〇電車の中
　　「ああ、どうしよう？　もうすぐ夏休みだよう」
　　高校２年生のヨーコは悩んでいた。このままでは間に合わない。
　　「夏だよ？　恋の季節だよ？　アバンチュールでロマンスなＢＦゲットしたいじゃん！」
　　クラスメイトの女子たちの間では、ひそかにプチ改造が流行っていた。
　　「マナはアイプチするって言ってたし、レナは全身脱毛だって・・・・・・」
　　夏休みは変身のチャンスなのだ。２学期の教室に現れるのは、別人になったワタシ・・・・・・。
　　「はぁー。でも、クリニック高いよー。お小遣いじゃ全然無理だよー」
　　親に頼める話ではない。「〇〇円から」というポスターを見るたびに、ため息が出る。
　　「うん？　この中吊り広告・・・・・・」
　　『夏は全身改造のチャンス！　夏休みに差をつけよう！』
　　『みんなー！　夏の対策、だいじょうぶー？
　　　紫外線とか、ムダ毛とか。夏はいつでも戦いだよ！』
　　『夏休みは友達に差をつけるチャンス！』
　　『二学期にクラスのみんなをびっくりさせよう！
　　　今すぐ「KAIJINクリニック」へGo！』
　　「変わった名前のクリニックだなー。聞いたことないよ？」
　　お金がなくて行けないとはわかっているが、ポスターから目が離せない。
　　「ナニナニ？　えっ？　いまなら抽選で全身改造無料券をプレゼント？　詳しくはＱＲコードをスキャンしてって？」
　　考えるより先に手が動く。スマホをカメラモードにしてＱＲコードにかざした。
　　「とにかくポチれ、と？　ポチっとな・・・・・・。な、なんだとー？　当たったー！　無料券獲ったドー！」
　　車中であることも忘れ、ガッツポーズを取るヨーコ。
　　「こ、これはもう運命でしょ。行くっきゃないしょ？　『イエス！　KAIJINクリニックへGo！』」

〇寂れた雑居ビル
　　「こ、ここで合ってるよね？」
　　スマホ片手にやってきた住所には、おんぼろビルが建っていた。
　　「ま、まあ外見だけじゃね？　中に入ってみないと」
　　勇気を出して受付をし、通された応接室に現れたのはこれ以上ないほど怪しい院長だった。
バカス院長「ようこそ、KAIJINクリニックへ！」
ヨーコ「あのー・・・・・・」
バカス院長「皆まで言うな！　ビルの外見。院長の容貌。心配なんじゃな？　大丈夫なのかと？」
　　院長は目をギラギラさせて畳みかける。
バカス院長「心配無用！　これを見たまえ！」
　　バァーン！　仕切り扉が開かれ、現れたのは見たこともない最新設備一式であった。

〇近未来の手術室
ヨーコ「わぁー、すごい！」
バカス院長「ふははははは！　すごいであろう。これこそわがクリニックが誇る技術の粋である！」
　　院長のノリが怖い・・・・・・。
ヨーコ「あの。設備がしっかりしているのはわかりました。施術内容ってどうなってるんですか？」
　　恐る恐る知りたいことを聞く。
バカス院長「良かろう。説明しよう！　全身改造コースの内容とは──」
　　『全身脱毛』『紫外線対策』『小顔術』『アイプチ』『体脂肪除去』『歯列矯正』『豊胸』『しみ・吹き出物除去』
　　恐ろしいほどのメニューであった。一体全部でいくらかかるのか・・・・・・？
ヨーコ「そんなにたくさんですか？」
バカス院長「うちをそこらのインチキ・クリニックと一緒にされては困る」
バカス院長「全身改造というからには全身余すところなく改造する！　水虫まで直す！」
ヨーコ「水虫はないから！」
　　そこまで改造してしまうと、問題がありそうだ。
ヨーコ「施術後、別人になっちゃうと困るんだけど・・・・・・」
　　ヨーコは不安を口にした。
バカス院長「ごもっとも！　そこが当院の素晴らしいところ。なんと元の姿に瞬時に戻れる機能がついておる！」
バカス院長「見るが良い！」
　　そういうと院長の体をまばゆい光が取り巻いた。
バカス院長（人間形態）「これが改造前のわたしの姿だ！」
ヨーコ「改造前イケメンじゃん！　なんで改造すんだよ？」
バカス院長（人間形態）「男には謎とロマンが必要なのだ！　変身！」
ヨーコ「ああっ、もったいない！」
　　院長は再び怪しげな爺に変身した。
バカス院長「と、こういう風になっとるんで、安心して任せなさい。タダだし」
ヨーコ「そうだなぁ。いつでも元の顔に戻れるなら、リスクないよね？　タダだし」
バカス院長「それではこの書類にサインをしてもらって・・・・・・」
バカス院長「施術画像の一部をプロモーション目的で使用させていただきます。もちろん個人の特定はできない形で」
ヨーコ「はいはい、と。芸能プロにスカウトされちゃうかもしれないねー」
　　ヨーコは分厚い書類にサインした。
バカス院長「よっしゃぁー！　それでは改造手術に行ってみよー！」
　　あっという間に、ヨーコは手術台に載せられていた。

〇応接室
ヨーコ（怪人形態）「思ってた改造とちがーう！」
　　麻酔から醒めたヨーコは全身鏡を眺めて叫んだ。そこにいたのは、誰が見ても世界を滅ぼす怪人であった。
ヨーコ（怪人形態）「なんだよ、これ？　メニュー間違えてない？」
　　ヨーコはもう一度分厚い書類を読み返した。
ヨーコ（怪人形態）「たしかに『小顔』で『Ｈカップ』だけど、体が巨大化しただけじゃん！」
ヨーコ（怪人形態）「『歯列矯正』に『ホワイトニング』？　鋼鉄もかみ切れるようになりましたけど？」
ヨーコ（怪人形態）「『紫外線対策』？　レーザー光線も跳ね返しますよ？」
ヨーコ（怪人形態）「『脱毛』？　ナニ言ってんの？　毛穴ごとなくなりましたけど？」
　　言っていることに嘘はない。思っていた方向性と異なるだけだ。
ヨーコ（怪人形態）「ま、まあ。いつでも元の姿に戻れるから問題ないけど・・・・・・」
　　ヨーコは変身を解いてみた。
ヨーコ「って、ニキビもムダ毛も元通りって、誰得やねん！」
　　安心のあまり思わず鏡の中の自分に突っ込んでしまうヨーコであった。
バカス院長「どうですかね。改造手術の結果は？」
　　現れたバカス院長に、ヨーコは猛然と文句を言った。
ヨーコ「こんなの美容整形じゃない！　ちゃんときれいに整形してよ！」
バカス院長「いや。美容整形とか言ってないし。改造手術は一度しかできない」
バカス院長「2度目の手術をすると、『毛深い犬』になるよ？」
　　ヨーコはビビった。毛深い犬にはなりたくない。
バカス院長「しかも、元の姿に戻れなくなる」
ヨーコ「それじゃ毛深い犬じゃん！」
バカス院長「喋る犬になりたければ、２度目の手術をしてやるぞ」
ヨーコ「いらんわ！　そんな形でハリウッド・デビューしたくないよ」
　　ヨーコはがっくりと肩を落とした。
バカス院長「まあ、そう気を落とすな。改造後は内に秘めたエネルギーがみなぎっているからの。モテ期がくるぞい」
ヨーコ「えっ？　モテ期？」
バカス院長「うむ。普通形態のままでもフェロモンのように周囲を惹き付けるのじゃ」
ヨーコ「おおぅ、ワタシってば『魔性の女』デビュー？」
　　ヨーコは基本的にちょろい奴だった。
バカス院長「その通り！　それでは広い世界に羽ばたいてくるのじゃー！」

〇渋谷のスクランブル交差点
ヨーコ「寄るんじゃねえ、おまえらー！」
　　ヨーコは近寄る男を蹴り飛ばした。
ヨーコ「思ってたモテ期とちがーう！」
　　寄ってくるのはKAIJINクリニックで改造を受けた怪人仲間であった。男も女もどこからともなく寄ってくる。
怪人Ａ（ツノマッチョ）「ねえねえ、変身見せてよ。何色、何色？　ウロコとかある？」
怪人Ｂ（トゲミドリ）「ワタシのトゲ見てくれる？　触ってみる？」
ヨーコ「ああー、うざい！　あっち行け！」
　　ヨーコは怪人形態に変身し、正体不明のエネルギー衝撃波を放った。

〇名門の学校
ヨーコ「ようやくいなくなった」
　　怪人を追い払ったヨーコは、学校の近くに来ていた。
ヨーコ「うん？　こいつは怪人じゃないみたいだけど・・・・・・」
　　悲しいことに匂いで区別ができる。
ヒーローＡ（人間形態）「貴様、怪人だな？　変身！」
　　まばゆい光と共に、ムキムキマッチョが現れた。
ヒーローＡ（はげマッチョ）「世界の平和を守るため、天が呼ぶ、地が呼ぶ、我を呼ぶ──」
ヨーコ（怪人形態）「説明なげーよ！　強めのパーンチっ！」
　　少女エルフ系のヒーローが現れた。
ヒーローＢ（美少女エルフなんたら）「小惑星に代わって・・・・・・」
ヨーコ（怪人形態）「問答無用ーっ！」
　　パンチ一閃。
ヨーコ（怪人形態）「こいつら単なる筋肉フェチのナル男じゃねえか！　生理的に受け付けねえんだよ！」
　　女子は単純に嫌いなだけだった。
　　馬も嫌いだ。
ケント「やあ、ヨーコ君！」
　　さわやかに現れたのは、ヨーコがひそかに思いを寄せるイケメン男子ケントだった。
ヨーコ「ンだよ、この変態野郎！　ってケント君？　ごめんなさい、人違いしちゃった」
　　匂いは確かに怪人のものだったが・・・・・・。
ケント「ん～。酷いなヨーコ君。僕は変わった性癖を持っているが、変態ではないよ？」
ケント「そんなことよりこの姿を見てくれ給えよ。変身！」
　　憧れのケントはゴリゴリの怪人に変身した。
ヨーコ「なんだよ、それ？　クワガタのバケモンじゃねえか！　オレの憧れを返せーっ！」
　　今日最高の切れ味でヨーコのパンチがさく裂した。
　　ケントは星になって夏空に消えた。
　　人間に戻ったヨーコの黒髪を一陣の風が揺する。
ヨーコ「やれやれ。今年の夏は、熱くなりそうだぜ・・・・・・」
　　ヨーコの前髪の陰にはゴツゴツしたうろこが１枚生えかけていた――。
　　＝＝　完　＝＝