怪しく生きる

烏川 ハル

レイラとオーラフ(脚本)

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〇怪しげな酒場
  王国暦318年の夏の夜。
  王都の酒場『黒い女狐亭』に、一人の騎士が来店した。
騎士団長オーラフ「じゃまするぞ」
女主人レイラ「あら、オーラフ様じゃないですか! お久しぶり!」
  彼は王都を訪れるたびに『黒い女狐亭』に立ち寄るような常連であり、しかも騎士という高い身分だ。
  女給ではなく、女主人が自ら出迎えるほどの上客だった。
騎士団長オーラフ「うむ、しばらく来られなかったな。最近は国元の方が忙しくて・・・」
女主人レイラ「そうでしょうね。なにしろオーラフ様は、アスマン伯爵家の騎士団長ですもの」
女主人レイラ「アスマン伯爵の事件は、王都でも噂になっていますわ」

〇宮殿の門
  オーラフが仕えるアスマン伯爵は、西方に領地を持つ貴族だ。
  王宮の行政府で大臣職を得て、しばらく前から王都で暮らしていた。
  今から3ヶ月ほど前、初めての大仕事として、建国記念式典の総責任者に任命される。
  毎年おこなわれる式典なので、伝統的に「絶対に守らなければならない点」も多く、先輩の大臣たちの指導を仰いだが・・・。
  若いアスマン伯爵は、王宮内の慣習に疎い部分もあり、例えば先輩大臣への付け届けが足りなかったりして、機嫌を損ねてしまう。
  十分な指導を受けられず、いくつか大きなミスを犯すことになった。
アスマン伯爵「確かに全ては僕の責任だが・・・。失敗の原因は、キルステン侯爵に陥れられたせいだ!」
  怒ったアスマン伯爵は、王宮内でキルステン侯爵に斬りかかった。
  その場でアスマン伯爵が取り押さえられたため、キルステン侯爵は命拾いする。
  一方、王宮内で事件を起こしたアスマン伯爵の罪は重く、王命により自害を申し渡されて・・・。

〇怪しげな酒場
女主人レイラ「アスマン伯爵家、お取り潰しになるのですか?」
騎士団長オーラフ「庶民の間でも、そこまで噂が広まっているのか・・・」
  女主人レイラが注いだ酒を口に運びながら、オーラフは苦笑いを浮かべる。
騎士団長オーラフ「実際、アスマン伯爵は無念のまま亡くなられたし、伯爵に御子はおられなかった」
騎士団長オーラフ「お家存続の交渉を王宮と行うのは家臣たちの務めだが、政務担当の者たちは全て、今回の一件で引責辞任させられている」
騎士団長オーラフ「だから畑違いを承知の上で、騎士団長の私が、こうして王都までやってきたわけだ」
騎士団長オーラフ「アスマン伯爵家の代表者としてな」
女主人レイラ「それで、王宮の行政府との交渉、上手くいきそうなのですか?」
騎士団長オーラフ「死後養子の形で後継者を擁立して、なんとかアスマン伯爵家は続きそうだ」
騎士団長オーラフ「ただし、その人選は王宮側で行われており、私が口を挟む余地はなく・・・」
騎士団長オーラフ「キルステン侯爵の親戚筋から迎え入れる形になるだろう」
女主人レイラ「まあ、ひどい!」
女主人レイラ「キルステン侯爵といえば、今回の事件の元凶みたいなものなのに・・・!」
女主人レイラ「それじゃアスマン伯爵家は、キルステン侯爵に乗っ取られるようなもんじゃないですか!」
騎士団長オーラフ「仕方ないのだよ、レイラ殿」
騎士団長オーラフ「こちらがアスマン伯爵の遠縁から後継者を探そうとしても、候補者は女性ばかり」
騎士団長オーラフ「これでは王宮側が認めてくれるはずもない」
騎士団長オーラフ「王宮の言いなりになるしかないのだ」
女主人レイラ「女性・・・」
騎士団長オーラフ「残念ながら家督を継げるのは男性のみ。それが、この世のしきたりだ」
騎士団長オーラフ「王都に店を構えるレイラ殿ならば、噂くらいは聞いたことがあるだろう? 数年前、イェーガー家の当主が亡くなった際の騒動を」
女主人レイラ「その話なら聞いています」
女主人レイラ「イェーガー家は代々、王宮で武術指南役を務めていたけど、次代の当主が女だったためクビになり、王宮から追い出されたとか・・・」
女主人レイラ「イェーガー家に代わって、ケーグル家が武術指南役に着任したとか・・・」
騎士団長オーラフ「なかなか詳しいじゃないか、レイラ殿」
女主人レイラ「恐れ入ります」
女主人レイラ「でも、イェーガー家にしろケーグル家にしろ、しょせん怪人集団の話でしょう?」

〇戦場
  怪人集団とは、かつて戦乱の時代に活躍した者たちの末裔だ。
  王国の建国戦争の際も、表向きの戦場で戦うだけでなく、裏では諜報活動や暗殺などを請け負っていたという。
  それらの貢献が認められて、建国以来、怪人は王宮に召し抱えられてきた。
  武術指南という役職のほか、配下の者たちも含めて、密偵や用心棒のような役割も果たしているらしい。

〇怪しげな酒場
騎士団長オーラフ「そういう差別は良くないな、レイラ殿」
騎士団長オーラフ「少しくらい姿形は異なれど、怪人とて人の世で生きる限りは我らと同じ」
騎士団長オーラフ「人として生きる限り、我らと同じ人間なのだよ」
  オーラフは妙に眼光を鋭くして、意味ありげにレイラを見つめるのだった。

〇貴族の応接間
  同じ頃。
  王都にあるキルステン侯爵の屋敷、その奥の一室で・・・。
  当主のキルステン侯爵が、銀色の怪人と密談を交わしていた。
  王宮の武術指南役であるケーグル家に連なる怪人で、『ケーグル13人衆』と呼ばれる一人だ。
  しばらく前からキルステン侯爵のところに派遣されて、彼の手足となって働いていたのだ。
キルステン侯爵「どうじゃ、探ってみた結果は?」
キルステン侯爵「表向きの政務以外に、オーラフが王都に来た理由はあったか?」
ケーグル13人衆 シルバー「馴染みの酒場を飲み歩いて、昼行灯を装っているようですが・・・」
ケーグル13人衆 シルバー「酒ではなく、人脈作りや情報収集がメインでしょうね」
ケーグル13人衆 シルバー「酒場には、人も噂も集まってきますから」
キルステン侯爵「では、世間の噂みたいに、この侯爵家への討ち入りもありえるのか?」
  世間の噂と言ったら大袈裟だが、彼の耳には「主君の仇として、オーラフがキルステン侯爵を狙っている」という話も届いていた。
キルステン侯爵「オーラフ一人ならば怖くはないが、手勢を集めて来られては、少し厄介だ」
キルステン侯爵「世の愚民どもは、死んだアスマンに同情的なのだろう? そいつらがオーラフの手駒になったら・・・」
ケーグル13人衆 シルバー「心配ならば、こちらから先手を打ちましょうか?」
ケーグル13人衆 シルバー「オーラフさえ始末してしまえば・・・」
キルステン侯爵「うむ、そうしてくれ」

〇入り組んだ路地裏
  それから数時間後。
  『黒い女狐亭』からの帰り道、人通りの少ない裏路地を歩いていたオーラフは・・・。
ケーグル13人衆 シルバー「死ね!」
騎士団長オーラフ「何者!?」
  いきなり現れた銀色の怪人に襲われて、命を落としてしまう。
  そして怪人が去った後、同じ場所に・・・。
  通りかかったのは、『黒い女狐亭』で働く女給の一人だった。
『黒い女狐亭』の女給「いけない、いけない。いくら遅番とはいえ、これじゃ遅刻しちゃう!」
  走っていた彼女は、地面に倒れているオーラフを見つけて、目を丸くする。
『黒い女狐亭』の女給「大変、大変! これって、常連客のオーラフ様じゃないの!?」
  慌てて歩み寄るが、既に死んでいるのを確認するだけ。
  もはや何も出来ることはなかった。
『黒い女狐亭』の女給「オーラフ様・・・」

〇怪しげな酒場
  彼女は慌てて、『黒い女狐亭』に駆け込んでいく。
『黒い女狐亭』の女給「大変です、おかしら!」
女主人レイラ「その呼び方はやめなさいって、いつも言ってるでしょう?」
『黒い女狐亭』の女給「すいません。でも・・・」
女主人レイラ「それほど火急の用事なのね? 何があったの?」
『黒い女狐亭』の女給「実は・・・」
  女給が耳打ちすると、レイラの表情が険しくなる。
女主人レイラ「わかったわ。みんなを集めましょう」
『黒い女狐亭』の女給「おかしら・・・」
  レイラは営業用の笑顔を浮かべて、店中の客に向けて叫ぶ。
女主人レイラ「申し訳ありません。今夜は、これで閉店となります。またのお越しを!」
  せき立てるようにして、全ての客を帰らせるのだった。

〇貴族の応接間
  翌日の夜。
  キルステン侯爵の屋敷にて・・・。
キルステン侯爵「でかしたぞ、シルバー。これで一安心じゃ」
キルステン侯爵「たとえオーラフが既に手勢を集めていたとしても、中心人物のオーラフが死ねば、残りは烏合の衆。自然に勢力も潰れるだろうて」
ケーグル13人衆 シルバー「はい、キルステン侯爵」
ケーグル13人衆 シルバー「オーラフが殺されたことで、見せしめにもなったでしょう。その一党に加われば命はない、と」
ケーグル13人衆 シルバー「これで、その意思を継ぐ者も出なくなります」
  二人は高笑いするが、それに水を差す声が、その場に響き渡る。
???「それはどうかな?」
???「在野に降った中には、良識ある者も大勢いるぞ」
「誰だ!?」
  扉を開いて現れたのは、数人の女たち。
キルステン侯爵「何だ? 酌女を呼んだ覚えはないぞ?」
ケーグル13人衆 シルバー「見覚えがあります!」
ケーグル13人衆 シルバー「オーラフの行きつけだった店の一つ、そこの女主人と女給たち・・・」
  首から下げたペンダントだったり、腕に巻いたチェーンだったり、耳のイヤリングだったり・・・。
  レイラたちは、それそれ一つずつ、身につけているアクセサリーを引きちぎった。
「封印解除!」
  彼女たちの姿が変わる。
多刀流のレイラ「イェーガー党15代目頭領、多刀流のレイラ」
多刀流のレイラ「配下の怪人軍団と共に、ここに推参!」

〇貴族の応接間
ケーグル13人衆 シルバー「馬鹿め! 怪人軍団の配下がいるのは自分だけと思うな!」
  シルバーが指笛でブザー音を鳴らすと、部屋の周りに配置されていた怪人たちが集まってくる。
ケーグル13人衆 シルバー「曲者だ! 始末しろ!」
「ハッ!」
  シルバーの命令により、ケーグルの怪人たちが、レイラ配下のイェーガー党に斬りかかるが・・・。
  イェーガー党の怪人たちは、素早い身の動きで全て回避。
  そして、その直後。
イェーガー党の怪人「一文字斬り!」
イェーガー党の怪人「火炎剣!」
  ケーグルの怪人たちに対して、すぐさま反撃して・・・。
「ぐはっ!?」
  あっさり返り討ちにする!
  その間にレイラは、キルステン侯爵とシルバーに詰め寄っていた。
多刀流のレイラ「アスマン伯爵を死に追いやり、さらにはオーラフ騎士団長の命まで奪うという悪業・・・」
多刀流のレイラ「断じて許さん!」
キルステン侯爵「シルバー、わしを守れ!」
ケーグル13人衆 シルバー「お任せください、キルステン侯爵」
ケーグル13人衆 シルバー「この私とて、映えある『ケーグル13人衆』の一人なれば、この程度の相手・・・」
  シルバーは自信満々で攻撃するが・・・。
  レイラには当たらない!
多刀流のレイラ「遅い!」
  レイラが一度に複数の剣を振るう。
ケーグル13人衆 シルバー「む、無念・・・」
キルステン侯爵「このわしが、怪人ごときに・・・」
  レイラの斬撃は、その一振りだけで、キルステン侯爵とシルバーの命を同時に奪うのだった。

〇貴族の応接間
  照明の落とされた部屋の中。
  窓から入り込む月明かりが、斬り伏せられた死体を照らし出す。
  キルステン侯爵もケーグルの怪人たちも、もはやピクリとも動かない。
  彼らの亡骸を見下ろして、レイラが呟いた。
多刀流のレイラ「我ら怪人は怪しく生きるもの。されど人の心あればこそ、人の世で生きることが許される」
多刀流のレイラ「それを忘れた怪人は、もはや単なる怪異に過ぎぬ。怪異を始末するのも、怪しく生きる我らの務め・・・」
  そして配下の怪人たちと共に、キルステン侯爵の屋敷から、静かに立ち去るのだった。
  (おわり)

コメント

  • 勧善懲悪なお話は好きなので、読んでて楽しかったです。
    悪いことしておいて高い枕で寝てちゃダメですよね。
    仇をとった彼女達の姿がすごく素敵です。

  • 日本の時代劇的な設定と価値観を軸に、西洋風の舞台とバトルシーンを用いると、とても新鮮で魅力的な物語になるのですね。和魂洋才に通じる面白さですね!

  • 人間社会に怪人が存在し、彼らの役目が二分割しているのがこの物語の最も伝えたいことのように思えました。古から怪人と人間は同居していたのでしょう。

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