降れ、女子どもに篠突く雨よ

諸星香江

第一話「その日、彼女はやって来た」(脚本)

降れ、女子どもに篠突く雨よ

諸星香江

今すぐ読む

降れ、女子どもに篠突く雨よ
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇黒
  その日、転校生がやって来た。

〇教室
田村聡美「ウソ・・・」
  私は彼女の姿に目が奪われた。
???「初めまして。 今日からよろしくお願いします」
  腕や足はほっそりしていて、髪は長くてツヤがあって、瞳は大きく輝いていて。
  まるで冬の星空のような物静かで存在感のある美しい少女だった。
  女子は憧れのため息とともにざわめき、男子は言葉もなく全員が見とれている。
  だけど・・・。
  私と一部の生徒は別の意味で驚いていた。
田村聡美(あの人、まさか・・・!)
  黒板にくっきりと書かれた『北条玲香』
  忘れたくても忘れられない名前。
田村聡美(間違いない、北条さんだ・・・小学校の時、一緒のクラスだったあの・・・)
  私は北条さんのことを知っている。そしてそれは、私だけではない。
  クラスメイトの飯野さんがいる席をちらりと確認すると、彼女は青ざめた顔でうつむいていた。
北条玲香「・・・あれ? ねえ、あなた──」
  いきなり呼ばれて心臓が跳ねる。
北条玲香「もしかして田村さん?」
田村聡美「わ、私のこと、覚えてるの・・・?」
北条玲香「やっぱり! 久しぶりね」
先生「なんだ知り合いか?」
先生「それなら隣の席に北条の机を置くから、色々と教えてやれ」
  あっという間に私の隣に北条さんの席が用意された。
  みんなの羨ましそうな視線が私に集まるのを感じる。だけど私は複雑だった。
北条玲香「ねえ、よかったら連絡先交換しない?」
田村聡美「え?」
  小声で北条さんは言葉を続ける。
北条玲香「・・・嫌なんて言わないよね?」
  冗談じみた口調だったけど、拒否を許さない底知れぬ圧を感じて背筋が震える。
田村聡美「う、うん。いいよ・・・」
  私は流されるまま、北条さんと連絡先を交換した。
  ありがとうと明るく笑う北条さんは、大人しかったあの頃とはまるで別人だった。

〇警察署の食堂
  美少女転校生の噂は瞬く間に広がり、1週間もしないうちに、北条さんは皆の中心的存在となった。
森山夏希「いやーすごいよね、北条玲香人気。 うちのクラスでも信者でまくってるし」
森山夏希「聡美は北条さんと同じ小学校だったんでしょ? 昔からあんな感じだった?」
田村聡美「ううん、大人しくてどちらかっていうと地味な感じだったかな」
  次の話は言おうかどうか少し迷った。
田村聡美「・・・あと、飯野さん達にイジメられてた」
森山夏希「イジメ? 飯野って飯野圭子のこと?」
田村聡美「うん・・・」

〇黒
  飯野圭子、安西萌、小坂優菜。
  現在、私のクラスメイトでもある彼女たちは、かつて北条さんをイジメていた。それも過激に。

〇警察署の食堂
田村聡美「最初は小突いたり、悪口言ったりするぐらいだったんだけど・・・」
田村聡美「だんだんエスカレートして、虫の死骸を机にばらまいたり、『キモ女の生態調査』とかいって勝手に動画撮って笑い合ったり・・・」

〇黒
  そしてあの事件が起こった。

〇教室
北条玲香「やだ・・・! やめて・・・やめてよ・・・!」
飯野圭子「ウッザ! ブスのくせに裸恥ずかしがってんじゃねーよ!」
小坂優菜「ジイシキカジョー! 誰もキモ女の裸とか興味ないから!」
  殴ったり蹴られたりされながら北条さんは裸にされ写真まで撮られた。
安西萌「この写真SNSにあげていーい? ハッシュタグは珍獣発見とか」
飯野圭子「あはは! ひどすぎてウケる!」

〇警察署の食堂
森山夏希「なにそれ!? もう犯罪じゃん!」
田村聡美「うん・・・実際問題になったんだ」
  裸をあげたSNSは大炎上。
  その上、写真を見て住所を特定したある会社員がいかがわしい目的で北条さんに接触する事件まで起きてしまった。
田村聡美「さすがに学校側も調査に乗り出してやっと北条さんのイジメはなくなったの」
森山夏希「いや遅すぎ! 周りは何してたの!」
  夏希の言葉が胸に刺さる。
  私は夏希のいう何もしなかった傍観者のひとりだったからだ。
田村聡美(私も飯野さん達にイジメられてた・・・)
田村聡美(でもターゲットが北条さんにうつってから構われなくなった・・・安全だった・・・)
  私は、私が安心して平穏な学校生活を送るために、北条さんのイジメを見て見ぬふりをしたのだ。
森山夏希「聡美? どうかした?」
田村聡美「え? ううん、なんでもないよ・・・」
森山夏希「そう? でもま、北条さんなら大丈夫でしょ」
森山夏希「むしろ北条さんを攻撃するやつのほうが痛い目みそうだし」
  そう、今の北条さんにはたくさんの仲間、たくさんの味方がいる。あんな悪夢は二度と起こらないはずだ。
田村聡美(あれはもう終わったこと・・・北条さんはもう大丈夫・・・だから)
田村聡美(私にはもう関係ない・・・!)

〇学校の廊下
  北条さんが来て、2週間後のことだった。
  その時、私は早足で廊下を歩いていた。
田村聡美「財布を教室に忘れるとか私のバカ! 急がないと体育の授業始まっちゃう・・・」
田村聡美「あれ? あそこにいるのは・・・」
北条玲香「・・・・・・」
  教室の外にある生徒専用の個人ロッカーの前に北条さんがいたのだ。
  ちょうどロッカーの鍵をかけているところだった。
田村聡美(北条さんも忘れ物? でも北条さんのロッカーはそこじゃなかったような・・・?)
田村聡美(・・・別にいいか。間違えただけかもしれないし、そもそも私には関係ない・・・)

〇黒
  私は見て見ぬふりをして立ち去った。
  彼女の行動の意味は数時間後にわかった。

〇教室
  午前の授業も終わり、昼休みになった。
田村聡美(夏希はもう食堂かな? 私も──)
小坂優菜「きゃああああああ!?」
  突然、切り裂くような悲鳴が教室中に響き渡った。
田村聡美「え? ・・・ひっ!?」
  声のする方を振り向いて私は思わず声をあげた。
  床に落とした小坂さんのお弁当箱の中身が・・・動いていたのだ!
女生徒1「きゃあああ! 虫!?」
女生徒2「キモっ!? マジなの!?」
  優菜さんを中心に悲鳴が次々とあがる。
  だけど事件はこれだけではなかった。
飯野圭子「優菜! あんたのロッカーが・・・!」
  ロッカー? もしかして・・・!

〇学校の廊下
田村聡美「うっ・・・!?」
  開かれた小坂さんのロッカーの中から大量の虫の死骸がこぼれだしていたのだ。
  芋虫に蛆、干からびたミミズ・・・気持ち悪くなって私は顔をそむける。
田村聡美(たしか、さっき北条さんが鍵をかけてたロッカーは・・・)
???「犯人が知りたい?」
  突然後ろから声をかけられる。
田村聡美「・・・北条さん?」
北条玲香「ねえ、少し話さない?」
  廊下でも悲鳴があがり、教室の混乱はまだ治まっていない。
  小坂さんの泣き叫ぶ声まで響いている。
  そんな異常な風景の中でいつもと変わらない様子の北条さんが異様に見えた。

〇高い屋上
北条玲香「私、復讐をするためにこの学校に転校してきたの」
  淡々と北条さんは私に打ち明ける。
北条玲香「田村さん、あなたも手伝って」
田村聡美「手伝うって・・・何を?」
北条玲香「もちろん私の復讐よ」
北条玲香「・・・『今度こそ』私を助けてくれない?」
  強調するような言い方に、息が詰まった。
田村聡美(悪気はなかった・・・)
田村聡美(誰かを攻撃したいなんて望んだこともない・・・私はただ、平穏な日常を送りたかっただけ・・・)
  だけど罪悪感が私を責める。
  イジメ、身代わり、北条さんを見捨て傍観者に徹した私・・・。
  黙りこんでしまった私を北条さんは静かに微笑んで見つめている。

〇黒
  その姿は美しくも恐ろしかった。

次のエピソード:第二話「やるかやられるか」

成分キーワード

ページTOPへ