火のこども(脚本)
〇山の展望台
街が一望できる高台の展望台に見かけたことのある女性が街を見下ろすでもなくぼんやりと考え事をしてたたずんでいた。
その女性はオレの家の近所に住む女性だ。
見かけるとあいさつをする程度だ。その女性と旦那さんと子供の三人で暮らしている。
〇山の展望台
オレの名前はゆうきという。この町の学生だ。勉強も運動もさほどできるわけでもなく、まあ・・・ごく普通の学生だが。
オレは人の影になり替わってその人の心を読むという能力を持っている。ひなたという子にだけ打ち明けてある。
またその話は後日、ということにして
展望台の女性の様子が気になったので
話しかけてみた。
オレは人に話しかけたりしないのだが、その女性があまりにも途方にくれた様子でぼんやり考え事をしているので声を掛けたのだ。
〇山の展望台
その女性の影になり替わって心を読むことも出来るのだがひなたという子に出会ってから何となく考え方が変わってきた。
話し合いで相手の本音をこちらがつかみ、
自分が考えることで正々堂々と相手の心を読み取る、その方が心地よい気がしてきた。
〇山の展望台
ゆうき「こんにちは。今日はこちらにお出かけですか」
母「あら、あなたは確か・・・ゆうき君ね? いつも挨拶してくれる時は学生服なので 一瞬誰か分からなかったわ」
思ったよりも相手がにっこりと言葉を返してきたのでまずはほっとした。オレは天気の話や眺めの良さの話などしてみた。
〇山の展望台
ゆうき「今日はお子さんが一緒じゃないんですか?」
そうオレが言ったとき相手の表情が少し曇った。子供の箏で何か考え事をしていたのだろうか。
〇山の展望台
母「私の子供は『エイ』というの。今日は保育園のお泊り会で明日家に帰るの。ゆうき君、おかしな話を聞いてくれるかしら」
ゆうき「オレで良かったらどんな相談にも乗りますよ。あまり頼りにならないかもしれないけど話してくれて気が楽になれば、いくらでも」
〇山の展望台
もうあたりは夕焼けになりかけて人も少なくなってきた。オレとエイ君のお母さんは
ベンチに座り話し始めた。
母「エイはゆうき君も気付いていると思うけど笑うことが難しい子供なの」
ゆうき(まあ、確かに通園の時もエイ君の笑った顔は見ていないな。 そういう子供なんだと特に気にはしていなかったが・・・)
ゆうき(笑うことが難しいって何だろうか)
〇山の展望台
母親は一呼吸おいて話を続けた。
母「エイは笑うとエイの体の中の物質とエネルギーが化学反応を起こして、身体の周りから炎が噴き出るの」
母「ちょうどこの夕焼けのような色の炎が。 大きな病院で検査を受けたり体質も改善しようとしたけどうまく進まないの」
思った以上に深刻な相談だ。どう返事を返せばいいのだろうか。オレもおかしな能力を持っているが。
オレの場合は他の人間の心を読んでいてもあまり人に気付かれないからな。笑ったら炎が噴き出すってどんな感じなんだろう。
〇山の展望台
母「エイが笑ったときに出る炎は私たちが触れても熱くなく、本人も熱くないそうです。 ほかの子供と変わったところもないのに」
母「私たち夫婦も家族以外には笑ってはいけない、とエイを育ててきました。 エイは笑うことはいけないことだと考えています」
母「そんなエイがかわいそうで仕方ありません。友達と楽しい話をして笑ったり、おもしろい話を聞いて笑うことができないなんて」
〇山の展望台
そうなんだ・・・。
特殊能力を持った人間は人に理解されないことが多くて孤独だよな。
わかる、わかるよ。
ゆうき「でもどうしてオレにそんな大事な話をしてくれたんですか」
母「そうね、こんな話を聞いてびっくりしたでしょう。でもひなたさんがこちらに越してきてひなたさんとゆうき君がよく公園で」
母「話すようになってからゆうき君も以前と違って晴れやかな顔になったわ。以前は何か悩みがあってそれが解決したのかなって」
〇山の展望台
その通りかもしれない。以前のオレは人付き合いもおっくうで自分から事態を改善しようとしなかった。ひなたの存在は大きい。
〇山の展望台
ゆうき「まあ、そんなところです」
事情が難しくなるので今回はエイ君の母親には話はしないが、落ち着いたらゆっくりオレの特殊能力についても話をしてみたい。
〇山の展望台
ゆうき「話はよくわかりました。 オレに一つ考えがあります。 ひとまず今日はこれで帰りましょう。 オレに任せてください」
オレとエイ君の母親は暗くならないうちに
帰路を急ぎ、オレは今度の休みにエイ君の家を訪ねることを約束した。
とはいえ妙案が浮かんだわけでもないが、まず本人に会って現状をなんとか打破したかった。
笑わない生活が楽しいはずがない。
他の人と楽しいことは共有したいし、
エイ君には自分で人生を楽しくしていってほしいな。
〇明るいリビング
休日、約束通りオレはエイ君の家にお邪魔した。おしゃれな家具や大きな窓がありとても気持ちが良い。
母「ようこそ、よくお越しになりました。 どうぞ中へ。 エイもゆうき君のことを待っておりましたのよ」
エイ君の母親がにこにこして出迎えてくれた。笑顔をなかなか見せないのでエイ君は友達も少ないらしい。
まあそうだろうな。オレも全然自慢ではないが特殊能力を人に知られるのが面倒で人付き合いも悪く友達らしいのは、ひなた位だ。
エイ「こんにちは。ゆうきお兄さん。 ぼくエイです」
エイ君は緊張しているが、とても賢そうなあいさつもしっかりできる子供だった。オレはできるだけフレンドリーに接した。
ゆうき「やあ、エイ君、これからエイ、と呼んでもいいかな。お兄ちゃんは何があっても驚かない。オレの前で思いっきり笑っていいぞ」
エイはそんなことを人に言われたことがなくとても驚いたようで、
ゆうき「えっ、ほんと?ゆうきおにいちゃんはぼくのほのおのことをしっているの?」
ゆうき「ああ、知ってるさ。今日からオレたちは友達だ。思いっきり遊んだり、話をしたり、笑ったりしよう」
〇明るいリビング
エイの顔に赤みが差し、エイはオレの前で初めて笑った。顔の周りに一瞬パッと炎が出た。
オレはその炎を見てエイの命が表に現れ輝いているように思えてとても美しいと感じた。
〇明るいリビング
ゆうき「エイは何をしているのが好きなんだ? 本を読むのが好きか? アニメを見るのが好きか? かけっこが好きか?」
エイ「ぼくね、ほんとはみんなとたのしいおはなしをしてみんなとわらっているのがすきなんだ。でもわらうとほのおがでるから・・・」
ゆうき「みんなが怖がるから笑えないのか。 でもその炎がでるからってみんなは やけどしたりしないんだろ?」
オレは以前は人に興味もなく、人が何をしようがオレには関係がないと思っていた。ひなたに出会ってから世界が広がった気がする。
ゆうき「お母さん、エイ君は笑えないんじゃなく自分で笑わない様に我慢しています。 この先もエイ君が笑うのを我慢するなんて」
ゆうき「人生の半分、いや9割くらい損しますよ。 周りに打ち明け、まずエイ君を理解してもらいましょう。それで周りが怖がるなら・・・」
ゆうき「それはそうなってからまた次の手を考えましょう。オレも協力しますよ。 エイ君のために協力させてください」
なんだかオレは熱く語り、違うオレになったようだった。自分の言葉で思いを伝えようと必死になる、そんなことは初めてだった。
母「ゆうき君、ありがとう。エイのことを思ってくれて。私は周りがどう思うかばかり考えてエイの気持ちを置き去りにしていたわ」
母「私、これからエイのために何とか頑張ってみる。困ったらゆうき君にまたお願いするかも」
そう言う母親の顔はわが子を思いやるやさしくも力強さを感じるものだった。
先回りして考え込まずに行動するんだ。
オレたちの話を聞いていたエイはにっこりと笑った。その時夕焼け色の炎がエイの顔の周りに出たがオレはそれを美しいと感じた。
〇明るいリビング
その後少しエイと遊び、オレがふざけて変顔をしたときエイは声を出して笑った。
その時エイの身体全体に炎が出たが・・・
それは人に恐怖を与えるものではなく、何か神々しいもののようだった。きっと大丈夫。みんなエイを受け入れてくれる。
ゆうき「お母さん、きっと大丈夫ですから。心配し過ぎないでください」
母「ええ、ありがとう。私怖がっていて何もできずにいたわ。勇気を出して頑張ってみるわ」
エイ「ゆうきおにいちゃん、きょうはありがとう。またあそぼうね」
ゆうき「おう、またな。いい笑顔だぞ」
〇通学路
今日はいい日だったな。きっと明日も良い天気になる。曇りでも雨でもいいけどな。
明日ひなたに今日のことを話そう。
きっとひなたも笑ってくれる。
明日が楽しみだ。
子供の問題は親が解決すべきである、という思い込みを一度振り払って第三者に委ねてみると好転する場合があるんですね。周囲に迷惑をかけないなら、笑顔と同時にオレンジ色に包まれるなんて、考えようによってはむしろチャームポイントのような気がします。
エイ君が笑顔ですごせるといいな…
大人はいろいろ心配するけど、子供は柔軟だから始めびっくりしても、受け入れてくれると思う。
笑顔って人間関係を構築するのに欠かせないことだと思っています。私は10年前結婚の為海外に移住しましたが、つたない言語力でも笑顔でいたことで、自然と受け入れられたようにきがします。エイ君の炎、とても魅力的に感じました。