美容師だった男と、過去を想う女

夕顔

読切(脚本)

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〇簡素な一人部屋
  3Bは付き合うなとよく言うが、あなたはどう思うだろうか。
  昔セックスした男が、美容師だった。
  その男は派遣先のグループリーダーで、仕事終わりによく飲みに連れていって貰ったものだ。
  私は女にしては酒をよく飲む方で、大抵の男達は私より先に酔い潰れていた。
  それが面白くなくて、一人で居酒屋に行き始めていた頃、その男と店で遭遇した。
  その男は『女の子一人でって言うのは心配だから』と、私を行きつけの店に連れて行ってくれる様になった。
  飲みに行く日はいつも同じペースで飲んでいる筈なのに私が潰れてばかりで、
  駅でタクシーにのせて貰うまでが流れだった。
  ある日、ふと思ったのだ。
  ──この人に抱かれてみたい、と。
  若さ故の性に奔放ななんとも無責任で自傷的な事だと今では思うが、その時はただ目先の欲に呑まれていた。
  冗談めかして『家に行きたいです』と言うと、男は軽く『いいよ』と承諾した。
  わくわくした。
  今日私は彼に抱かれるのだと。
  ──結果として、朝まで行為は続いた。
  ピロートークなんて甘いものはなく、それでも私は満足していた。
  お互い遊びだと割りきっていたからこその満足感。
  職場の仲間と寝ると言う背徳感と、この人に抱かれたと言う高揚感。
  それを内心噛み締めながら、何事も無いような顔で服を着ていた。
女「部屋、散らかりすぎですよ。 煙草の吸い殻溢れてるじゃないですか」
男「・・・忘れてた。 あ、俺にも煙草一本チョーダイ」
女「ライターはそこに転がってますからね」
男「へいへーい」
女「あれ、このハサミなんですか?」
男「んー? ・・・あー、昔ね、美容師だったの」
女「えっ、今と業種全然違いません?」
男「こっちの方が稼げるからねー、転職」
女「あー、確かに技術職って一部しか儲からないですもんね」
男「そーそー。 あ、因みにもうすぐ昇進。ここだけの話」
女「おや、それはおめでとうございます。 お祝いに飲みにでも行きます?」
男「その前に腹減ったからラーメン食お」
女「了解です」

〇街中の道路
男「ご馳走さーん」
女「ご馳走さまでした、美味しかったです」
男「さて、飯も食ったしどうする?」
女「お祝い飲みしましょうよ。 あ、流石にしんどかったら帰りますけど」
男「・・・あ、ちょっと待って。 職場から連絡入ってる」
女「仕事ですか?」
男「あー・・・ 午後から出社になったわ」
女「あらま。じゃあ今日は帰りますね」
男「そうするか。 じゃあ気をつけてな」
女「そちらもお仕事頑張って下さい」
男「おー。じゃあまたな」
女「お疲れ様です」

〇電車の中
  電車に乗り、一人。
  昨晩からの事を思い出せば、体が熱くなった。
  次はいつだろうか。
  そもそも関係が続く保証はないのに、何故だか次があると確信していた。
  その『次』は、案外直ぐだった。

〇オフィスのフロア
  月曜日、平然とした顔で出社し、いつも通りに仕事をこなす。
  すると、頭に軽い衝撃。上を見ると彼だった。
男「ちょっと来て」
女「喫煙所ですか?」
男「そ」

〇学校の屋上
女「何か不備がありましたか?」
男「もう一人の子派遣切ることになったから報告」
女「・・・何かあったんです?」
男「仕事のスピードとクオリティに問題がね」
女「なるほど。了解です」
男「あれ、あっさりだね」
女「会社の決めたことなら私は何も言えないですよ」
男「確かに」
女「そういえば、今日はお忙しいですか?」
男「普通かな、通常通りって感じ」
女「じゃあ終わるの待ってますね」
男「金曜も飲んだばっかりじゃん」
女「ダメです?」
男「・・・いいよ、じゃあ後程」
女「はい、お疲れ様です」

〇簡素な一人部屋
男「そんなにしたかったの?」
女「そういう訳じゃないですけど」
男「本当は?」
女「ただ会いたかっただけですよ」
男「・・・そういうとこ悪い女だよね」
女「お互い様では?」
男「それは否定できない」
女「・・・髪、今度切ってくれませんか?」
男「髪?」
女「美容師だったんですよね。 あ、お金は払うので!」
男「いいけど、もう上手く切れないかもよ」
女「あなたに切って貰いたいだけなので、クオリティはお任せします」
男「凄いプレッシャーかけるね」
女「すみません。 あ、パジャマ貸してください」
男「泊まってく?明日も仕事だけど」
女「この時間もう帰れないんで泊めてください」
男「あー、もうそんな時間だったのね」
男「パジャマってものが殆どないから、クローゼット適当に漁って」
女「はーい」
  そんな日が週に1、2回のペースで続いていた。
  自宅に帰る日はなんとなく寂しくて、彼との会話や行為を思い出していた。

〇学校の屋上
  ──ある日、別れは急に訪れた。
  いつもの様に喫煙所に誘われついていくと、彼はいつもの調子で話し始めた。
男「おたくの会社に用があって問い合わせしたんだけどさ」
女「はい」
男「向こうが契約期間を伝え間違えてたことが発覚した」
女「・・・は?」
男「入力ミスで1ヶ月違ったって」
男「そんで、次の現場はもう決まっていると。 ・・・しかも明日から」
女「え・・・ 今持ってる仕事どうしたらいいんですか」
男「作業は中断して今日中に引き継ぎ、かな」
女「・・・了解です」
男「意外とあっさりだね」
女「・・・会社の決めたことなら私は何も言えないですよ」
男「・・・ごめんな、急で」
女「あなたが謝ることじゃないです。 こちらこそ弊社がすみません」
男「お前が謝ることでもないよ、俺の確認ミス」
女「・・・短い間でしたが、お世話になりました」
男「・・・おう、こちらこそ」
女「髪、切って貰えませんでした」
男「次の現場、慣れて落ち着いたら飯でも行こ」
女「約束ですよ」
男「よし、じゃあ引き継ぎ宜しくな」
女「はい!」

〇オフィスのフロア
  ──そうして私は次の現場に行く事となった。
  そこではバタバタと慣れない仕事が山の様に積もっていき、彼に連絡を取ることができなかった。
  元々向こうから連絡してくることも少なかった為、あっさりと私たちの関係は終わった。

〇幻想
  今私の髪を切るのは、2年前に結婚した旦那。
  さらさらと落ちていく髪の毛を見て思うのは、なんとなく彼の事だった。
  不純な動機だった。
  ──けれど、私は恋をしていた。
  
  どんな形でどんな結果であれど、あれはたしかに純愛だった。

コメント

  • 何か障害があるわけでもないのにそれ以上に発展しない男女の仲ってありますよね。この先、夫に髪の毛を切ってもらうたびに彼女は彼の事を思い出すんでしょうね。ちょっと懐かしくもあり、切なくもあり。大人の女性の思い出ですね。

  • ご主人には申し訳ないと思いつつも、ふとした瞬間に思い出してしまう過去の記憶というのはとめられませんね。でもやっぱり手の届かない思い出だからこそ美しいんでしょうね。

  • 基本的に感情を抑えた言動が見られる日常の主人公の、抑えきれずか衝動的に感情のままに動く様子が情感豊かに描かれてますね。決して”二面性”という言葉で片づけるのではなく、どちらも含めて彼女の人格なのだなーと思わされます。

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