1枚目・プロローグ ~失踪していた少女の証言~(脚本)
〇住宅街
春野 泉美「ただいま・・・瑞希《みずき》」
高校の制服に身を包み、紫紺色《しこんいろ》(紫色)の髪をポニーテールに結んだ青い瞳をした少女
泉美《いずみ》が絞り出すような声で「ただいま」を言った瞬間、瑞希は駆け寄り抱きしめた。
春野 泉美「み、瑞希!?」
突然抱き付かれた少女「春野 泉美《はるの いずみ》」は、その青い目を白黒させて驚く。
一方、ハーフアップにした髪に、飾り気のないシンプルなべっ甲のバレッタをへアゴムを隠すように髪に着け
光を失った紫の瞳に銀縁の長方形のメガネをかけた彼女は、泉美の同じ高校の同級生で同じクラスメイトである
「皆倉 瑞希《みなくら みずき》」
彼女は驚く泉美をよそに、抱きしめる力を強くする。
皆倉 瑞希「泉美!泉美!!泉美!!!」
ただただ泉美の名前を連呼し泣き続ける瑞希。
その姿は普段の彼女を知る者からすると、とても信じられない光景だった。
いつも毒舌ばかりで光を失った瞳からは涙など流したことがなく、いつも無表情
たまに睨みつける程度で、ニヒルに笑うことがあるくらい。
そんな彼女が人目もはばからず、泣き続けている。
その場に居る、泉美の父親や弟
泉美と瑞希の母、誰もが唖然とし
数秒後には涙した。
春野 泉美「瑞希、ごめんね。ごめん」
彼女に誘われるように泉美も涙を流しながら、強く瑞希を抱きしめた。
〇女の子の一人部屋
泉美の家の前で再会した2人は、場所をお隣の瑞希の家に移すことに、そのまま瑞希の部屋へ移動した。
部屋に置かれたテレビからは、朝の全国ニュースを女性キャスターが読んでいる。
女性アナウンサー「―――市、桜門町で失踪事件があって 約6ヶ月。 行方不明だった春野 泉美さんが昨晩、無事発見されました」
女性アナウンサー「事件当初、家出説、誘拐説、神隠し説など、物議をかもしたこの事件」
女性アナウンサー「昨夜、泉美さんが発見されたのは、最後に目撃された場所に近い桜門神社の境内で」
女性アナウンサー「発見時彼女は失踪時と同じ制服を着用し、怪我などの外傷はなく至って健康であるとのことです」
女性アナウンサー「ですが、警察による6ヶ月間どこで何をしていたのかという聞き取りには『覚えていない』との返答を繰り返しているそうで」
女性アナウンサー「警察関係者によると医師の診断では記憶喪失ではないかということです」
女性アナウンサー「果たして彼女が6ヶ月間一体どこに居て、どう生活をしていたのか?」
女性アナウンサー「誘拐なのか?単なる家出だったのか?はたまた神隠しに会っていたのか?」
女性アナウンサー「謎の究明は難しいのではないかと警察関係者は答えています」
女性アナウンサー「さて、ここからは話題を変えて紅葉のニュースです。 今年も紅葉が―――」
【ピッ】
学習机の椅子に座っている瑞希はテレビを消すと、ベッドに腰かけている泉美の方を向き直した。
皆倉 瑞希「で、本当はどこに居たの?」
瑞希は先ほどまでの涙が嘘のように、能面のような無表情と冷たい声で語りかけてきた。
春野 泉美(やっといつもの瑞希に戻ったな)
そう思いながら、泉美は彼女の目をしっかりと見て答えた。
春野 泉美「今のニュース見たでしょ? 覚えてないんだってば、気が付いたら神社の社殿の前に居て―――」
皆倉 瑞希「嘘」
春野 泉美「嘘って・・・何を、根拠に?」
皆倉 瑞希「根拠? 根拠ならいくつかあるけど、一番は勘ね」
春野 泉美「か、勘・・・」
思わず絶句する泉美だったが、気を取り直し話し続ける。
春野 泉美「でも本当のことだし」
春野 泉美「6ヶ月前に神社の社殿で『学園祭で演劇の公演がうまくいきますように』って祈願したまでは覚えてるの」
春野 泉美「でも、その後、目の前が真っ暗になって、気が付いたら6ヶ月も経ってて、境内に立ってたって訳」
丁寧に説明する泉美、だがその姿を見ても瑞希は眉一つ動かさず声も冷たいまま。
皆倉 瑞希「あの『ただいま』を言った時、あなたは絞り出すような声で言った」
皆倉 瑞希「本当に6ヶ月分の記憶が消えてるなら、あなたの中では最後に会ってから1日しか経ってないはず」
皆倉 瑞希「なのに、あれは・・・あの『ただいま』は久しぶりに・・・奇跡的に会えた『ただいま』だった」
突きつけるような言葉にも、泉美は少しも動揺するそぶりを見せず、瑞希の目を見続けた。
春野 泉美「あれは瑞希が寝込んだって聞いたから、不安だっただろうなって・・・」
皆倉 瑞希「苦しい言い訳ね」
春野 泉美「苦しい言い訳って・・・本当のことだし」
皆倉 瑞希「目・・・泳いでいるわよ」
春野 泉美「うそ!しっかり瑞希の目を見て―――」
皆倉 瑞希「やっぱり・・・」
ため息交じりにうつむく瑞希の言葉に、慌てふためいていた泉美は罠にハマったことに気づいた。
春野 泉美「ダマしたの!?」
皆倉 瑞希「鎌をかけただけよ」
皆倉 瑞希「言ったでしょ?一番は勘だって、何年あなたと腐れ縁していると思っているの?」
皆倉 瑞希「だけど流石と言うべきかしら、嘘をついている時、一切視線を逸らさずに嘘を吐き通した」
皆倉 瑞希「さすが腐っても演劇部ね」
皆倉 瑞希「だけど・・・やっぱり嘘ついてた」
泉美を睨みつける瑞希は相変わらずの仏頂面だったが、その瞳には怒りがにじんでいた。
春野 泉美「それは!」
春野 泉美「私は瑞希のこと、ちゃんと親友だと思ってる!」
春野 泉美「でも・・・」
そこまで言って、泉美は苦悶に満ちた表情で視線を逸らした。
春野 泉美「こんな話信じてもらえるはずない。だから言えるはず―――」
皆倉 瑞希「それはあなたの決めることじゃない!!」
うつむきながら叫ぶ瑞希。
その姿に泉美は言葉を失ってしまった。
皆倉 瑞希「あなたが居なくなってから、私がどんな生活してたか分かる?」
皆倉 瑞希「最初の数日は、すぐに戻ってくるって高を括ってた」
皆倉 瑞希「でも、あなたは戻ってこなかった」
皆倉 瑞希「それから眠れない日々が続いた」
〇女の子の一人部屋
皆倉 瑞希「心配で心配で心配で気が狂うかと思った」
皆倉 瑞希「気が付いたら病院のベッドの上で点滴を打ってて、すぐに退院したけど睡眠薬なしでは眠れなくなってた」
皆倉 瑞希「毎日、ママから渡される睡眠薬を飲みながら、朝目覚めれば、あなたが「おはよう」っていつもみたいに来てくれる」
皆倉 瑞希「そう信じながら眠りについた」
皆倉 瑞希「でも、朝目が覚めるとやっぱりあなたは居なくて」
皆倉 瑞希「毎日毎日、日中はベッドの上でガタガタガタガタ震えながら過ごした」
皆倉 瑞希「パパの時みたいに、大切な人がいなくなるんじゃないかって」
皆倉 瑞希「もう二度と会えないんじゃないかって、毎日、怖くて怖くて不安に押しつぶされそうだった」
春野 泉美「瑞希・・・」
皆倉 瑞希「今朝、あなたが見つかったって、おば様から電話で聞いた時は這ってでも迎えようと思った」
皆倉 瑞希「でも玄関まで行った時に、間違いだったらどうしよう?」
皆倉 瑞希「見つかったって、そっちの意味だったら!?」
皆倉 瑞希「そんな悪い予感が頭から離れなくて・・・」
〇女の子の一人部屋
皆倉 瑞希「それでも外に出たら、あなたは『ただいま』って言ってくれた」
皆倉 瑞希「あの時は、自分でも驚いたわ。もう一生分の涙が流れたんじゃないかってくらい泣いた」
皆倉 瑞希「それなのに!なに!?」
皆倉 瑞希「覚えてないって嘘ついて!私を親友だって言ってくれた癖に、私があなたの言葉を信じられないって決めつける!!」
皆倉 瑞希「ふざけないで!!!」
皆倉 瑞希「どんなに信じられないことだって聞かせてよ」
皆倉 瑞希「たとえ小説みたいな話だったとしても、笑ったりしない」
皆倉 瑞希「一生癒えないような心の傷を負ったくらいの辛い体験だっていうなら、一緒に泣いてあげる」
皆倉 瑞希「私を親友だっていうなら・・・一生の友達だっていうなら・・・話してよ」
皆倉 瑞希「お願いだから・・・」
彼女の声は、最後は絞り出すような声に変っていた。
そして、ようやく顔を上げた彼女の顔はやはり無表情。
だが、光が失われた瞳からは一筋の涙が流れていた。
その言葉を聞いて、泉美の決意は折れた。
春野 泉美(ごめんなさい。 いくら信じてもらえないだろからって、親友に嘘を付き続けるなんて私には無理だよ・・・)
泉美は神妙な面持ちで、瑞希を見た。
春野 泉美「ごめんね、瑞希・・・分かった、全部話すよ」
皆倉 瑞希「最初からそう言えばいいのよ」
瑞希は泉美から視線を逸らさずに言った。
だが、頬を伝う涙に気が付くと、彼女は慌てて目をそらしティッシュで涙を拭いた。
皆倉 瑞希「・・・それで、本当は何があったの?」
春野 泉美「うん、ちゃんと話すよ」
春野 泉美「だけど、瑞希の言ったみたいに小説みたいな話だけど笑ったりしない?」
皆倉 瑞希「小説みたいな話ねぇ。それは楽しみだわ」
瑞希はニヒルな笑顔を浮かべた。
春野 泉美「笑わないって言ったじゃん」
皆倉 瑞希「これは楽しみの、笑みよ。フフ」
春野 泉美「左様ですか」
瑞希の返しにあきれ顔になりながら、泉美は左手で口を覆い考え始めた。
春野 泉美「えっと、どこから話せばいいかな? まずは私が演劇部の公演でやる役が決まった時からだなぁ~」
時は6ヶ月前、泉美達が通う桜門高校の部室から始まる。