 君にお礼を言うため来たんだ」
前野カイザー=カイト「・・・えっ?」
ポリスマン「あの男、新聞勧誘をよそおっていたが、 実は空き巣の常習犯でね」
ポリスマン「留守宅の物色や、 ターゲットの経済状況把握に便利だから、 勧誘員を名乗っていたそうなんだ」
ポリスマン「君の場合、それほど貯金がないと判断して 見逃したらしい」
前野カイザー=カイト「・・・マジですか」
前野カイザー=カイト「どおりでなんか言葉遣いが悪いと思った」
ポリスマン「おまけにあの男、 とにかく逃げ足が速くてね」
ポリスマン「恥ずかしい話だが、これまで散々逃げられていたのを今日やっと捕まえたんだ」
ポリスマン「ここで転げ落ちて腰を痛めた所為だというから、キッカケを作ってくれた君に ひとこと感謝を伝えたくて」
前野カイザー=カイト「大したことなんてしてませんよ」
前野カイザー=カイト「ただ怪人だからって理由で、 アヤしいヒトと思われたくなかっただけで」
前野カイザー=カイト「今回たまたま上手く回っただけで、 結局はトラブルとか損してばかりです」
前野カイザー=カイト「正直、 怪人になんか生まれたくなかった・・・」
ポリスマン「だがお陰で君は、まだ見ぬ大勢の人たちを 犯罪被害から救ったんだよ」
ポリスマン「それに、犯罪者の口からクソ真面目でバカ正直なんて評されるのは、ある意味で光栄なことだ」
前野カイザー=カイト「そうですかね・・・?」
ポリスマン「・・・本来、わたしなんかには 言われたくないかもしれないが」
ポリスマン「君には資格がある。 もっと自分という存在に自信を持ちなさい」
前野カイザー=カイト「!」
ポリスマン「では、さらばだ!」
  爽やかな仕草を後に残し、
  警官ヒーローは去っていく。
前野カイザー=カイト「・・・・・・」
前野カイザー=カイト「・・・持ってもいいのか、自信」

〇黒
  アヤしいヒトと書いて、怪人。
  だけどその大多数は、アヤしいところが
  あるだけの、基本的に善良なヒトたちだ。
  ぼくらは今この瞬間も、社会のあちこちで日々の暮らしを生きている。
  ほら、よく見れば君のすぐ隣にも・・・。
前野カイザー=カイト「そうだな・・・」
前野カイザー=カイト「今度しつこい勧誘が来たら、フフフ・・・」
  ・・・基本的には善良なヒトたちだ。
  ・・・おそらく、たぶん。
  そう、ぼくらはアヤしいヒト――――。

コメント

  • 今のところ指一本動かすことなく犯罪者を階段から突き落としたりして瓢箪から駒の活躍ぶりだけど、クソ真面目の上にバカ正直な人が本気出したら怖そうですよね。ところで、前野さんは普段何の仕事してるんですかね。

  • 偽新聞勧誘の男とのやり取りがおもしろくて笑ってしまいましたが、後半の全国共済とのやり取りで切なくなりました。短いストーリーの中にそういうアクセントもあり、フィナーレでメッセージを受け取られ、すごくよくまとまっていると思います。

  • 今度来たら…何するの⁉︎(ワクワク)

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