エピソード3『運命の再会』(脚本)
〇田舎の教会
2年生の秋、僕は修学旅行を迎えた。
僕にとっては人生二度目の高校の修学旅行だった。
さすがミッション系の女子校だけあって、行き先は教会関係が多かった。せめて修学旅行の時ぐらい忘れさせてくれてもいいのに──
でも僕はうれしかった。親友の静保ちゃんと一緒に行動できるだけで♪
〇教会内
桂川 静保「わぁ~ 立派な聖堂だね」
島垣 彩華莉「そうだね♪ 棒高跳びできそう♪」
桂川 静保「もうっ、彩華莉ちゃんったら、そんなこと言ったらダメよ」
桂川 静保「でもおもしろい♪」
島垣 彩華莉「あはは♪」
桂川 静保「結婚式挙げるならこういうところがいいなぁ♡」
島垣 彩華莉「結婚式!?」
僕は思わず静保ちゃんのウェディングドレスを想像してしまった。
静保ちゃんのウェディングドレス姿、とびっきりきれいだろうなぁ♡
やさしくて、聡明で、おしとやかな静保ちゃんなら絶対いいお嫁さんになる。
でも、その隣に立つのは僕ではない・・・
そう思うと複雑だった・・・
桂川 静保「どうしたの?」
島垣 彩華莉「う、うん、なんでもないよ。そろそろ行こっか♪」
〇商店街の飲食店
教会の周りには坂に沿っていろいろな店が並んでいた。お土産店、洋服店、菓子店、雑貨店。
桂川 静保「ねぇ、見て見て♪」
静保ちゃんが僕の手を取って引っ張る。静保ちゃんの指は細くてすべすべしていてとても気持ち良かった。
僕は感じないが、雑貨好きでパティシエ志望の静保ちゃんにとっては目移りするようで、子供のようにはしゃぐ姿がかわいかった。
桂川 静保「これかわいい♪」
島垣 彩華莉「うん、かわいいね♪」
桂川 静保「一緒に買おう♪ 私達の友情の証だよ」
島垣 彩華莉「うん♪」
僕はとてもうれしかった。男時代から通算しても、こんなに僕を思ってくれる友達は初めてだった。
〇華やかな裏庭
坂を上がると、そこには古い洋館があった。なんでも150年ほど前に外国の商人が住んでいた邸宅らしい。
桂川 静保「ねぇ、見て!!」
〇街の全景
桂川 静保「すご~い♪」
島垣 彩華莉「ほんとだ♪」
ここからは街が一望できた。動く船や車がまるでミニチュアのように見える。
桂川 静保「私達あそこから登って来たんだね」
島垣 彩華莉「そうだね」
ふと、目を向けると、静保ちゃんの横顔がとても美しかった。髪は風でなびき、少しつむった目が女神様のようだった。
この時、僕は心の底から女子校生活を楽しんでいた。
この時がずっと続けばいいのに──
〇旅館の和室
夜になり、僕らは旅館に入った。
修学旅行の夜の定番といえば好きな人の話だが、女子校だからやらないだろうと思ったら──
智香「みんなで好きな人を発表し合おうー♪」
始まってしまった・・・
同室の智香ちゃんの好きな人は社会の先生だった。僕はよくわからないが、若くてイケメンらしい。
同じく同室の恵美ちゃんの好きな人は人気男性アイドルグループの一人だった。いかに歌や踊りがうまいか熱く語ってくれた。
智香「静保ちゃんは?」
ドキッ!と鼓動が高まった。そういえば僕は静保ちゃんの好きな人を聞いたことがない。
桂川 静保「私は・・・いないよ」
智香「えー ずるーい」
桂川 静保「だって本当だもの。私、男の人のことよくわからなくて・・・」
智香「もったいないなぁ。美人なのに」
静保ちゃんが好きな人がいないと言った時、心のどこかで安堵した自分がいた。なぜだろう・・・
恵美「彩華莉ちゃんは?」
島垣 彩華莉「わ、わたし!?」
そういえば自分の好きな人のことなんて考えたことなかった。もしこのまま元に戻れなかったら、僕はまた独身になるのだろうか。
それとも男と結婚することになるのだろうか・・・。男と結婚するなんて男の時には考えたことなかった。
島垣 彩華莉「わ、わたしもいないよ!」
智香「ちょっとー あなたたち趣旨理解してるー?」
智香「そういえばあんた達、いつも一緒にいるけど、ひょっとしてできてんじゃないのー?」
島垣 彩華莉「そ、そんなわけないよ!!」
智香「冗談よ、冗談♪」
島垣 彩華莉「よかった・・・」
でも、今一瞬冷やかされた時、心のどこかでうれしいと思った自分がいた。なんだろうこの高まる鼓動の原因は・・・
その時、障子がスーッと開いて先生が現れた。
教師「こら!あなた達いつまでおしゃべりしてるの!さっさとお風呂に入りなさい!!」
「は~~い」
〇露天風呂
同室の僕らは2組に分かれて時間差でお風呂に入ることになった。僕はもちろん静保ちゃんと一緒に。
桂川 静保「気持ちいいね♪」
島垣 彩華莉「う、うん」
僕は目のやり場に困った。体育の着替えで見慣れてるとはいえ、静保ちゃんと一緒にお風呂に入るのは初めてだったからだ。
静保ちゃんは僕の中身が男だとは知らないので、無防備にお湯をかいて脇が見えたり、ひざを曲げたり、ドキドキした。
僕は自分でもよくわからなくなっていた。静保ちゃんに対する思いが友情なのか恋なのか──
過去に何度も静保ちゃんに自分が本当は男だということを伝えようかと思った。静保ちゃんなら信頼できる。
でも、せっかくうまくいってる関係が壊れたら・・・そう思って言い出せなかった。
だから、ずっと静保ちゃんを騙しているような罪悪感を感じていた。静保ちゃんがいい子だけに特に。
桂川 静保「ねぇ、彩華莉ちゃん」
島垣 彩華莉「な、なに?」
桂川 静保「私、卒業したら東京に行こうと思ってるの」
島垣 彩華莉「えっ!?」
桂川 静保「うん、こっちだとパティシエの学校が無いから」
島垣 彩華莉「そっか・・・」
桂川 静保「それで・・・もしよかったら・・・彩華莉ちゃんも一緒に来ない?」
島垣 彩華莉「えっ!?」
静保ちゃんの誘いはすごくうれしかった。自分の人生だったら首を縦に振っていたかもしれない。でも──
僕は戻る可能性も考えて、地元の大学に進もうと思っていた。そしたら社会に出るまでのモラトリアムを稼げる。
島垣 彩華莉「ごめんね・・・静保ちゃんの誘いはすごくうれしいんだけど、私、地元の大学に行こうと思ってるの」
桂川 静保「・・・ううん、いいの、こっちこそ無理言ってごめんね」
島垣 彩華莉「ごめんね、ごめんね・・・」
なぜだかわからないけど、涙が止めどなく溢れてきた。静保ちゃんの優しさが辛くて・・・
桂川 静保「彩華莉ちゃん!?」
島垣 彩華莉「ううん、なんでもない!パティシエになる夢がんばってね!応援してるよ!!」
桂川 静保「ありがとう♪ 離れていても私達ずっと親友だよ♪」
島垣 彩華莉「うん♪」
静保ちゃんは目を閉じて僕の肩に寄りかかってきた。
今だけは――
今だけは――
いいよね・・・
〇体育館裏
そして、ついに卒業式の日を迎えた──
「パティシエの夢に近づけることはうれしいけれど、彩華莉ちゃんと別れることだけが辛い」
静保ちゃんはそう言って本気で泣いてくれた。僕らは抱き合い、涙を流しあった光景を今でも昨日のことのように覚えている。
静保ちゃんと別れた後、せめて自分の卒業式ぐらいは見たいと慌てて仕事から抜け出して来た彩華莉ちゃんとぶつかって元に戻った。
島垣 彩華莉「おじさん・・・よかったぁ」
小住 悠司「彩華莉ちゃん・・・」
こうして僕の夢のような三年間の女子校生活は幕を閉じた──
〇アパートの台所
その後、僕はサラリーマン生活に戻った。最初はちょっと戸惑ったけれど、慣れると女子校生時代が夢だったように感じた。
一方、彩華莉ちゃんは高校時代の品行方正な態度の功績で、親から一人暮らしを認められてこの部屋に住み、女子大生活を始めた。
本当は僕の功績なんだけどね・・・
小住 悠司「静保ちゃんとは連絡取り合ってるの?」
島垣 彩華莉「うん、ときたまね。とりあえず今度引っ越すことは伝えたよ」
小住 悠司「そっか・・・」
元に戻った後も、静保ちゃんのことは気がかりで、彩華莉ちゃんに話を聞いていた。
静保ちゃんはお盆とお正月にこっちに戻ってきた時に彩華莉ちゃんに会いに来てたけど、次第に会う回数・時間は減ったらしい。
おそらく、というか絶対、静保ちゃんは彩華莉ちゃんが大学デビューして変わってしまったと思ったのだろう。
本当はこっちが彩華莉ちゃんの本来の性格で、僕が入っていた女子校時代の彩華莉ちゃんがイレギュラーだったんだけどね・・・
もちろん僕らが入れ替わっていたことを知らない静保ちゃんにはそんなことわからないから無理もない。
きっと静保ちゃんは話が嚙み合わず、変わってしまった親友の姿を見て、複雑な思いで東京に戻って行ったのかもしれない・・・
それに、静保ちゃんも向こうで新しい人間関係ができて、彩華莉ちゃんは過去の人になったのかもしれない・・・
どちらにせよ、あさって彩華莉ちゃんが引っ越せば、彩華莉ちゃんと静保ちゃんが会うことはほぼ無くなるだろう。
そしたら僕に情報が入らなくなり、静保ちゃんのことがわからなくなる。それがさびしかった・・・
島垣 彩華莉「あの子、本当にいい子だよね~ おじさんと仲良くなったわけもわかるよ♪」
小住 悠司「そ、そう?」
島垣 彩華莉「うん、なんか雰囲気似てるし♪」
小住 悠司「そ、そっかなぁ・・・」
そんなこと初めて言われたけれど、彩華莉ちゃんは人間関係について鋭い洞察力を持ってるから、あながちそうなのかもしれない。
〇アパートの台所
ピンポーン
突然、玄関のチャイムが鳴った。
島垣 彩華莉「は~~い」
誰だろう?こんな夜遅くに?
島垣 彩華莉「あは♪噂をすればなんとやらだよ♪」
僕は彩華莉ちゃんの言ってる意味がよくわからなかった。だが、次の瞬間、その意味を理解した。
桂川 静保「お邪魔します」
脱いだ靴をきちんと揃えて部屋に上がってきたのは、紛れもなく静保ちゃんだった。
僕にとっては卒業式以来の再会だった。静保ちゃんは少し大人びて、より美人になっていた。
島垣 彩華莉「どうしたの急に?」
桂川 静保「うん、実は一昨日からこっちに帰って来てたのだけど、彩華莉ちゃんが引っ越すって聞いて・・・」
一瞬、頭が真っ白になって何も考えられなくなった。そして心臓が異常な速さで高鳴るのを感じた。
小住 悠司「そ、それじゃあ僕はこれで・・・」
島垣 彩華莉「ちょっと待ってよおじさん♪」
立ち上がろうとする僕の肩を思いっきり彩華莉ちゃんが押し込んだ。酔っぱらってるのか!?
島垣 彩華莉「紹介するね♪ 私の親戚のおじさん♪」
桂川 静保「はじめまして」
そう言って静保ちゃんは礼儀正しくお辞儀をした。入学式後のオリエンテーションで初めて会った時と変わらない美しい動作だった。
「はじめまして」じゃない。僕達は3年間一緒に過ごした親友なのに・・・
胸が熱くなり過ぎて、心臓が口から飛び出しそうだった。
入れ替わり中に築いた人間関係も共有する思い出も、元に戻ったら崩れてしまうのですね。悠司(外見は彩華莉ちゃん)の心情が痛いくらい伝わってきました。静保ちゃんとまたイチから関係を築いてほしいですね!