〇地下の避難所
　　みなさん、聞いてください。
　　自分でも何を言っているのかよくわかりませんが、今起こっていることをありのままに話します。
　　私・・・、私・・・。
　　推しに命を狙われていますっっ！！︎
　　目の前に憧れの推し。
　　感動しないわけがないでしょう、
　　しかしっ！
　　実際問題、推しは仕込み短刀を
　　光らせながら、こっちを狙っています。
　　どうしてこうなったのか？
　　コトの発端は（体感）数日前・・・。

〇渋谷のスクランブル交差点
　　私の名前は天乃織陽（あまのおりひ）。
　　今年医師国家試験に合格し、
　　晴れて研修医となった。
　　忙しい日々を送っている私の心の支えは、
　　推しの存在だった。推しが物語の中で
　　生き続ける限り、私は頑張れる。
　　現在の推しは、
　　少し前から読んでいる小説の登場人物。
　　主人公サイドとは敵対している暗殺者なのだけれど、そのビジュアルに一目惚れしてしまった。
　　金色の髪に赤い瞳という、暗殺者に似つかわしくない風体で、とてもミステリアス。
　　きっと暗殺業をしなければならない
　　深い理由があるのだと・・・、
　　今後その理由が解き明かされる時が
　　来るのだと・・・、そう思っている。
　　それに、なんとヒロインの本名が
　　私と同じ「オリヒ」。
　　職業も同じ医者という、
　　何かしら運命を感じる要素が満載なのだ。
　　そして、今日はその推しが出る小説
　　「サイノス」の新刊発売日！
織陽「やばい、あと10分しかない！」
　　私は、急いで横断歩道を渡って
　　本屋に駆け込んだ。

〇渋谷のスクランブル交差点
　　数分後、
　　私は無事にサイノスの新刊を手に入れた。
織陽「はあぁぁぁ〜。思ったより早く 来てくれた・・・推しの表紙・・・！」
織陽「あっ、 保存用にもう一冊買っておけばよかった」
　　私の後ろでは、
　　すでに店員が閉店準備を始めていた。
織陽「しょうがない、 保存用はまたネットで注文しよう」
　　ああああ、早く帰って読みたい！
　　逸る気持ちを抑え、復路の横断歩道を
　　渡ろうとしたその時・・・。
　　えっ？
　　信号、私が青だったよね・・・・・・？
　　いやいやいや、そもそも、こんな交差点で急ブレーキって、どれだけスピード出してたの・・・？
　　死を感じる直前って、走馬灯が見えるって言うけど、ああーー、なるほどこんな風にゆっくりに感じるんだ・・・。
　　私は、推しが表紙の小説を
　　握りしめたまま、道路に倒れた。
　　ああ、これは、死ぬ・・・。
　　私、サイノスの新刊を読めないまま・・・
　　推しの生い立ちを知らないまま・・・
　　────死ねないッッ！！︎

〇地下の部屋
　　──────どれくらいの時間が
　　経ったのだろうか？
　　目覚めると、
　　私は知らない部屋で寝ていた。
（私、生きていた・・・？）
（ここは病院で、きっと私、 点滴なんか射たれて・・・・・・）
「・・・・・・・・・・・・」
「射たれて、ない・・・」
（それに、 事故に遭ったのに傷ひとつない・・・）
「ここは、一体どこなの・・・？ 病院にしては簡素すぎるような・・・」

〇ビルの地下通路
　　おそるおそる廊下に出てみると、
　　体格のいい男性がいた。
　　この人も、入院患者だろうか・・・？
「あ、あのー・・・・・・」
クレスタ「おう、どうしたヒイロ？」
　　・・・・・・。
　　
　　・・・・・・ん？
「すみません、今、なんと？」
クレスタ「なんだよ、ヒイロ。 寝ぼけてんのかぁ？」
（んんっ!?）

〇地下の部屋
　　私は部屋に戻り、急いで鏡を探した。
　　さっきから感じていた違和感、
　　どうか勘違いであってほしい・・・！
　　洗面台に備え付けられていた鏡を見ると、
　　そこには・・・。
　　「サイノス」のヒロイン、ヒイロが映っていた。
　　うわああああああああああ！！︎
　　叫びたい気持ちをなんとか抑えたが、
　　心臓はバクバクしていた。
　　そして、もう一度鏡を見た。
　　赤毛のショートカットに、
　　きれいな顔立ち。
ヒイロ「だめだ。どこからどう見てもヒイロだ！」
ヒイロ（さっきから感じていた違和感・・・）
ヒイロ（体の傷がない事もそうなんだけど、よく見るとやはり体のパーツが全然違うし、ヒイロは背が高いから目線がいつもより高い）
ヒイロ（そうか、これは夢なんだ。 生死を彷徨って夢を見ているんだ）
ヒイロ「なあんだ、それならしばらく ヒイロでいてもいいかな」
ヒイロ「ここがサイノスの世界だとすると、 もしかしてさっきの男性は、クレスタ？」
　　クレスタは、ヒイロの収容所仲間で、この収容所の中ではわりといい人に部類する。いろいろと面倒見のいい兄貴分だ。
ヒイロ（でも、小説の中ではわりとモブ扱いだったから、こんなにはっきりと姿が現れるとは思わなかったわ）

〇ビルの地下通路
ヒイロ「あ、の・・・。クレスタ・・・？」
クレスタ「なんだぁ？ やけにしおらしいじゃねぇか、ヒイロ。 熱でもあるんじゃねぇのか？」
　　クレスタは、自分のおでこをヒイロの、
　　つまり私のおでこにくっつけた。
ヒイロ（ちょ、近い近い〜〜!!）
　　いきなりの出来事に、私は頭から蒸気を
　　出して後ろに倒れそうになった。
クレスタ「おおっと!?」
ヒイロ（クレスタが支えてくれた・・・ けど、近い〜〜!!）
ヒイロ（え、ちょっと待って！？︎ 今まで、クレスタの事はモブのお父さんくらいにしか思ってなかったけど、こんな展開アリなの！？︎）
ヒイロ（実はイケオジだったキャラに、 おでこくっつけられて、 一瞬だけど腕の中でしたよ！？︎）
　　クレスタは、軽々と私の姿勢を正してくれたが、さっきから驚きの連続で私の心は
　　全然落ち着かない。
クレスタ「そういえば、ボスがお呼びだぞ」
ヒイロ「えっ？　ボス？」
ヒイロ（あっ、 この界隈のボス、ジェミニの事か！）
クレスタ「ヒイロ・・・俺が言うのもなんだが、 大丈夫か・・・？」
ヒイロ「えっ？　ああー、大丈夫大丈夫！」
ヒイロ（どうせ夢なんだし、思いっきりこの世界を 堪能しておこうっと）
クレスタ「・・・・・・」

〇貴族の応接間
「失礼します」
ジェミニ「ヒイロ、よく帰ってきてくれたな」
ヒイロ「うっわ、 ジェミニ超イケオジじゃない!?」
ジェミニ「イ、いけおじ・・・？」
ヒイロ「ああ、なんでもない、 なんでもなーい」
ヒイロ（あぶないあぶない。 ヒイロは絶対イケオジなんて言わないよ〜 特にジェミニには・・・）
ジェミニ「私はおまえの 医者としての腕を買っているんだ」
ジェミニ「ヒサクの事は残念だが、 おまえさえ戻ってきてくれたら、 私は何も言うまい」
ヒイロ（・・・とすると、 今は武闘大会が終わって、ヒイロが クレスタに連れ戻された時の事ね・・・）
ジェミニ「後で私の部屋に来い。 これからは、たっぷりと可愛がってやる」
ヒイロ「え・・・？」
ヒイロ（可愛がってやる・・・って、 つまり、そういう事!?）
ヒイロ（ちょっと待って。そんな展開、 小説にはなかったはず・・・！）
ヒイロ（もしかして、年齢制限かかるから 小説ではカットされてた!?）
ヒイロ「ちょ、ちょーっとタイム!!」
ジェミニ「ど、どうした？」
ヒイロ「一旦！　部屋に！　戻らせて!!」
ジェミニ「ああ、いいぞ。 部屋で待っているからな」
ヒイロ（マズいマズいマズいよ〜！ どうしたらいいの!?）

〇地下の部屋
　　お、落ち着け！
　　落ち着いて考えるんだ、私ー!!
ヒイロ「ど、どうしよう〜〜!! このままじゃ、 ジェミニに貞操奪われちゃう!!」
ヒイロ「私の推しはシーライザ!! いくら夢と言えど、 シーライザ以外はNO!! NOTジェミニ!!」
ヒイロ「あっ、そうだ！ 夢なんだから、醒めればいいんじゃない」
　　私は、寝台に横になって目を瞑った。
　　これは夢・・・これは夢・・・。
　　起きろ・・・目覚めろ・・・。
　　起きろーーーーーーっ！！︎
　　一向に、目覚める気配がなかった。
ヒイロ「え・・・、どうして・・・？」
　　だいたい、これが夢だとわかった途端に
　　目覚めたりするのに！
ヒイロ「まさか。 まさか、そんな非現実的な事・・・」
　　私は、頬を思いっきりつねった。
ヒイロ「痛ぁ・・・・・・」
ヒイロ「嘘でしょ！？︎ これはもしかして、 サイノスの世界に異世界転生！？︎」
ヒイロ「しかも、私がヒロイン！？︎ ヒイロ本人はどこに行っちゃったの！？︎」
　　いろいろと疑問はあるが、元の世界に
　　戻らなければ。でも、どうやって？
ヒイロ「あれ・・・？ ちょっ待って・・・？」
　　私は、心を落ち着けてサイノスの物語の記憶を辿り、この後に起こる出来事を探る。
　　そして、さぁっと血の気が引いていった
ヒイロ「だって・・・・・・ この後は・・・・・・」
　　私の推しが、
　　私を殺しにやってくる・・・・・・。