かげろう

絢里 絢李|あやさと じゅんり

かげろう(脚本)

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〇保健室
アクレシア「打ち水でもしようか」
  医務室の窓枠から差し込む日差しを見て思う。
  梅雨明けの空はすっかり晴れ渡り、今日も立派の真夏日だ。
  晴天の青は気持ちが良いが、こう暑いとまた熱に当てられるものも出てくるだろう。
  アレクシアは、井戸水を汲みに立ち上がった。

〇荒廃した市街地
  隣国との争いが激化して数年。

〇児童養護施設
  村の小さな学校兼救護施設で、アレクシアは看護師として常駐していた。
  比較的風通しの良い医務室とは違い、外の空気はたっぷりと湿気を含んでいる。
  戸を開けた瞬間、生暖かい風がまとわりつく。
アクレシア「とっとと汲んでこよう・・・」
  なみなみと水を入れた桶を抱えて戻ると、砂の道から陽炎が立ち上っていた。
  ゆらゆら揺れる幻影の中、見慣れた影が立っている。
ツキムラ「やあ、こんにちは」
  日の下でも、けして素顔を晒さない、陽炎のように実体の見えない男。
アクレシア「また来たんですか、曲者さん」
ツキムラ「やだなあ、曲者さんだなんて」
ツキムラ「君と僕の仲じゃないか、気軽に「警備員さん♪」と呼んでくれたまえ」
  相変わらず本気か冗談かわからない物言いを聞き流し 、医務室へ向かった。
  元・隣国の兵士だというツキムラは、かつて大怪我を負い、この村に運びこまれた。
  周囲の大人の反対を聞かず、彼を助けたのはアレクシア自身。
  もう隣国に戻ることはできないというツキムラを、村の人々は警戒しつつも、徐々に受け入れた。
  元来、お人好しの多い村なのだ。
  ツキムラ自身、不気味な出で立ちながら、なぜか子どもには好かれる不思議な雰囲気を持っていたことも大きい。
  今ではその腕を買われ、村の警備員として雇われている。
  その彼が、この医務室に勝手に立ち寄るようになって、どれほどの月日が経っただろう。

〇保健室
  当たり前のように室内までついてくるツキムラに、作り置きの茶をいれる。
ツキムラ「おや、いいのかい 私なんぞにお茶を出して」
アクレシア「専用湯呑みまで置いといて、なにをいまさら・・・」
  いつのまにか棚に混じっていた持参の湯呑みに、名前を書いたのは時々手伝いに来ている「保健委員」の子だ。
  「ツキムラさん、次はいつ来るんでしょうか」と妙に楽しそうだったの覚えている。
ツキムラ「今日は、他の先生や生徒さんはいないのかい」
アクレシア「この時間は、私だけですよ」
ツキムラ「ふーん・・・それは寂しいねえ」
  自分だけじゃなく、生徒たちにまで馴染むほど、出入りしているこの人に対して、もっと警戒するべきなのだろうか。
  それでも切り捨てられないのは、自身の甘さか。
アクレシア「私だけじゃ不満ですか」
ツキムラ「いやいや、滅相もない 私は、君に会いに来たのだから」
アクレシア「どうだか」
  すねた子供のように、そっぽを向いてみる。
  この守られた箱庭とすさんだ戦乱の間で育ち、外の世界を知らないアレクシアにとって、
  ツキムラは、いままで会ったことないタイプの「大人」だった。
  いつも飄々と掴みどころがなくて、怪しさの権化のような人物であるにも関わらず、この人の傍にいると安心する。
アクレシア「・・・包帯替えますか」
ツキムラ「うん、お願いしようかな」
  それが、彼が「夢見がちな箱入り娘」といいつつ、アレクシアの医療知識を評価してくれるからなのか、
  はたまた全然別の感情からくるものなのか、アレクシアはまだ知らない。
ツキムラ「そういえば、幼なじみの彼は元気かい」
  利き腕をアレクシアに預け、大人しく消毒されながら、ふとツキムラが聞いた。
  ぴくりとアレクシアの肩が跳ねる。
アクレシア「・・・ええ、元気ですよ」
ツキムラ「おや、その様子じゃあ、告白はまだみたいだね」
  ツキムラが目を見開く。
  どこか白々しいその様に、アレクシアは眉を寄せた。
  ジョルジュ。
  親友であり、軍の小隊長である彼が、実はアレクシアの想い人であると、この男に知られたのはいつだったか。
  それは同時に、危険な大人の遊びに足を踏み入れるきっかけになったのだけど。
アクレシア「足手まといになりたくありませんから」
ツキムラ「へえ、それは殊勝なことで」
アクレシア「・・・怒りますよ」
  からかう口調ににらみつけると、大人はおどけたように手を上げた
ツキムラ「失敬。冗談だよ」
アクレシア「あなたの台詞は常に半分以上冗談です」
  からかわれた仕返しに薬を多めに傷口に塗り込む。
ツキムラ「でもねえ・・・望みはあると思うんだよ」
  包帯を巻き終わった利き手に息を吹きかけながら、ツキムラはつぶやいた。
ツキムラ「彼・・・ジョルジュくんだっけ? お似合いだと思うんだけどなあ」
アクレシア「また勝手なことを・・・」
  あきれたようにため息をついた刹那――世界が反転した。
「相変わらずスキだらけだねえ わざとかい?」
  救護用ベッドの上で、アレクシアに馬乗りになったまま、ツキムラがささやく。
  なるほど、どうやらこれはいわゆる「押し倒された」状態らしい。
「「学内」でのこういう行為は控えていただきたい、と以前にも言ったはずですが」
「そうだっけ?」
  暗に「学外」での関係を匂わせたのは一応、脅しの意図もあったのだが。
  予想通り、ツキムラは欠片も動じる様子がなかった
ツキムラ「心配しなくても、ここで無体を働く気はないよ」
ツキムラ「私としても君との関係は内密にしておきたいからね ここの先生方を敵に回すと面倒だし」
  いけしゃあしゃあと、そんなことを言う。
アクレシア「・・・ツキムラさん」
ツキムラ「私はね、アレクシアくん」
  つっ・・・と、ツキムラは視線を泳がせた。つられてその先をたどる。
  窓の格子から見える校庭の青空に、少年たちの笑い声が響いた。
ツキムラ「私にはこの学校が聖域に見えるよ」
  美しいね。本当にキレイだ。と、ツキムラは語る。
  動乱の世をなんとか生き抜くための術を、日々学びながら、けして腐ることのない無垢な魂たち。
  永久にゆったりとたゆたう優しい時間のさざ波。
  だけど時間は有限だ。
  ずっと聖域には留まっていられない。
  包帯を巻いた手がアレクシアの頬に触れる。思わず息を呑んだのを、気づかれただろうか。
ツキムラ「ただ生きている、生かされている時間が、このご時世どれだけ貴重か 君だってわかっているのだろう」
  わからないはずがない。この狭い医務室の中でさえ、致命傷を負った者が年に何度も運び込まれる。
  アレクシアはそれを、ここの生徒だった時代から、看護師として働き始めてからも、ずっと見てきたのだ。
  だからこそ、外の世界は怖い。
  ここでの時間が有限であるように、アレクシアの力もまた有限で、
  外に出ればきっと、己には救えない命を嫌というほど見なくてはならない。
ツキムラ「私は以前、君に「敵味方関係なく救助する」理由を聞いたね」
アクレシア「はい」
ツキムラ「君は「私は看護師だから」と答えた」

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コメント

  • 戦時中の男女の恋愛が今の時代とは違い淡く儚く切ないものに見えるのは私だけでしょうか。彼女には看護師としての崇高な生き方が素晴らしい。

  • 2人の距離感が、とてももどかしくもあり、艶めかしくもあると感じてしまいました。夕暮れ時の空気にとてもよく嵌った感じの、切なさがありますね!

  • 戦時中は日本でもこんな恋物語がいろんなところであったのではないでしょうか。本気に思わせないように冷たい言葉をかけるのも、なんだかすごく切なく感じました。

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