されど、歩みは止められない

紅石

水戸部和人 上(脚本)

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紅石

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〇稽古場
水戸部 和人「稔さん、おれ、役を降ります」
水戸部 和人「でないと、幕が上がらない」

〇稽古場
  数日前
西 龍介「なぁなぁ、この雑誌に書いてある 『憑依型の俳優』って俺のこと?」
山本 朔「普通、本人を前にして聞きますか? 性格が悪いですよ 玲央も何便乗してるんだ」
西 龍介「玲央が見つけてくれたんだよなー」
橋田 玲央「はい。たまたまコンビニに行ったら この雑誌が置いてあって 表紙に朔さんの名前があったから」
橋田 玲央「つい買っちゃいました」
山本 朔「買わなくていい」
水戸部 和人「あとでおれにも見せてほしいな」
山本 朔「カズさん!」
橋田 玲央「もちろんです」
山本 朔「玲央!」
水戸部 和人「おっと、マネージャーから電話だ ちょっと失礼するね」
西 龍介「雑誌に載ってんだからいいだろ 売り上げに貢献したし」
山本 朔「売り上げに貢献したのは玲央でしょう」
山本 朔「そりゃあ雑誌ですから、人に見られても 大丈夫なことしか言ってませんが、 目の前で本人に読まれるのは──」
西 龍介「えーと、 『今の稽古場にも憑依型の俳優がいて、 僕は彼のことを・・・』」
山本 朔「読み上げるな!」
加藤 稔「雑誌!」
「雑誌?」
橋田 玲央「これ、のことですか?」
加藤 稔「それじゃなくて、ああもう!カズさんは!?」
加藤 航「稔、落ち着け。 雑誌は今スタッフが買いに行ってる」
加藤 航「タブレットで見ただろう みなさん、これを」
山本 朔「これは、ネット記事?」
西 龍介「はあ!?なんだこれ!?」
  演技派俳優、水戸部和人の真実!
  離婚の裏には不倫疑惑!?
  酒に溺れた荒んだ私生活の実態!
山本 朔「な、なんですかこれ・・・!? カズさんが不倫!?」
加藤 稔「カズさんは?」
橋田 玲央「電話に、外へ」
水戸部 和人「・・・・・・ 今、マネージャーから電話があった」
水戸部 和人「俺に聞きたいことがあるんですよね 稔さん」

〇稽古場
加藤 稔「この雑誌には、不倫疑惑の写真と 荒んだ私生活が書かれている」
加藤 稔「本当のことを答えてください これは、真実ですか?」
水戸部 和人「私生活の部分は概ね本当です 誰にも言ったことはなかったけどね 家では酒と煙草ばかりさ」
水戸部 和人「でも」
水戸部 和人「不倫はしていない おれが彼女と離婚したのは、 性格の不一致と双方の仕事の忙しさから」
加藤 稔「この不倫現場と書かれている写真に 写っている女性は?」
水戸部 和人「ただの共演者です 彼女とは離婚前にも離婚後にも 舞台で共演しています」
水戸部 和人「仕事帰りに二人で食事に行ったことも ありますが、すべて離婚後の話 ここに書いてある年ではありません」
水戸部 和人「こんな捏造記事、彼女にも失礼すぎる」
加藤 稔「事務所からは?」
水戸部 和人「正式に抗議文を出す予定です」
加藤 稔「うん。なら僕はカズさんを信じます 『されど、歩みは止められない』は 一切の変更なし」
加藤 稔「航」
加藤 稔「SNSの更新は一旦止めて、事務所からの 公式声明が出たら通常通り再開 記事のことには触れないように スタッフにも伝えて」
加藤 航「分かった」
加藤 稔「稽古は予定通り行います 本番まであと10日。外部からの悪意に 手を煩わせる暇なんてないんだから」
加藤 稔「数日間はネットが荒れるだろうけど みんな相手をしないように 所詮は捏造記事だ」
加藤 稔「カズさんのようにクリーンな印象のある 俳優は、少しのことで荒れやすい」
加藤 稔「人が家で酒とたばこを嗜んだところで 誰にも文句を言われる筋合いはないのにね」

〇SNSの画面
  水戸部和人けっこう好きだったのに
  不倫とか最低
  元妻って今ドラマ出てる女優さんだっけ?
  上手くいってない感じしてたし
  朔くんが出るから舞台のチケット
  買ったけど、水戸部降板しないなら
  行くのやめようかな
  あそこの雑誌、前のもデマだったから
  あんまり信用してない
  俳優一人の不祥事で私の好きなドラマが
  再放送されなくなるんだー!
  頼むー!やめてくれー!恨むぞー!
  写真に写ってるのがあの舞台の時なら
  その半年後に離婚・・・あっ(察し)
  干されろ。不倫男

〇稽古場
山本 朔「あんまり見るなよ」
橋田 玲央「そう、ですよね」
橋田 玲央「・・・その、思ってたよりずっと長く 話題になるなって 事務所から声明が出てもう2日経つのに」
山本 朔「確かにな。ネットなんて次々新しい話題 に移り変わっていくものだ なのにこの記事はずっとトレンドにいる」
山本 朔「こんな言い方はしたくないが・・・ 今回は相手のやり方が上手い」
山本 朔「情報を小出しにして 話題が長く続くようにしている スクープを伝えるというより、 炎上させることが目的としか思えない」
橋田 玲央「なんで・・・そんな・・・」

〇稽古場
  この写真の背景に写ってるお店の看板
  水戸部和人が離婚する前に潰れたはず
  それが写ってるってことは、この写真が
  離婚前に撮られたってこと確定じゃん
西 龍介「看板一つなんて、今時いくらでも加工 できるだろうに・・・」
西 龍介「それにこの写真、カズさんと女性が 一緒に歩いてるだけじゃないですか 手を繋いでるとかホテルから出てきた とかじゃないのに」
加藤 稔「加工した証拠もなければ、 加工をしていないという証拠もない」
加藤 稔「明確な正誤分からないとなると、 個人の感情が判断に大きく影響してくる」
加藤 稔「二つの情報のうち 一つは正しいっていうのがネックだね 一つが正しければもう一つも正しいと 思ってしまってもおかしくはない」
加藤 航「稔。SNSはリプライ欄が荒れてるし、 公式サイトの問い合わせフォームも 大量にきている」
加藤 航「SNSは更新を止めるべきじゃないか?」
加藤 稔「だめ。更新を止めればカズさんに 非があるように見えてしまう それにカウントダウン企画も途中だろう?」
加藤 航「だが」
加藤 航「・・・でなくていいのか?電話」
加藤 稔「どうせスポンサーからだよ 言うこと同じで耳タコなんだ あとでまとめてかけ直すから」

〇おしゃれなリビング
水戸部 和人「・・・ふぅ」
水戸部 和人「あれだけ雑誌で叩かれても 煙草も酒もやめられないとはね」
水戸部 和人(ここ数日、まともな稽古ができていない 稔さんと航さんは対応に追われ 朔くんたちも身が入っていない)
水戸部 和人(このままじゃ、だめだ おれのせいで舞台が台無しになってしまう)
水戸部 和人「・・・しかない、よなぁ」

〇稽古場
水戸部 和人「稔さん、帰る前にすみません 少し二人で話したいことがあるんですが」
加藤 稔「嫌な話は聞きたくないんだけどな、僕」
水戸部 和人「いい話ですよ。舞台にとっては」
加藤 稔「航、人払いお願い」
水戸部 和人「・・・・・・」
水戸部 和人「稔さん、おれ、役を──」

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