〇黒
　　こんな平和、いらなくない？

〇低層ビルの屋上
　　何をしても報われなくて

〇渋谷駅前
　　幸せを見せつけられて

〇入り組んだ路地裏
　　世界に取りこぼされて

〇オタクの部屋
　　何もかもうまくいかなくて

〇血まみれの部屋
　　我慢して、我慢して
　　我慢しきれなくなって

〇病室
　　誰にも知られず、ぶっ壊れて

〇地下室
　　臭い物に蓋をする様に
　　見てみぬふりされた、君達

〇黒
　　その怒りは正しい
　　僕らを見ないで
　　いないふりをして
　　透明でいることを強いた上に成りたった
　　偽物の平和
　　そんなものに首をしめられて
　　窒息死寸前で
　　あえぎ続けるつもりかい？
　　やりかえせ
　　復讐だ
　　根絶やしにしろ
　　まつろわぬ僕らにも大義がある
　　世界を

〇黒
炎の怪人「──」
炎の怪人「灼き払え」

〇高級マンションの一室
マキ（手首はもう切るとこないわ）
マキ（お腹の上の方でいいか どーせ誰にも見せないし）
マキ「ん〜鉄分のいい匂い」
マキ「おちつく」
マキ「赤い涙みたいだな」
元政治家「何してる」
マキ「父さん」
元政治家「腕を見せろ」
マキ「違う、これは」
マキ「あっ！」
元政治家「・・・」
マキ「──」
元政治家「やはり、あの女の娘だな」
マキ「え？」
元政治家「ああ言ってなかったか」
元政治家「あいつ、別れてすぐ自殺したぞ」
元政治家「ある事ない事吹聴されても敵わん ちょうどよかったよ」
マキ（そん、な）
マキ（私は、何のために）
元政治家「明日の演説会 応援は10時からだ 腕は隠せよ」
元政治家「話はそれだけだ」
マキ（母さん）
マキ（う、うぅうう）
マキ（苦しいのに 悲しいのに）
マキ（やっぱり、涙の一つも出ない）
マキ（あの男の血のせいだ）
マキ「もういいや」
マキ「終わらせよう」

〇黒
　　灼き払え
マキ「誰？」
　　殺した叫びを解き放て
マキ「叫び、なんて」
　　大義はそこにある
マキ「──」
マキ「誰も」
マキ「気づいてくれなかった」
マキ「私が苦しい事、我慢してる事」
マキ「私が私を殺し続けてる事」
　　そうだ
マキ「私の自由が殺され続けてるのに 我慢しなくちゃいけないの？」
　　そんな道理はない
マキ「やり返していいのかな」
　　やりかえせ
　　殺される前に
　　殺し返せ
　　正当防衛だ
マキ「そうだよね」
マキ「皆が私にだけ我慢を強いるなら」
マキ「私、やり返すから」
マキ「正当防衛、するからね」
マキ「殺して」
マキ「殺して・・・」
マキ「──」

〇黒
マキ「根絶やしにしてやるからなァ！」

〇古いアパートの一室
トオル「!」
トオル（夢？）
トオル（支度しなきゃ）

〇古いアパートの一室
街宣車「有難うございます ○山✕太」
街宣車「○山✕太でございます 国民の幸せを第一に──」
街宣車「──駅前広場にて演説会を── どうぞ、お時間のある皆様は──」
トオル（──）
トオル（国民の幸せ）
トオル（国民て、誰だろ）
　　今日未明、元政治家の──氏が自宅で・・
　　一人娘のマキさんとは連絡がついておらず、事件の方向で捜査を──
トオル（物騒な事件ばかりだ）
トオル（行かなきゃ）

〇倉庫の搬入口（トラック無し）
班長「おい」
班長「その荷物はそこじゃない」
班長「何回言わせる！」
トオル「あ」
トオル「う──」
班長「返事は！」
トオル「──」
班長「この野郎！」
同僚「無理ですよ班長。彼は」
同僚「半年前に親父さんに死なれたショックで」
同僚「口がきけません」
班長「──」
班長「フン」
班長「人様に迷惑かけてる分しっかり働けよ」
トオル「・・」

〇病室
父「ご心配おかけして・・」
親類「いえいえ」
親類「では私はこれで」
トオル「父さん」
トオル「早く良くなってね」
父「まだいたのかお前」
父「疲れてるんだよ 寝させてくれ」
トオル「あっ、うん」
トオル「ごめん」

〇大きい病院の廊下
親類「トオル君」
親類「入院費は大丈夫そうかい？」
トオル「祖父の土地を売って何とか」
親類「おいおい困るよ」
親類「先祖代々守ってきた土地だ」
親類「長男の君が守っていってもらわなきゃ」
親類「親御さんにお世話になってきただろう？」
親類「働いて恩返しするのが筋じゃないの？」
トオル「でも、僕、大学が」
親類「そんなの、親やご先祖に不義理をする理由になるかい？」
親類「とにかく頼んだよ」
トオル「──」
トオル「はい」

〇駅のホーム
トオル（やっと夜勤終わった）
トオル（転んだ）
女の子「ふぇええっ」
女の子「えええええっ」
トオル「──」
トオル「あ、う」
女の子「えっ、えぐっ」
トオル（どうしよ）
トオル（いっそ）
トオル（僕もこける！）
女の子「えっ」
トオル（ズボン破けた）
女の子「お兄ちゃん」
女の子「大丈夫？」
トオル「コクコク」
女の子「・・」
女の子「あはは」
母親「ちょっと」
母親「うちの子に何してるんですか？」
トオル「あ、あっ」
女の子「お母さん」
母親「近づかないで下さい」
母親「行くわよ」
トオル「──」
「よ！ロリコン兄ちゃん！」
輩「お金貸して♡」

〇公衆トイレ
輩「無視すんな」
トオル「あ、う」
輩「おい」
輩「金は貰ったんだ、もういいだろ」
輩「ダメだね！」
輩「ナメてんだよコイツ」
輩「オラッ」
輩「『お納め下さい、ありがとうございます』だ」
輩「言うまで殴るからな」
トオル（どうして）
トオル（放っといてくれない）
トオル（僕がいったい何を？）
トオル（──）
トオル（消え去りたい）
トオル（透明になりたい）
トオル「!?」

〇黒
　　灼き払え

〇公衆トイレ
　　怒れ
　　根絶やしにしろ
トオル（この声は）
輩「聞いてんのか？オラッ」

〇黒

〇公衆トイレ
輩「消えた？」
輩「どこ行きやがった」
トオル（──）
輩「げっ!?」
輩「へ？おい！」
輩「グギャッ」
トオル「──」
トオル（こいつら）
トオル（僕が見えてない？）
輩「あ、ぐ」
トオル（・・・）
トオル（無視するなよ）

〇黒
　　そうだ
　　やりかえせ
　　君を壊したこの世界に
トオル（復讐を──）
輩「・・」
輩「・・か」
輩「母ちゃん・・」
トオル「──！」

〇黒

〇地下に続く階段
トオル「ハァ、ハァ」
トオル（こ、殺すとこ、だった）
トオル（なんだ、この──これは？）
トオル（僕は、いったい）
トオル「・・」
マキ「あら」
マキ「私の好きな、血の匂い」
マキ「お楽しみかしら？」
トオル「!」

〇血まみれの部屋

〇地下に続く階段
トオル「──!?」
トオル（今の、は？）
マキ「これから、駅前広場が面白い事になるよ」
マキ「君もいらっしゃい」
マキ「一緒に楽しみましょ？」
トオル「──」

〇駅前広場
立候補者「有難うございます ○山✕太でございます」
立候補者「ご足労感謝致します」
トオル「・・」
トオル（演説会、ここだったのか）
トオル（あの人は？）

〇駅前広場
立候補者「既にこの国は保たない所まで来ています」
立候補者「今こそ社会の在り方を見直し、大改革による世直しが必要です」
立候補者「私○山✕太、粉骨砕身で取り組む所存であります！」

〇駅前広場
立候補者「有難うございます」
立候補者「有難うございます 頑張ります」

〇駅前広場
トオル「──」

〇駅前広場
立候補者「有難う──」
マキ「御高説、痛み入りましたわ」
マキ「この国はイチからやり直しが必要 仰る通りと存じます」
立候補者「ご賛同頂けて何よりです これからも──」
マキ「だから」
立候補者「!」
立候補者「な、何を」
マキ「だからさ」
マキ「全部まっさらにしなくちゃね」

〇駅前広場
SP「刃物を離せ」
SP「先生、大丈夫ですか？」
立候補者「あ、ああ」
マキ「ふーん さすが政治家サマ」
マキ「守るべき市民を前に立たせちゃうのね」
マキ「偉い偉い」
立候補者「君、は？」
SP「大人しくしろ」
マキ「あァ！　掴んだぁ！」
マキ「いたーい！　掴んだァ！」
SP「くっ・・？」
マキ「掴まれたァ！　痛いよ！　離してよぉ！」
マキ「みなさーん！ 私の自由意志が今殺されましたァ！」
SP「うるさい、黙れ！」
マキ「離してくれないなら」
マキ「正当防衛、するからね」
SP「は？」
マキ「私の邪魔をする奴は」
マキ「私を殺す奴は」
マキ「みんな、殺し返してやる！」

〇黒

〇駅前広場
マキ「──」
SP「ば」
SP「化け物ッ」
SP「ギャッ」
マキ「五月蝿いなぁ」
マキ「私達を呼ぶなら、こう言ってよね」
マキ「全てを棄てた 持たざる故に無敵の怪人──」

〇駅前広場
？？？「『インヴィンシブル』」
？？？「灼き払え」

〇駅前広場

〇駅前広場
マキ「あ〜あ〜」
マキ「置いてかれちゃったね」
立候補者「──」
マキ「こんなもんだよね」
マキ「皆、我が身が大事 正当防衛、正当防衛」
マキ「心配しないでね 貴方を殺した後」
マキ「まとめて送ってあげるから」
立候補者「き、君は」
立候補者「何をしたいんだ？」
マキ「──は？」
立候補者「君は、人間だろう」
マキ「──」
立候補者「私が声を聞くべき、人間だろう」
マキ「・・・」
立候補者「教えてくれ、君の望みを 何故、こんな事をするのかを」
立候補者「その声を掬うのが、私のやりたい事だ」
マキ「・・・」

〇黒
マキ「もう遅いよ」

〇駅前広場
マキ「・・」
マキ「私、は」
マキ「私はインヴィンシブル！」
マキ「殺す！　一人残らず！」
マキ「根絶やしにしてやる」
マキ「それが私の望みだァァアッ！」
立候補者「──」
？？？「やめて！」
女の子「──」
女の子「お父さんを」
女の子「いじめないで」
立候補者「だ、駄目だユキ」
立候補者「逃げろ・・！」
マキ「──」

〇高級マンションの一室
母親「ウグッ」
母親「や、やめてくだ」
母親「ゥアッ」
元政治家「口答えするな」
マキ「お父さん」
マキ「お母さんを叩かないで」
元政治家「マ〜キ〜 聞こえなかったか？」
元政治家「パパに口答えしちゃ駄目だろ？」
マキ「やめて」
元政治家「頭が悪いんだな」
元政治家「本当に俺の子か？ ママの教育が悪かったんだろうな」
マキ「お父さん、お願い」
元政治家「五月蝿いッ」
元政治家「俺に指図するな」

〇駅前広場
マキ「五月蝿いッ！」
立候補者「た、頼む やめてくれ」
立候補者「グッ!?」

〇黒
マキ「私に」
マキ「指図するなァア！」

〇駅前広場
マキ「──!?」

〇黒
トオル（さっきから流れ込んでくるイメージ）
トオル（あの人のなのか？ なら──）
トオル（こんな事、止めなきゃ！）

〇駅前広場
マキ「君も邪魔するの？」
マキ「私の自由を殺すの？」
マキ「なら」
マキ「死ねっ！」
マキ「!?」

〇黒
トオル（できた！『透明化』！）
トオル（こ、これなら！）

〇駅前広場
マキ「消えたァ!?ズルい！」
マキ「ッこの」

〇黒
トオル「いける」
トオル「とにかく、動きを止めなきゃ」
トオル「ごめん！」

〇駅前広場
マキ「出てこい！バカァ！」
マキ「痛ァい」
マキ「よ！」
マキ「あ゛あ゛ッ」

〇駅前広場
？？？「へぇ、トオルくん やるじゃん」
？？？「でもダメだね 女の子の邪魔したら」
？？？「加勢するよマキちゃん」
？？？「燃えろ」

〇荒廃した街
トオル（ま、街が）
トオル（炎に・・！）
マキ「──」
トオル「!」
マキ「──」
マキ「みつけた」
トオル「ぎっ!?」
トオル（・・炎の揺らぎで！）
マキ「邪魔しないで」
トオル「あっ、ぐっ・・」

〇荒廃した街
？？？「あ── やりすぎた」
？？？「マキちゃんの晴れ舞台だったのにな〜」
？？？「まあいいか」
？？？「楽しい！」
？？？「あははは！」

〇荒廃した街
マキ「よし、殺すぞ」
マキ「根絶やしにするぞ〜」

〇血まみれの部屋
　　過去も

〇駅前広場
　　今も

〇荒廃した街
マキ「未来も」
マキ「全部まっさらにして」
マキ「世界を均すんだ」
マキ「死んで？」
？？？「ゲブっ」
マキ「またキミか」
マキ「しつこい」
マキ「なんで邪魔するの？」
トオル「・・ぃ」
マキ「ちゃんと喋れよ！」
トオル「づッ」

〇荒廃した街
マキ「さて」
マキ「足を掴むな」
トオル「・・じゃ、ない」
マキ「あぁ!?」
トオル「──あ」
トオル「あな、た──ひとりじゃ、ない」
マキ「──」
マキ「苦しいのは、私だけじゃないって？」
マキ「だから我慢しろって？」
マキ「五月蝿い」
マキ「知ってるよ、そんなの！」
トオル「ッ！」
マキ「こうでもしないと 誰も気付かない！」
トオル「──」
マキ「わからない！」
トオル「ゲォッ」
マキ「何の為に苦しんできたのか 自分を殺し続けてきたのか」
マキ「わからないじゃないか！」
トオル「ご、ふ──ふ」
マキ「・・」
マキ「もう、殺すね」
トオル「・・」
トオル「あなた、は──」
マキ「!」

〇病室
医師「・・皆様を呼んでください」
父「ト、オル」
父「どこ、だ」
トオル「僕はここにいるよ」
父「ト、オル──こ、この」
父「役立たず」
トオル「!」
父「俺がこんな 辛い、のに」
父「何を、ぼうっと して、る・・！」
トオル「──と、とうさ」
父「何の為に 育てて、やったと 思って、る！」
父「か、代われ・・ 代われ！」
父「俺の代わりに お前が死ねっ・・！」
父「あ゛あ゛あ゛ 痛い！痛いぃ！」
父「ああ゛っ──！」
父「──・・・」
医師「何の騒ぎです！ 興奮させては・・！」
医師「ッ　これは・・」

〇葬儀場
親類「惜しい人を亡くしましたな」
親類「全くです」
親類「トオル君は何故一言も喋らないの？」
親類「喪主でしょうに」
親類「あぁ〜」
親類「亡くなる間際まで口論してたみたいでね」
親類「大方お金の事じゃないですか」
親類「あら、最近の若い方はがめついというか」
親類「最期は憤死だったみたいですよ」
親類「!」
親類「じゃあ、トオル君が殺したようなものじゃ」
親類「情けない話ですなぁ」
親類「親殺しとはね」
トオル「・・・ッ！」

〇荒廃した街
マキ「──」
トオル「あなた、は」
トオル「──」
トオル「あなたは、ひとりじゃない」
マキ「・・・」
マキ「君、泣いてるの？」
マキ「──」
マキ「私のために？」

〇黒
　　やっとわかった
　　なんて、愚か
　　私は、誰か一人
　　わかってくれる人が、欲しかった
　　ただ、それだけだったんだ

〇荒廃した街
マキ「ホント、馬鹿ね」
トオル「まだ」
トオル「やり直せる」
マキ「人殺しだよ、私」
トオル「それでも」
トオル「やり直して、ほしい」
マキ「──」
マキ「なにそれ」
マキ「ふふ」
マキ「わかった」
トオル「!」
マキ「自首して、出来るだけ罪滅ぼしをして」
マキ「そしたら」
マキ「もう一度、君に」

〇黒
　　やり直せるわけ
　　ないだろう？

〇荒廃した街
マキ「──」
マキ「よけて」
マキ「あ゛あ゛ッ」

〇荒廃した街
マキ「あ゛あ゛あ゛」
　　人はやり直せない
　　だから尊いんだよ
マキ「あ゛づ　い゛ッ」
　　人生を愚弄するな
　　そんな怪人はいらない
マキ「あ゛──あ゛──」
　　炎に巻かれて
　　死んじまえ
マキ「・・・あ゛っ」

〇荒廃した街
トオル「──！」
？？？「──」
トオル「お、まえッ」
？？？「マキちゃん」
トオル「!?」
？？？「初めての仲間だったのに」
トオル「おま──えがッ」
トオル「殺した、くせにッ」
？？？「それは」
炎の怪人「僕の台詞だ」
トオル「!」
炎の怪人「僕らは固い絆で結ばれた同志」
炎の怪人「故に去る者は焼却あるのみ」
炎の怪人「喪われた物が戻るような甘言を」
炎の怪人「何故あの娘に囁いた」
トオル「──」
炎の怪人「世界を平らげる仲間だった 狂ったままの方が幸せだった」
トオル「そん、な」
炎の怪人「君は残酷な事を彼女にしたね」
炎の怪人「親を殺した人間が、まともに生きていけると本気で思っているのかい？」
トオル「それでも」
トオル「生きて、ほしかった」
炎の怪人「──棄てきれない愚者」
炎の怪人「我らインヴィンシブルのなり損ない」
炎の怪人「無色透明の半端者 さしずめ『インヴィジブル』といった所か」
炎の怪人「殺す自分も無い君には それがお似合いだよ」
トオル「──」
炎の怪人「彼女に「独りじゃない」と言っていたな」
トオル「それが、何だ」
炎の怪人「断言しよう。無敵にもなれず 平和にも馴染めない怪人よ」
炎の怪人「君は、独りだ」
トオル「──！」
炎の怪人「邪魔するなら次は殺す」
炎の怪人「じゃあね」
トオル「・・・」

〇荒廃した街
　　駅前演説会
　　襲撃──
　　後にインヴィンシブルが
　　起こす争乱の皮切りと
　　位置づけられるこの事件
　　公文書によれば
　　重症者多数
　　死傷者──
　　ゼロ
　　人を恨み、人を傷つけ
　　しかし──
　　最期には人を守って
　　死んだ怪人がいたことを
　　世界はまだ知らない
トオル「・・・」
トオル「──！」

〇黒
マキ「先にいくね」
マキ「ばいばい」

〇荒廃した街
トオル「・・・」