最終回『永遠の親友』(脚本)
〇アパートの台所
帰るタイミングを失ってしまった僕はしょうがなく、その場にとどまった。
桂川 静保「はい、お土産だよ」
島垣 彩華莉「わぁ~ ありがとう♪ 自分で焼いたの?」
桂川 静保「うん・・・」
島垣 彩華莉「うまっ☆」
彩華莉ちゃんは一口でクッキーをボリボリと頬張り始めた。
桂川 静保「あの・・・」
小住 悠司「は、はい!」
桂川 静保「良かったら、おじ様もどうぞ」
小住 悠司「えっ、あっ、ありがとうございます」
お言葉に甘えて一ついただく。
実は静保ちゃんの作ったクッキーを食べるのは初めてじゃない。
〇綺麗なダイニング
女子校生時代、何度も静保ちゃんの家にお呼ばれして試食したことがある・・・
〇アパートの台所
小住 悠司「おいしい!!」
昔もおいしかったけれど、さらに洗練されておいしくなっていた。さすがパティシエの学校で修行しただけのことはある。
桂川 静保「ありがとうございます・・・」
静保ちゃんはそう言って照れていた。
彩華莉ちゃんは能天気に食べまくっていた。だいぶお気に入りのようだ。
もしかして・・・静保ちゃんは彩華莉ちゃんの舌に合わせて作ってきたのでは?
僕が試食した時の感想を覚えていて、彩華莉ちゃんの舌に合わせて作ってきたと考えるとうなずける。
静保ちゃんは気立てのいい子だから、そうやっていても不思議じゃない。
島垣 彩華莉「ところで就職決まったの?」
桂川 静保「うん、東京のお店で働くことになったの」
島垣 彩華莉「へー よかったね♪ パティシエになれたんだね♪」
桂川 静保「ううん、これからが本番なの。もっともっと勉強しなきゃ」
よかった・・・。僕も卒業式の日に別れて以来、静保ちゃんのその後が気になっていた。
静保ちゃんが専門学校を無事卒業して就職できたことが自分のことのようにうれしかった。
〇アパートの台所
それから彩華莉ちゃんの進路や引っ越しなどの話に及んだ。正直、内容は当たり障りのない世間話レベルだった。
僕は何とも言えない立場なので、ほとんど二人の会話を聞くだけだった。
桂川 静保「それじゃあそろそろ失礼するね」
島垣 彩華莉「うん、がんばってね!」
桂川 静保「ありがとう。彩華莉ちゃんもがんばってね」
島垣 彩華莉「ちょっとおじさん!!」
小住 悠司「えっ、えっ!なに!?」
島垣 彩華莉「夜道を女の子一人で歩かせる気?」
桂川 静保「大丈夫よ、彩華莉ちゃん 駅までだから一人で帰れるわ」
島垣 彩華莉「いいからいいから♪ おじさん送ってあげなよ♪」
そう言うと、彩華莉ちゃんは僕のカバンを取って、僕の背中をグイグイ押してきた。
〇二階建てアパート
島垣 彩華莉「じゃあね~☆」
僕は半ば押し出される形でアパートを出た。
〇川に架かる橋
僕達は二人で歩き出した。夜風がひんやり冷たい。二人で一緒に歩くのは何年ぶりだろう。
高校時代は数えきれないぐらい一緒に歩いたのに──
かつて真横にあった静保ちゃんの横顔が今は見下ろす形になっている。
静保ちゃんは背筋を伸ばし、スカートの前でバッグを両手で持ち、うつむき加減で歩いていた。
距離を感じる・・・
やはり僕が男だからだろうか?
共通の友人を失った僕らにしばし沈黙が訪れた。この気まずい空気をどうにかしなきゃと僕は会話をひねり出した。
小住 悠司「あ、あの、彩華莉ちゃんって高校時代どんな子だったの?」
言ってからそれがズルい質問だと気づいた。それは高校時代の僕の評価を直接訊くことに他ならないからだ。
桂川 静保「そう、ですね。高校時代の彩華莉ちゃんは・・・もう少し落ち着いた子でした」
小住 悠司「そうだったんだ。そ、その、親友だったんだよね?」
桂川 静保「はい・・・」
静保ちゃんが寂しげな目をしたのを僕は見逃さなかった。やっぱり親友が別人のように変わってしまってショックなのだろうか・・・
君の親友は今、隣にいるのに・・・
言いたい・・・
言いたい・・・
本当のことを言いたい気持ちが喉まで上がってきた──
でも、もし言ったらどうなる・・・?
〇オフィスビル前の道
桂川 静保「あなたが彩華莉ちゃんだった・・・?」
桂川 静保「はい? 頭大丈夫ですか?」
と言われるのがオチかもしれない・・・
仮に信じてもらえたとしても──
桂川 静保「最低!今まで私を騙していたんですね!!」
桂川 静保「こんなおじさんと一緒に着替えてたなんて気持ち悪い!最低っ!変態っ!!」
となって、せっかくのきれいな思い出を壊してしまうかもしれない・・・
そんなことはしたくない・・・
・・・・・・
結局、言い出せないまま駅に着いてしまった・・・
〇広い改札
桂川 静保「送っていただきありがとうございます」
そう言って静保ちゃんは丁寧にお辞儀をした。
あさって彩華莉ちゃんが旅立てば、彩華莉ちゃんと静保ちゃんは疎遠になり、もう僕が静保ちゃんと会うことはないだろう。
でも、これでいいんだ・・・
入れ替わりが起こらなければ僕と静保ちゃんが出会うことも、彩華莉ちゃんと静保ちゃんが親友になることもなかった。
つまり、本来あるべき世界に戻るだけなんだ──
小住 悠司「こちらこそありがとう」
桂川 静保「えっ!?」
小住 悠司「ううん、なんでもない。パティシエの道がんばってね。成功することを祈ってるよ」
桂川 静保「はい、ありがとうございます」
桂川 静保「それでは・・・」
そう言って彼女は会釈して僕に背中を向けた。
せめて彼女が改札口の向こうへ消えて背中が見えなくなるまで、その姿を目に焼きつけておきたい。
それがかつて親友だった存在の最後の責務だ──
僕はその場にとどまり、彼女の後ろ姿を見送った。
あ、あれは・・・!
彼女が切符を買うためにバッグから財布を出した時、キーホルダーが見えた。
〇商店街の飲食店
桂川 静保「ねぇ、見て見て♪」
桂川 静保「これかわいい♪」
島垣 彩華莉「うん、かわいいね♪」
桂川 静保「一緒に買おう♪ 私達の友情の証だよ」
島垣 彩華莉「うん♪」
〇広い改札
僕はポケットから鍵を取り出した。
実は修学旅行の日に彼女と一緒に買ったキーホルダーを僕は家の鍵に付けていた。
この意味は彩華莉ちゃんにも教えていない。
彼女があのキーホルダーを付けているということは、僕らの友情は消えていなかった──
彼女は別れてからもずっと僕との思い出を大切にしてくれていたんだ──
切符を買い終えた彼女が改札口へ向かっていく。あそこを越えたらもう二度と会えないだろう。
小住 悠司「静保ちゃん!!」
僕は本能的に彼女に向かって走り出していた。
小住 悠司「ハァハァ・・・」
桂川 静保「あの、何か?」
もう嫌われたっていい!
ここで言わなきゃ一生後悔する!!
小住 悠司「静保ちゃん!実は僕は――!!」
僕は真実を話した。入学式の日に彩華莉ちゃんと入れ替わってしまったこと──
騙すつもりはなかったけれど、三年間、彩華莉ちゃんの中身は僕だったこと。卒業式の日に元に戻ったこと──
自分でも驚くぐらい、堰を切ったように言葉が溢れてきた──
静保ちゃんの眉間にみるみるシワが寄っていく。やっぱりダメか・・・
〇広い改札
桂川 静保「本当に彩華莉ちゃんなの!?」
小住 悠司「そうだよ」
そう言って僕はポケットからキーホルダーを取り出して見せた。
桂川 静保「ほ、本当に・・・」
桂川 静保「彩華莉ちゃん!!」
彼女は突然泣きながら僕の胸に飛び込んできた。
小住 悠司「静保ちゃん・・・」
桂川 静保「よかった!彩華莉ちゃんが生きてて!!」
「よかった!彩華莉ちゃんが生きてて!!」
その言葉に万感がこもっている気がした。
小住 悠司「ごめんね、つらい想いをさせて・・・」
桂川 静保「いいの!彩華莉ちゃんが生きててくれただけで!」
気が付くと僕の目からとめどなく涙があふれていた。
きっと僕自身もずっと心のどこかで後ろめたさを感じていたんだ・・・
静保ちゃんにずっと嘘をついていたこと──
卒業後の彼女を放っておいたこと──
心がゆっくりと浄化されるのを感じた。
〇公園のベンチ
僕達は夜の公園に移動した。
高校時代の思い出話に花が咲いた。それはさながら二人だけの同窓会のようだった。
何年も会っていなかった距離が一気に縮まった気がした。
静保ちゃんは卒業後の話をしてくれた。東京で友達はできたけど、彩華莉ちゃんを越える友達はできなかったこと。
それでもがんばって、彩華莉ちゃんに会えるのを楽しみにお盆に帰ってきたら、彩華莉ちゃんが別人のように変わっていたこと。
〇アパートの台所
桂川 静保「ねぇ、彩華莉ちゃん、これ覚えてる?」
島垣 彩華莉「なにこれ? にゃんこのキーホルダー?」
〇公園のベンチ
キーホルダーのことを忘れてしまった彩華莉ちゃんの姿を見て、静保ちゃんはショックを受けただろう。
僕は静保ちゃんの気持ちが痛いほどわかった。静保ちゃんは変わりゆく親友の姿にきっと耐えられなかったんだ。
でも、それを言い出せなかった。優しいから。少しずつ距離を取って離れようとしていたんだ──
桂川 静保「今日は来てよかった!だって彩華莉ちゃんに会えたんだもん!!」
小住 悠司「うん、僕・・・じゃなくて私もよかったよ」
〇公園のベンチ
その時、突風が吹いて夜桜が舞った──
桂川 静保「きれい~」
小住 悠司「ほんとだね」
桂川 静保「彩華莉ちゃん、私ずっと言いたいことがあったの」
小住 悠司「なに?」
桂川 静保「私、彩華莉ちゃんのこと大好きだよ」
桂川 静保「昔は言えなかったけど、今なら言える・・・」
小住 悠司「ありがとう・・・私もだよ」
静保ちゃんは目を閉じて身を寄せた。
こ、これはもしかして!?
今は――
今は――
いいよね・・・
僕は彼女を抱き寄せ、唇を重ね合わせた──
静保ちゃんの唇はとても柔らかかった。
入れ替わっていた三年間は無駄じゃなかった。
だって静保ちゃんと出会えたんだから──
桂川 静保「もうっ、彩華莉ちゃんったら、おひげが痛いよぉ」
小住 悠司「えっ、ご、ごめん」
桂川 静保「うふふ」
小住 悠司「あはは」
〇カフェのレジ
5年後・・・
島垣 彩華莉「うぃーーす!」
小住 悠司「あ、彩華莉ちゃん!」
小住 悠司「帰って来てたの?」
島垣 彩華莉「うん♪」
彩華莉ちゃんの声を聞いて、店の奥から声がした。
小住 静保「彩華莉ちゃん!いらっしゃい♪」
島垣 彩華莉「いいねぇ~ あんなきれいな奥さんもらって♪ このこのォ」
そう言ってひじで小突いてきた。
小住 悠司「おっさんか・・・」
島垣 彩華莉「ま、私が恋のキューピットみたいなもんでしょ♪」
小住 悠司「まぁ、それはその・・・あながち間違ってないかな・・・」
島垣 彩華莉「あはは!えっとねぇ、ノワゼットショコラとぉ、スール・マカロンとぉ、シュークリームとぉ」
小住 悠司「ちょ、ちょっと待って!そんなに食べられるの!?」
島垣 彩華莉「うん♪ 私この店のお菓子大好きだよ♪」
子供のように無邪気にショーケースをのぞきこむ彩華莉ちゃん
僕は静保ちゃんと結婚して一緒に地元で洋菓子店を始めていた。
といっても、作るのはほとんど彼女で、僕は手伝いと接客が主だけど。
近所の評判は上々で、店はなんとか軌道に乗り始めていた。
島垣 彩華莉「・・・を2つね♪」
小住 悠司「おまけで1個つけとくよ」
島垣 彩華莉「やりぃ☆」
彩華莉ちゃんも元気にやってるようでよかった♪
〇綺麗な部屋
小住 悠司「はぁ・・・今日も疲れたね でも、彩華莉ちゃんが来てくれてうれしかったなぁ♪」
小住 静保「はい、あかりちゃん、お茶が入ったよ♪」
小住 悠司「あ、うん、ありがとう」
彼女は人前では僕を主人と呼んで立ててくれるが、二人きりになると僕をあかりちゃんと呼ぶ。
そういう意味では僕達は親友夫婦だった。
小住 静保「ねぇ見て、あかりちゃん♪ 昨日本棚を整理していたら見つかったの♪」
小住 悠司「高校の時の卒業アルバムかぁ 懐かしいね♪」
〇教会の中
このアルバムには一枚だけ僕達がツーショットで写った写真が収められている。
企画 憑五郎
3年生の課外授業で近所の教会に行った時の写真だ。
設定 憑五郎
この時はまさか将来ここで式を挙げることになるとは思っていなかった。
脚本 憑五郎
僕はアルバムの最後に写真を一枚足しておいた。
〇教会の中
F i n .
連載の完結、お疲れさまでした!
悠司の抱く静保さんへの思いが、苦悩と葛藤を経て解決に至るキレイなハッピーエンドですね。こんな夫婦生活も楽しそうですよね!