名も無き怪物(脚本)
〇黒背景
ふと目を覚ましてみれば、目の前は真っ暗だった。
湿った空気と、鼻につく嫌な臭い。
一体何が起きたのか、何故こんな所に居るのかも思い出せぬまま、体はギシギシと重たい音を上げている。
[ ]「何処だよココ」
自分の姿すら見えない程の暗闇で、声は反響して耳に返って来る。
[ ]「誰か居ますかー? ねぇ、居ないんですかぁ? おーい!」
ビクビクしながら待ってみても、反応は無し。
[ ]「えっと、確か今日も普通に出勤して。それで、それで? あれ?」
俺の名前、職業などなど。
いくら頭を捻っても全然出てこない。
[ ]「何だこれ。確かに出勤してたのは覚えてるし、電車に乗ってた記憶はある、けど。え、待って。俺誰? 何してた人?」
思い出そうとしても、自らの情報が出てこない。
最後に残っているのは、いつも通りの電車内の景色と、やけに体に感じる疲労感。
そのことは覚えているのに、自分が誰だったのかが全然思い出せない。
[ ]「駄目だ、思い出せねぇ。というか、どこだよココぉ。マジで真っ暗。おーい、もしもーし。誰かいませんかぁ?」
情けない声を上げながらも立ち上がり、どうにか見つけた壁沿いに歩き始めるのであった。
迷子になったら動かない。
そんな事を聞いた事もあったけど、流石にココにずっと居るのは無理ってもんだ──
ザッザッザッ
自分の足音だけが響き渡る中、随分と長い事歩き回った。
坂道を登ったりしている感覚もあったので、多分同じところを回っているだけではない筈。そう信じたい。
[ ]「むしろ起きた所をもっと入念に探すべきだったかなぁ。スマホとかバッグとか落ちてたかもしれないし」
[ ]「はぁ・・・ついてねぇ、というか動揺し過ぎてそこまで気が回らなかった。完全馬鹿じゃん俺」
一人だというのにブツブツと呟きながら、ひたすらに歩いて行けば。
[ ]「お? おぉ? なんか音がする。この向こうか?」
ガンガンと叩いてみれば、どうにも鉄の扉か壁の様だ。
むしろ今までの土壁みたいな感触は一体何だったのか。
工事中の地下にでも落っこちた?
[ ]「すみませーん! 誰かいますかー!? ココに人が居まーす! 助けて下さーい!」
ガンガンガン!
[ ]「誰かー!? オーイ!」
向こう側からは間違いなく物音というか、人の声っぽモノが聞こえて来る。
ならば。
[ ]「ぬぉぉー! 誰か気付いてぇぇ!」
ガンガンとひたすらに力いっぱいに叩いた結果。
バコンッ!
[ ]「へ?」
〇白
今まで真っ黒だった世界が、一瞬で真っ白に変わった。
〇荒廃した街
何かぶっ壊しちゃった感触があったが、とにかく無事に地上へ出られたらしい。
なんて、呑気に言っていられる状況だったら良かったのだが。
おっさん「こっちからも“怪人”が出たぞ!」
おっさん2「逃げろ! “怪人”だ!」
キャーキャーワーワーと、テーマパークにでも訪れた様な賑やかさ。
[ ]「あ、あの。皆さん? これって何がどうなって──」
おっさん「来たぞ! 皆逃げろ! 早く、早く!!」
[ ]「ねぇ待って!? 何がどうなってんの!? 何から逃げてんの!?」
逃げ惑う人々に続こうと足を動かした、その時。
???「なぁんだ、随分まだ残ってんじゃねぇか」
[ ]「はい?」
???「よぉ、お前がここまで集めたのか? やるじゃねぇの、これだけ喰えばソッコー強くなれそうだぜ。半分貰っても良いか?」
[ ]「あの、えっと?」
なんだか馴れ馴れしく声を掛けて来たコスプレ男。
民衆がこれだけパニックを起こしている時に、この人は一体何をやっているのだろう?
[ ]「えぇと、何かヤバいみたいなんで。逃げた方が良くないですか?」
[ ]「あとこの状況ですから。その、コスプレ脱いだ方が良いっすよ?」
???「は?」
[ ]「いやだから、コスプレしてる場合じゃないって言うか」
喋っている途中で、グイッと横を向かされてしまった。
???「お前もしかして“生まれたて”か? いや、“怪人”を理解してない所を見るといつから寝てたんだよ?」
???「いつの時代の人? あ~ぁ、勿体ねぇ。ほら、見てみ?」
[ ]「はぁ? いや、さっきから何を言って」
そこには飲食店のガラスがあった。
そして、そこに映っているのは。
[ ]「なんだ、コレ」
???「今まで気づかなかったのかよ? 随分と間抜けな怪人もいたもんだな」
ゲラゲラと笑う声が聞えて来るが、それどころじゃない。
全身を触りながら、ガラスに映っているのが間違いなく俺である事を確かめていく。
[ ]「映ってるの、俺じゃん」
???「だからお前だって言ってんだろ」
[ ]「俺もコスプレしてる!?」
???「ちげぇって言ってんだろ! 怪人だよ怪人! 分かる? 人間捨てちゃったの俺等!」
???「そんでもってコイツ等“人間”は、俺等を排除しようとする訳よ」
[ ]「へ?」
???「見てみろよ、どいつもコイツも怯えた面してるが」
???「み~んな期待してるんだぜ? 自衛隊が到着すれば、俺達なんかすぐぶっ殺してくれるってな」
[ ]「自衛隊? ていうか、ぶっ殺してくれるって・・・」
困惑する俺に対し、彼は再び肩を掴んで来た。
???「察しが悪いなぁ、お前。俺達は今や国の敵、人類の敵。怪人ってのは殺しても罪に問われない化け物って訳だ」
???「まぁ俺達を殺せるのなんて、相当なブツでも持ってこないと──」
ズバンッ!
突然、隣で喋っていた男の腕が弾けた。
[ ]「はぁ!? え、はぁ!? いやいやいや、急に何!?」
思わず尻餅をつきながらバタバタと後退してみると。
???「やってくれるじゃねぇか。えぇ? 何処の部隊だよ」
???「この辺に出て来る奴等はこんな装備は持ってなかった筈だ」
[ ]「ぶ、無事なんすか?」
???「おうよ新入り、今から俺が全員片付けて来てやっから──」
ズバンッ! ともう一度音がして、今度は彼の足が吹っ飛んだ。
???「ずあぁぁ! くっそがぁ! どこのスナイパーだよ! こんなクソデケェ弾ぶち込んで来やがって!」
???「税金泥棒が! 今まで俺が払ってた税金返しやがれ!」
手足を片方ずつ吹っ飛ばされた彼は、バタバタと暴れまわるが。
ソレに追い打ちでも掛けるかのように、耳をつんざく銃声が響き渡る。
自衛官「怪人“新島大志”を確認! 撃てぇ! 相手が動いている限り、撃ち続けろぉ!」
[ ]「ひぃぃ!?」
どこから現れたのか、ニュースでしか見た事のない“武器を持った自衛隊”が、俺と話していた男に集中砲火を浴びせている。
[ ]「ちょっと、え? その人、死んじゃうって。ねぇ、死んじゃうって!」
自衛官「こっちも居るぞ! 全員警戒!」
[ ]「待って待って! 本当に意味分かんない! 撃たないで! 俺一般市民です!」
思い切り降参のポーズをとってみるが、彼等は容赦なく此方に銃口を向けた。
[ ]「お願いです待ってください! 本気で意味分かんないんですって! 怪人って何なんですか!?」
[ ]「なんで自衛隊がそこら辺で銃ぶっ放してるんですか!? お願いですから話聞いて下さい!」
自衛官「おい怪人、名前を言え! お前は“誰”だ!? 抵抗せず身元を明かせば、家族に葬儀はさせてやれる!」
〇黒背景
あぁ、駄目だ。
彼等の瞳を見た瞬間、理解してしまった。
この人達は、俺の事を“人”として見ていない。
[ ]「なんなんだよ、何がどうなってんだよ。訳わかんねぇよ・・・・・・」
自衛官「名乗る気はない、か。全員、発砲準備ぃ!」
呟いてから、諦めて項垂れた瞬間。
〇荒廃した街
新島?「ガアアアァァァァァ!」
自衛官 2「隊長! “新島”が再び動きはじめました!」
自衛官「ちぃっ! 発砲を許可する!」
先程雨の様な銃弾を浴びた彼が暴れまわり、俺を取り囲んでいた自衛隊は再び彼に向かって銃を向ける。
おかしいだろ、こんなの。おかしいだろ
平和な日本はどこ行っちまったんだよ、誰か教えてくれよ・・・
絶望とは、こういう時の感情を示すのだろう。
自らは化け物に変わり、目が覚めたら世界のルールが変わっていた。
こんなの、どうやって生きれば良いってんだ。
なんて、思っていたその時。
ズバンッ!
[ ]「え?」
頭上から、先ほど“怪人”を名乗った男を傷付けた音が聞こえて来る。
[ ]「いや、え? アレ、不味くねぇか?」
ビルの上に設置されている看板が、やけに傾いているのが見える。
その後ろには、“怪人”と思わしき影が数名程。
どうやら先程の狙撃は、あちらを打ち抜いたものだったらしい。
[ ]「お、おい! ここに居たらやべぇって!」
[ ]「なぁ聞いてくれよ! 今にもドデカイ看板が落ちてきそう──」
自衛官「撃て撃て撃てぇ!」
[ ]「おい聞けって!」
銃撃音にかき消され、俺の声は届かない。
だというのに、ベギャッと鈍い音を立てながら、頭上の看板を支える骨組みが折れた音が聞えた。
[ ]「おい聞け! 早く逃げろ! 皆逃げろ!」
[ ]「自衛隊の人も、怪人の先輩も!」
[ ]「外野も早く逃げろよ! なんでスマホなんか構えてんだよ!」
駄目だ、誰も聞いてない。
誰も彼も、今の状況に見入っていて周りなんか見ちゃいない。
このままじゃ皆死ぬ。
[ ]「逃げろって言ってんだろぉぉぉがぁぁぁ!」
叫んだ瞬間、右手に違和感を感じた。
[ ]「え?」
いつから握っていたのか、全く意識を向けていなかったが。
この手にあった長剣が、脈打った。
[ ]「今更だけど、滅茶苦茶物騒じゃん俺」
でも、コレが何なのかぼんやりと分かる。
[ ]「自分の事も分んないのに、コレは分かるのかよ」
突っ込みを入れながらも、その剣を腰だめに構えた。
[ ]「剣道なんかやった事ねぇから、上手く行くか知らねぇけど」
バゴンッ!
盛大な音を立てて降って来る看板に向け、その剣を向ける。
[ ]「普通無理だ、ていうか出来る訳ねぇ。でも、出来る気がする。ぜってぇ頭おかしい」
ブツブツと呟きながらも、構えた長剣を上空に向けて思い切り振り抜いた。
[ ]「これ失敗しても俺のせいじゃねぇからなぁぁ!?」
〇低層ビルの屋上
狙撃手「対象、一体逃亡しました」
「了解、ご苦労だった。“誰”が逃げたのか分かるか?」
狙撃手「いえ、未確認の個体だったようで」
「そうか、まぁいい。相手が何者であろうが、見つけ次第排除すれば良い話だ」
狙撃手「・・・・・・」
「何か言いたい事でも?」
狙撃手「彼は、あの場に居た全員を守ろうとしていた様に思います」
「世迷言を」
「相手は間違いなく怪人だったのだろう? なら、あり得ない話だ」
狙撃手「まぁ、そうなんですけどね」
「とにかく、一度帰還したまえ。後で詳しい報告をしてもらう」
狙撃手「了解、帰還します」
ブツッと無線を切ってから、もう一度スコープを覗き込んだ。
もう見えない所まで行ってしまった、あの黒い鎧。
狙撃手「貴方は一体何がしたかったの? なんで人を助けようとしたの? 怪人の癖に」
人を救おうとする怪人など、あり得ない。
だって今この世界は、怪人と人間で争っているのだから。
それが、現実。
狙撃手「変な奴」
それだけ言って、私はライフルを片づけるのであった。
怪人に姿を変えても、なお人間らしい心を持っている彼ですが、目覚めたら怪人になっていた…っていうのはだいぶ恐ろしいんじゃないでしょうか。
しかも世界が荒廃してますし。
これからどうなっていくのかとても気になる作品でした。
怪人を除いた皆がシルエットなのも、主人公の目に映るものが別世界であることが強調されていて良かったと思います。
今は人と戦っている怪人たちも、みんなはじめは人を守ろうとしたこの彼のように、優しい心をもった怪人だったんじゃないかなと思ったら、ちょっと切なくなりました。戦いが戦いをひきおこし、さらにどんどんエスカレートさせていく、、。彼にこの負のループを止めてほしいと願うばかりです。