赤点爺(脚本)
〇風流な庭園
剣持真太郎「・・・さてと。どうしたものか」
剣持真太郎「俺にとっては娘みたいなもんだ」
剣持真太郎「特にこのアデニウムは器量がいい」
剣持真太郎「二十五姉妹。真大に育てられるのか?」
剣持真太郎「こんなことなら、いい貰い手を探しておくべきだったな」
剣持真太郎「全く。ピンピンコロリも良し悪しだ」
〇風流な庭園
剣持真太郎「雨か・・・」
園部「お~降り出した降り出した」
園部「涙雨ってヤツかね~」
剣持真太郎「あんたは泣いとらんだろ」
園部「奈美恵~降り出したぞ~」
剣持真太郎「俺も一応戻るか」
〇昔ながらの一軒家
奈美恵「本日は義父のために有難うござ・・・」
奈美恵「ひっ!」
剣持真太郎「どうした?」
参列者「どうしました?」
奈美恵「いえ。何でもありません」
奈美恵「お酒とか、軽いものも用意してありますので宜しければ」
参列者「いえ。わたしはこれで。お気を落とされませんよう」
剣持真太郎「仕事のイロハを教えてやったというのに、すっかり薄情になりおって」
参列者「失礼します」
園部「お、今の市議会議員の畠山じゃないか」
奈美恵「お義父さんの昔の部下だったみたい」
園部「凄いな。次期市長候補だぞ」
剣持真太郎「ふん。そんな大したヤツじゃありませんな」
剣持真太郎「単に要領がいいだけですよ」
園部「それより奈美恵、合羽どこだ?」
剣持真太郎「庭の離れのビールケースが置いてある所です」
奈美恵「庭の離れよ。どうするの?」
園部「受付変わってやるよ。真大君についててやれ」
剣持真太郎「いやいやお手数おかけしますな」
園部「どうせお前がいないと彼、何も出来んだろ」
剣持真太郎「失敬な!私の息子ですぞ!」
奈美恵「大丈夫。ああ見えてお義父さんの血を引いてるのよ」
園部「そりゃまた先行き不安だ」
園部「じゃあ俺は真ちゃんと遊んであげようかね」
園部「今行きますよ~若くて優しい方のお爺ちゃんですよ~」
剣持真太郎「奈美恵さん。君のお父さんへの塩は激しめに叩きつけてくれたまえ」
〇古いアパートの居間
真之介「これがジークフリート」
真之介「これがサロメ」
真之介「じゃあこれは?」
園部「ええと、ジーク、何?」
真之介「これはオーディン。さっき教えたでしょ」
真之介「じゃあこれは?」
園部「サ、サロメ?」
真之介「クシナダ姫!全然違うじゃん!」
園部(だ、駄目だ。全く違いが分からん)
園部「でも真ちゃんが楽しいなら、お爺ちゃんも嬉しいよ」
真之介「あはははは!」
園部「あはははは!」
「あはははは!」
剣持真太郎「嬉しそうで何よりだがもう少し時と場所を考えてもらえませんかな?」
奈美恵「お父さん!真之介!」
「ごめんなさい」
〇畳敷きの大広間
剣持真太郎「こっちだこっち。さあ、入ってくれ」
真大「・・・」
剣持真太郎「おい真大!挨拶!」
木林「本日はまことにお悔やみ申し上げます」
真大「・・・」
剣持真太郎「おいきちんと挨拶せんか!喪主だろう!」
奈美恵「お義父さんと同じ部署だった木林さん」
木林「最後の部下になってしまいました」
真大「・・・」
奈美恵「す、すみません。うちの人まだショックが大きくて」
木林「構いません。いきなりでしたので当然です」
剣持真太郎「それは違うぞ木林君!男子たるもの、いついかなる時も不測の事態に備えておかねばならん!」
剣持真太郎「不出来な倅で申し訳ない。この度は私の為にわざわざ足元の悪い中・・・」
木林「あ」
木林「凄い賞状の数ですね」
剣持真太郎「そ、そう?これでも一部なんだがね」
奈美恵「これでもほんの一部なんですよ。私も最初見た時びっくりしました」
木林「一流高校に一流大学。青年会議所商工会議所名誉会員」
木林「出た、全日本柔道連盟!」
剣持真太郎「証書という物はなにかをやりとげた証だ。つまり顔だ。一流の証書は一流の顔になる」
木林「お孫さんもやられてましたっけ。柔道」
奈美恵「ええ。夫の代わりに」
木林「それは頼もしい」
真大「すいません。トイレに・・・」
剣持真太郎「お前というヤツは!どこまで俺に恥を」
真大「一流高校の、劣等生だったそうですよ」
木林「え?」
真大「とんだ乱暴者だったと母が言ってました」
剣持真太郎「・・・」
真大「今日はありがとうございました」
剣持真太郎「ボソボソ喋るな!言いたい事ははっきりとだな・・・」
剣持真太郎「・・・」
木林「それじゃあ御挨拶させて頂きます」
奈美恵「どうぞ。こちらです」
剣持真太郎「あまりジロジロ見るなよ」
剣持真太郎「鼻、綿詰まってるからな」
剣持真太郎「全く・・・不格好極まりない」
〇古いアパートの居間
剣持真太郎「一人か?」
剣持真太郎「ふん。優しい方のお爺ちゃんは飽きるのも早いと見える」
剣持真太郎「お前もお前だ。少しはお母さんの手伝いでもしなさい」
剣持真太郎「全く・・・俺が死んだ途端にこれだ」
真之介「?」
真之介「何かいる?」
剣持真太郎「いるぞ」
真之介「気のせいか」
剣持真太郎「いいか真之介」
剣持真太郎「お前も来年から小学生なんだ」
剣持真太郎「玩具遊びなんぞ卒業してもっと勉強や運動を頑張ってだな」
真之介「!」
剣持真太郎「どうした?やっと俺に気がついたか?」
真之介「しっこ」
剣持真太郎「何なんだ親子そろって小便小便と・・・」
剣持真太郎「おい万理。早く迎えに来てくれ」
剣持真太郎「もしかしたら俺は一生このままなんじゃないだろうな?」
剣持真太郎「まあ一生は終わってるけどな・・・ははは」
剣持真太郎「笑えん!」
〇畳敷きの大広間
『奈美恵さ~ん。ビールもう一本いいかな~』
奈美恵「は~い」
剣持真太郎「こいつら、この状況に慣れ始めてないか?」
剣持真太郎「お前はお前でいつまでぼんやりしとる」
剣持真太郎「もっと頑張らんか」
園部「真ちゃ~ん。こっちおいで~」
真之介「は~い」
剣持真太郎「こら!バタバタ走るんじゃない!」
奈美恵「真之介。早くお風呂入っちゃいなさい」
真之介「まだー」
奈美恵「もう。こういう時こその厳しいお爺ちゃんだったのに」
園部「優しいお爺ちゃんはまだいるよ~」
参列者「なあ真ちゃん。真ちゃんはこれからも柔道続けるのかい?」
剣持真太郎「そりゃあ勿論」
真之介「やめたい」
剣持真太郎「え?」
真之介「ねえママ。やめていいでしょ」
園部「こら真之介。そんなこと言ったら真太郎お爺ちゃんが悲しむぞ」
剣持真太郎「園部さん・・・」
園部「でもまあ辞めたいなら仕方ないか!とっとと辞めちゃおう!」
園部「今は猛勉強とか特訓とかいう時代じゃないしな。無理強いはダメだ無理強いは」
園部「真大君もそんなやり方には疑問を持ってたんだろう?」
園部「いやいや、それでいいんだよ。娘も君の優しい所に惚れたんだから」
真大「煙草吸ってきます」
剣持真太郎「真大!」
真大「?」
園部「何の音だ?」
『風でしょう?この家、古いから』
真大「・・・」
園部「なあ奈美恵。本当に真大君、大丈夫なのか」
剣持真太郎「お気遣い無用。ああ見えても私の倅です。やる時はやる」
園部「もしもの時は私が代わりに挨拶を」
剣持真太郎「お、大きなお世話・・・」
奈美恵「いい加減にしてお父さん!」
園部「す、すまん。口が過ぎた」
奈美恵「真之介もすぐお風呂入りなさい!」
真之介「ごめんなさい」
剣持真太郎「ご苦労おかけします」
〇昔ながらの一軒家
「・・・」
「雨もすっかり止んだな」
〇畳敷きの大広間
奈美恵「ZZZ・・・」
剣持真太郎「休んでて下さい。寝ずの番なんて時代じゃない」
剣持真太郎「色々ありがとう。これからも真大と真之介を頼みます」
剣持真太郎「・・・」
剣持真太郎「そんなに嫌だったのか」
剣持真太郎「だったら忘れていいぞ」
剣持真太郎「厳しいお爺ちゃんはもういないからな・・・」
真之介「・・・!?」
剣持真太郎「・・・!」
真之介「うわああああああああっ!」
剣持真太郎「え?え?え?」
〇昔ながらの一軒家
「ははははは!」
〇畳敷きの大広間
園部「そりゃ驚くよな~。ただでさえ怖い上に、おばけときたか~」
奈美恵「お爺ちゃんは真之介のことが心配なのよ」
真之介「いいから!心配しなくていいから!」
真大「・・・」
〇風流な庭園
剣持真太郎「とりあえずまだ戻らん方がいいな」
剣持真太郎「・・・」
剣持真太郎「俺は何でまだここに残ってるんだ?」
『また補習?』
剣持真太郎「え?」
『ちゃんとやらないと卒業できないわよ』
剣持真太郎「どういう意味だ?」
「盆栽・・・」
真大「こんなの、どうしたらいいんだよ」
剣持真太郎「それは頑張って・・・」
真大「『頑張って育てろ』・・・だろ」
剣持真太郎「・・・!」
真大「・・・」
剣持真太郎「・・・」
真大「分かってるよ。頑張れ。頑張れ」
真大「いつもそうだった。一度も『頑張ったな』って言ってくれなかった」
剣持真太郎「真大・・・」
真大「どうすりゃいいんだよ。今どう頑張ったらいいんだよ」
真大「俺の前にも出て来てくれよ」
剣持真太郎「ここにいるぞ」
剣持真太郎「ここにいるんだ・・・」
剣持真太郎「頑張れ・・・頑張れ・・・頑張れ・・・」
〇昔ながらの一軒家
真之介「・・・」
真之介「?」
剣持真太郎「!」
真之介「・・・」
真大「・・・」
奈美恵「・・・大丈夫」
奈美恵「私がついてる」
真大「・・・」
真大「ほ、本日は・・・」
真大「本日は、父真太郎のためにお集まり頂き、本当にありがとうございました」
剣持真太郎「・・・」
剣持真太郎「頑張ったな。真大」
「よーし。合格!」
剣持真太郎「万理か。やっと迎えに来てくれたか」
剣持真太郎「っておい!なんだその姿?」
マリ「そっちこそいつまでシワシワなのよ」
マリ「もしかしたらずっとお爺ちゃんでいる気?」
マリ「え~?超最悪なんですケド。マジ別れたいんですケド」
マリ「じゃあ先行ってるね。ちゃんとピチピチに戻ってるように!」
剣持真太郎「ピチピチ・・・」
剣持真太郎「こ、こうか?」
シンタロー「うん。悪くねえな」
真之介「?」
シンタロー「おう真之介」
シンタロー「頑張れ・・・」
シンタロー「・・・あ」
シンタロー「また赤点になる所だった・・・」
シンタロー「じゃあな」
シンタロー「強くなれよ!」
真之介「・・・」
『出棺です。皆様お見送り下さい』
「パパ」
「うん?」
「柔道。もう少し続けてみる」
「そうか・・・」
「頑張れ!」
「がんばる!」
次回『帰って来た昭和(オレ)』
お楽しみに!
「帰ってくんな!」
亡くなった人は少し家にとどまるとよく言われますよね。家族一人一人としばしお別れの時間ができるのならそうであってほしいです。孫が少し霊の存在を感じて最後に柔道をもう少し続けると言うのがなんだかジンとしました。
なんだかんだ言って、優しいおじいちゃんなんですね。
厳しいこと言ってしまうけど、大切に思ってくれているのですよね。
すごく話のまとめ方がお上手だと感じました!
普通に優しかったり普通に子煩悩だったりした親より、厳しくも個性的なタイプって亡くなった時の喪失感はより増すんでしょうね。嫁はなかなかいい人ですね。