八月の誕生日

烏川 ハル

八月の誕生日(脚本)

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〇東京全景
  ガラス張りのバーなので、夜景がよく見えていた。
  涼しい店の中では忘れそうになるが、外はまだ蒸し暑いに違いない。
  今は夏の真っ盛りなのだから。
  改めて季節を感じながら、私は鞄から小箱を取り出し、目の前の彼女に差し出す。
ユウくん「誕生日おめでとう」
???「いつもありがとう、ユウくん」
???「本当に嬉しいわ」
  彼女は早速、プレゼントのブレスレットを腕に巻いていた。
  その手を頬にやりながら、彼女は語り始める。
???「前に話したことあったかしら?」
???「学生時代、京都に住んでいてね」
???「ちょうど今の時期、山に松明を並べて『大』の字を作るお祭りがあったの」
  何度も聞かされた内容だが、彼女の話に水を差すつもりはなく、私は黙って耳を傾ける。
???「少し離れた場所からだと、誕生日ケーキの蝋燭みたいに見えるのよ」
???「一度そう感じてしまうと、まるで私を祝ってくれるイベントのように思えて・・・」
???「毎年『この時期が誕生日で良かった』って思ったものだわ」
  それは当時だけの感想ではないだろう。
  別の意味で、今も彼女は「この時期が誕生日で良かった」と感じているはずだ。

〇東京全景
  ひとしきりしゃべった後、彼女はハッとした表情を見せる。
???「あらっ、もうこんな時間」
  ・・・
???「ごめんね、ユウくん」
???「私、ほかにも行かなきゃいけないところあって・・・」
ユウくん「大丈夫、わかってるから」
ユウくん「また来年の今日、ここで会おうね」
???「ええ、また来年」
???「それじゃ、お先に失礼するわ」
  ゴトリと何かが落ちる音と共に、彼女の姿がスーッと消える。
  私があげたブレスレットだけが、無人の椅子に残されていた。

〇東京全景
  あの世から死者が帰ってこられるのは、お盆の時期だけ。
  限られた時間しか与えられていない以上、親戚や友人を回るだけで、彼女はたいそう忙しいに違いない。
  (おわり)

コメント

  • 彼の彼女に対する深い愛情を感じました。毎年1回しか会えなくてもプレゼントをあげるなんて。なんて素敵な事でしょうか。感動です。

  • それで8月だったんですね。
    切ないお話ですが、少し温かさが残るというか…不思議ですね。
    毎年彼女は会いに来てくれるけど、なんだか悲しいですね。

  • 作中の空気感に取り込まれそうになります。嬉しさや儚さ、懐かしさや寂しさといった感情が織り交ざって伝わってくるようですね。

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