最近の人間さん(脚本)
〇ビルの屋上
死ぬかと思った。
いや・・・・・・
本当なら死んでいた。
だって俺は、間違いなく、この屋上から落ちたのだから。
ポッキリと折れた手すりが、それを証明している。
・・・・・・死ぬかと、思った。
手が、身体が、ガクガクと震えている。
太陽はカンカン照りだっていうのに、汗がやけに冷たく感じる。
怖かった。
死のう死のうと思ってたってのに、いざ死にかけるとこのザマだ。
ああ、なんて情けない。
〇教室
俺はいつも、中途半端だ。
〇ビルの屋上
・・・・・・そうだ。
雨野陽介「・・・あの」
俺は振り返る。
そこにいるのは長谷川だ。
長谷川つばさ「あっ! ぶなかったですね!」
長谷川つばさ「いやあ、雨野さん落ちる前に引き上げられて良かっ」
雨野陽介「いや俺落ちましたけど」
長谷川つばさ「落ちる前に」
雨野陽介「いや俺落ちましたけど!?」
長谷川つばさ「・・・・・・そ、そうでしたぁ?」
長谷川はわざとらしく、小首を傾げてみせた。
ちなみに、声はさっきから妙に上擦っている。
誰がどう見ても・・・・・・
動揺して、誤魔化そうとしている。
それで俺は逆に、妙に冷静になって、確信を抱くわけだ。
雨野陽介「長谷川さん」
長谷川つばさ「はい?」
雨野陽介「飛んでましたよね?」
長谷川つばさ「・・・・・・飛ぶ、とは?」
雨野陽介「なんかぱあーって光って、翼が生えて」
雨野陽介「飛んで俺を助けましたよね?」
長谷川つばさ「お、落ちかけて気が動転してるんじゃあ」
雨野陽介「してません」
長谷川つばさ「・・・・・・」
雨野陽介「・・・・・・」
長谷川つばさ「・・・・・・・・・・・・」
雨野陽介「長谷川さん」
長谷川つばさ「・・・・・・うう~」
長谷川つばさ「あの、雨野さん」
長谷川つばさ「見なかったことに・・・・・・」
雨野陽介「できませんよ、あんなの」
俺はきっぱり言った。
あんなものを見ておいて、助けてくれてありがとうございました、で済ませられるわけがない。
ストーカーか? ってくらい俺が死ぬのを邪魔しようとして、
いざ死にそうになったら翼が生えて、飛んで、助けて。
この女は一体何なんだ?
長谷川つばさ「ええ~・・・どうしよう・・・・・・」
長谷川は口をもごもごさせている。
俺はそれをじっと見ている。
じわじわと、忘れかけていた夏の暑さが戻ってきた頃だ。
長谷川つばさ「・・・・・・雨野さん」
雨野陽介「はい」
長谷川つばさ「ここで話すのも何ですから」
長谷川つばさ「お茶でもしません?」
観念した様子で、長谷川はそう言った。
〇シックなカフェ
長谷川つばさ「・・・・・・ということなんですけど」
長谷川つばさ「分かっていただけました?」
雨野陽介「・・・」
雨野陽介「・・・・・・」
雨野陽介「あー・・・すみません」
雨野陽介「もう一回説明してもらえます・・・?」
長谷川つばさ「もちろん!」
そうして、"ビルから落ちた俺を飛んで助けた"長谷川は、
すっかり開き直った調子で話し出した。
飛んで、って言うのは文字通りだ。
目の前の長谷川は本当に、空を飛んで、俺を助けている。
だって──
長谷川つばさ「私は神様からの使命を受けてこの地上にやってきました」
長谷川つばさ「人間さん達が仰るところの、天使という存在です」
と、言っている。
確かに天使は飛べるだろう。
翼があるのも納得だ。
今は長谷川の背に翼は生えていない。
収納可能なのか。便利だなあ。
・・・俺は、頼んでいたウーロン茶を飲み干してしまった。
現実逃避がしたかった。
二回目の説明だが、意味が分からない。
いや、意味は分かる。
分かるのだが。
天使?
この女、おかしいのか?
しかし、実際に俺はこの女に助けられている。
〇空
長谷川つばさ「雨野さん!!」
〇シックなカフェ
それは事実だ。
あの翼は幻覚なんかじゃない。
俺の頭はまだ正常なはずだ。
・・・多分。
長谷川つばさ「すべての生き物には天命が定められているんです」
長谷川つばさ「誰がどう生きてどう死ぬのか、 神様の思し召しで」
長谷川つばさ「でも・・・・・・」
長谷川つばさ「最近の人間さん、すぐ死んじゃうんですよ」
長谷川は眉尻を下げた。
カラン、とその手元にあるオレンジジュースの氷が冷たい音を立てる。
諸説あるらしいが、"自殺をする生き物は人間だけ"というのは聞いたことがあった。
そりゃ、そうだろうと思う。
人間は無駄に頭が良く、無駄にややこしい。
だから、死にたくもなる。
長谷川つばさ「で、神様としては、それってすっごく困るんです」
長谷川つばさ「決めていたことが予定通りにいかなかったら」
長谷川つばさ「困るのは人間さんも同じですよね?」
雨野陽介「まあ・・・そうかもしれませんね」
お冷を注ぎに来てくれた店員さんが怪訝そうな顔をしている。
はたから見たら怪しい宗教勧誘だろう。
この喫茶店には二度と来れないな・・・
長谷川つばさ「そこで!」
俺のそんな気も知らず、長谷川は人差し指を立て勢いよく言う。
長谷川つばさ「人間さんを死なせないように派遣されるのが、"天使"です」
長谷川つばさ「私は雨野さんが死なないように見守ってたんです」
長谷川つばさ「・・・まあ、本当はバレちゃいけないんですけど・・・」
雨野陽介「バレてますね」
長谷川つばさ「あ、あはは」
長谷川つばさ「ええと・・・そういうわけなので」
長谷川つばさ「私、雨野さんに死なれたら困っちゃうんです」
・・・ひとまず、この女が言っていることが正しいとする。
長谷川は・・・いや、神様とやらは、俺が死んだら困るらしい。
で?
雨野陽介「いや、でも俺死にますよ」
長谷川つばさ「えっ」
雨野陽介「生きてたくないんで・・・」
長谷川つばさ「そんなあ」
正直なところ、どうでもよかった。
人を困らせるのは別に趣味でもないが、それはそれとして、神様のために生きる義理も無い。
というか、会社で言う社長だろう、神様は。
自分で立てた計画・・・天命? くらい、自分でどうにかしてほしい。
俺はそんなこと知ったこっちゃない。
長谷川つばさ「あの、あの、雨野さん・・・ ど、どうしたら生きてくれますか?」
雨野陽介「ええ・・・」
長谷川は困り果てた、必死の形相で俺に訴えかける。
雨野陽介「まあ・・・たとえばですけど、金があれば・・・?」
長谷川つばさ「お金で良いんですか?」
俺の適当な返事に、長谷川はぱあっと笑った。
長谷川つばさ「それなら簡単です! じゃあ行きましょう」
雨野陽介「え? ど、どこに?」
長谷川つばさ「あっ、お会計は私がしておきますね!」
長谷川はテーブル上の伝票を持って、さっさとレジに行ってしまった。
人類が抱く”天使”の概念を見事にぶち壊してくれる存在ですね、つばさちゃんは!いや、とってもイイ子ではあるのですけどw 彼女の力をこれから見ることができるのか、楽しみになってきます。