絶対死にたい俺vs絶対死なせたくない彼女

春野トイ

死ぬならきっとこんな日だ(脚本)

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春野トイ

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〇ビルの屋上
  真っ青な空。ギラギラと輝く太陽。
  雲一つない晴れた日だ。
  そうだ。
  こんな日がいい。
  ──死ぬならきっと、こんな日だ。
  俺は錆びた手すりに手をかけた。
  瞬間に、思わず手を離す。
雨野陽介「あっつ」
  夏の日差しにカンカンに照らされた鉄製の手すりは、凶悪な熱を孕んでいた。
  出鼻を挫かれたような気がして、思わず座り込む。
  ここはビルの屋上だ。当然、コンクリートの床も熱かった。
  耐えきれない程ではない熱さを背中に感じながら、俺は大の字になる。
雨野陽介「(あーあ、いつもこうだ)」
雨野陽介「(最後の最後まで、上手くいかないんだなあ。俺は)」

〇教室
  あの時から、ずっとだ。

〇ビルの屋上
  ・・・暑くなってきた。
  なけなしの気合いを入れて立ち上がる。
  そうだ。
  この暑さも、汗で張り付いたシャツの不快さも、すぐにすべてが消えてなくなる。
  一歩、踏み出しさえすれば。
女性「あ、こんにちはぁ」
雨野陽介「・・・ど、どうも」
  今しがた上ってきた階段に続くドアが、勢いよく開いて閉じた。
  振り返ると、そこには手にレジ袋をぶら下げた女。
  いかにもお気楽そうな、のんきな笑顔を浮かべた女は、何故かずんずんと俺の隣にやってきて、
女性「ここ、いいですか?」
雨野陽介「はい?」
女性「お弁当食べるので」
雨野陽介「お弁当を」
女性「からあげ弁当なんですよ~」
  女はにっこりとレジ袋を揺らしている。
  いや、見れば分かる。
  からあげの匂いもするし。
  分からないのは、この女はどうしてこの炎天下で、この屋上で、からあげ弁当を食べようとしているのか、ということだ。
  ここで他の人間に出くわしたことはない。
  少なくとも、俺が勤めていた頃はそうだったのだが。
女性「いただきまーす」
  なんて女だ。沈黙を肯定と取ったらしい。
  座り込んだ女は膝の上に弁当を置いて、からあげを頬張り出した。
  にこにこと、弁当屋のCMに出れるんじゃないかってくらい、おいしそうに。
雨野陽介「・・・・・・」
  それを見ていると、何だか腹が減ってきてしまった。
  呆れたことに、死ぬと決めても食欲はなくならないらしい。
  俺は溜息を吐いて、階段で屋上から下りた。

〇古いアパートの部屋
  今年の夏は酷暑だった。
  夜になっても暑さが留まるところを知らない。
  夕飯――いや、最後の晩餐にからあげ定食を食べた俺は、アパートに戻っていた。
  こんなこともあろうかと、ロープを用意しておいた。
  これはビルに入れなかった時用だから、想定外ではあるのだが。
  これで、今度こそ、俺はクソみたいなこの世を去るんだ。
  ピンポーン
  カーテンレールにロープを巻き付けようとした時だった。
  部屋のインターホンが鳴る。
  一体こんな時に、誰だ?
女性「こんばんはぁ」
雨野陽介「えっ?」
女性「今日引っ越してきました、長谷川です」
  からあげ弁当の女が、いた。
  にこにこと。相も変わらずのんきな笑みを浮かべながら、
女性「お近づきの印に・・・」
  何でここに? 引っ越し?
  そんな気配あったか?
  理解が追い付かないまま、女――長谷川が差し出してきたのは、
  蕎麦だ。
  いわゆる、引っ越し蕎麦。
女性「お昼もお会いしましたよねえ」
雨野陽介「ああ・・・そ、そうですね」
女性「奇遇ですねえ。 ええと、雨野さん?」
雨野陽介「・・・ですね」
  表札を見たんだろう。
  長谷川は俺の名字を呼んだ。
女性「下のお名前は」
雨野陽介「陽介です」
女性「私はつばさです」
雨野陽介「はあ・・・・・・」
女性「この辺、住むの初めてなんです。色々教えてくださいな。 これからよろしくお願いしますねぇ」
  そう言って、ひらひらと長谷川は手を振って去っていった。
雨野陽介「・・・なんだったんだ」
  俺は、なんだか気が抜けてしまって、結局その日はそのまま寝てしまった。

〇駅のホーム
  次の日。
長谷川つばさ「あ、雨野さ~ん」

〇薬局の店内
  いや、その次の日も。
長谷川つばさ「またお会いしましたね」

〇ホームセンター
  その次の次の日も。
長谷川つばさ「偶然ですねえ」

〇ビルの屋上
  駅でも、ドラッグストアでも、ホームセンターでも。
  死のうと思った瞬間、長谷川は現れた。
  俺は――さすがに恐怖を感じていた。
  これから死ぬのに怖がるなんておかしな話だが、それでも怖いものは怖い。
  いや・・・何!? 何なんだあの女は!?
  新手のストーカーか!?
雨野陽介「なんで俺の邪魔をする!?」
  案の定現れた長谷川に、俺は叫んだ。
  ビルの屋上。最初に死のうとした場所だ。
  やっぱり、死んでやるならここだと思って、今日は覚悟を決めてきた。
長谷川つばさ「・・・じゃ、邪魔って何の話ですか?」
雨野陽介「とぼけるな! 知ってるんだろう、俺が死のうとしてること!」
  この状況の何もかもが意味不明だが、長谷川が俺の前にことごとく現れるのは、そうとしか思えない。
  現に、当たりと言わんばかりに、笑顔しか見せてこなかった長谷川の目が、思いっきり泳いでいる。
長谷川つばさ「えっとぉ・・・そうなんですか。 初耳ですけど・・・」
長谷川つばさ「あの、そんなのやめませんか? 自殺なんて・・・」
雨野陽介「いいや死ぬ! 今日こそ死んでやる! 何度も邪魔されてこっちはイライラしてんだ」
雨野陽介「見てろよ・・・」
  俺は手すりを引っ掴む。
  やっぱり熱い。知るか。
  そして、フェンスを上ろうと力を掛けた途端。
雨野陽介「えっ」
  音が鳴って。
  ぐらり、とフェンスが倒れた。
  当然、俺の身体も、
雨野陽介「うわっ・・・」
  宙に放り出される。

〇空
  あ、死ぬな。
  これは死ぬ。
  でも、この死に方だとこの会社に殺されたみたいで嫌だな。
  クソ会社め・・・
長谷川つばさ「雨野さん!!」
  はっと、声の方を向く。
  あの女が。
  長谷川が。
  飛び出してきている。
長谷川つばさ「待って・・・くだっ、さいっ!」
  おいおいおい、やめろ!
  もう間に合わないし、お前、死ぬぞ!?
  やめろって!!
長谷川つばさ「あなたに死なれたら、私、困るんです!!」
  ――この日のことは、俺は一生忘れないだろう。
  気づいたら長谷川の背には、天使のような真っ白い翼が生えていて、
  俺は空で、彼女に抱き留められていた。
  ──これは、絶対死にたい俺と、絶対死なせたくない彼女の、どうしようもない話だ。

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コメント

  • つばささんって一体何者なんでしょうね。
    意図的に彼の自殺を止めてるわけで、翼まで生えてるって天使なのかな?って思いました。
    唐揚げ弁当が食べたくなりました。

  • 死ぬという覚悟を決めて、気持ちを整えて、さぁ、ってタイミングでのつばさちゃんの登場、見事な気持ちの削ぎ方ですよね。テンションも会話内容も食べ物の香りも。そんな彼女の正体は一体、次話が楽しみです。

  • 私も過去にこう言った経験があります。
    でも今は生きててよかったと思います。
    今夜はからあげにしようかな…。匂いがしないのに匂いがしてきた気がします笑

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