西龍介 下(脚本)
〇稽古場
西 龍介「・・・・・・」
鏡の前で芝居をしていると、たまに
自分が誰か分からなくなるときがある
役が、30代の続木終が自分の中を侵食
していくような
西龍介の自我がどこにあるのか
分からなくなるような
この感覚が役者として良いのか悪いのか
未だに分からないが、
混ざり合って境目がなくなるあの瞬間は
たまらなく気持ちいい
水戸部 和人「お疲れ様」
西 龍介「カズさん!?び、びっくりした・・・」
水戸部 和人「集中していたところをすまないね 少しきみのことが気になって」
西 龍介「わっ、ありがとうございます」
水戸部 和人「最近毎日残って練習しているみたいだね 朔くんも心配していたよ まぁ彼は人のことを言えないけれど」
西 龍介「もぐもぐ・・・ん、あいつがですか?」
水戸部 和人「うん。それにおれも玲央くんもね だから、差し入れ片手に来てみたのさ」
西 龍介「いやーそんな気にしてもらうほどのこと じゃないですよ ただちょっと練習が足りないかなー、 って思ったぐらいで」
水戸部 和人「明日だもんね、衣装付き通し稽古」
西 龍介「そうですね」
水戸部 和人「気合入ってるみたいだし」
西 龍介「ええ、まぁ」
水戸部 和人「無理をするなら、そこそこにね」
西 龍介「・・・・・・ 無理をしないように、じゃないんですね」
水戸部 和人「無理をしなければならない状況なのかな、 とは、おれの推測だけど」
西 龍介「・・・カズさん」
水戸部 和人「じゃあ、おれはこれで」
西 龍介「え!?あの、聞かないんですか?」
水戸部 和人「聞いてほしいなら聞くけど、 それなら最初からきみは話すだろう?」
水戸部 和人「朔くんも玲央くんもおれも、 心配してるし応援してるよって 伝えに来ただけだから」
水戸部 和人「あ、あとお菓子も何個か持ってきたから 持って帰ってね はい」
水戸部 和人「睡眠はしっかりとるんだよ じゃあまた明日。お疲れ様」
西 龍介「・・・・・・」
西 龍介「な、なんかすごい勢いだった・・・」
西 龍介「さて」
西 龍介「もうちょっとだけ、無理してみるか」
〇稽古場
橋田 玲央「ひ、人が多い・・・!」
山本 朔「そんなに来ないと思っていたが、 けっこう集まったな」
西 龍介「冷静だなーお前!」
山本 朔「あと数週間で、キャパ数百人の 舞台に立つって自覚あります?」
山本 朔「というか、玲央はともかく、 あんたは舞台立ったことあるんでしょう?」
西 龍介「それはそうだけど・・・なんつうか な!玲央!」
橋田 玲央「は、はい!そうですね龍介さん!」
山本 朔「大丈夫か・・・?」
加藤 航「みなさん、そろそろ始めますので 稔の元へ集まってください」
「はい」
加藤 航「龍介さん」
西 龍介「はい?」
加藤 航「例の相手、教えましょうか?」
西 龍介「・・・いえ、大丈夫です」
西 龍介「知ってしまうと、どうしてもその人を 意識してしまいそうなので」
西 龍介「今日いる全員が認めるような演技を してみせますよ!」
〇稽古場
加藤 稔「みんな、衣装は大丈夫そうかな?」
加藤 稔「人が多くて緊張するかと思うけど 普段通り、いつもの稽古をしましょう」
加藤 稔「なぁに、きみたちなら大丈夫だからさ」
加藤 稔「さ、じゃあ立ち位置について 衣装付き通し稽古、始めよう」
〇稽古場
西 龍介(あれから毎日のように残って自主練をした それで何が変わったのかは分からない)
西 龍介(今日、良い演技を見せたところで スポンサーの気持ちは変わらない かもしれない)
西 龍介(それでも、今の俺にできることは 最高の続木終を見せること)
西 龍介(それだけだ)
〇稽古場
水戸部 和人「──」
水戸部 和人(よし、ここまでは順調だ)
橋田 玲央「──!」
山本 朔「・・・──」
橋田 玲央「俺の未来が社畜にニートってふざけんなよ 現実に戻ったって最悪な人生決定とか、 生きる気なくすわ」
山本 朔「でも、ずっとここにいるわけにも いかないだろ」
橋田 玲央「んなこと言われなくても分かってるよ ・・・」
橋田 玲央(・・・あ、れ?)
橋田 玲央(あ、え、うそ・・・ 台詞・・・オレの台詞は・・・!)
山本 朔(玲央? あの様子、台詞が飛んだか?)
山本 朔(どうする。少しシーンが飛ぶが、 俺がカズさん入りのきっかけ台詞を言うか)
西 龍介「自分の未来がこんな俺たちで不満か?」
山本 朔(上手い・・・! よし、そのまま10代を慰めれば 元の流れに──)
西 龍介「・・・そんなこと、俺に言われなくても 俺が一番思ってんだよ」
山本 朔(はぁ!?)
西 龍介「過去の俺を恨んださ。でも、 今を生きているのは、紛れもなく今の俺だ」
西 龍介「たとえどんな現実でも、 今の俺が今を生きるしかねぇんだよ」
西 龍介「クソみたいな現実を歩いていく それが、過去の俺を間違いにしないために 今の俺ができる唯一のことだろ!」
橋田 玲央「・・・!」
水戸部 和人「な、何があったんだい?」
山本 朔「あっ、いえ、ちょっと・・・ それより、何かありましたか?」
水戸部 和人「いや、部屋のあちこちを探してみたけど これといったものはなかった」
山本 朔(よし、これで元の流れに戻ったが さっきの龍介さん・・・)
〇稽古場
スポンサー「いやー!良かったよ!」
スポンサー「素晴らしいものを見せていただきました 完成品を舞台で見るのが楽しみです」
スポンサー「これからも頑張ってくれたまえよ」
加藤 航「みなさま、隣の部屋にささやかですが お茶菓子を準備しております お時間ありましたらぜひ 稔もお待ちしております」
スポンサー「おお、それはお言葉に甘えようかな」
スポンサー「稔くんと話すのも久しぶりだねぇ」
加藤 航「では、こちらへ」
〇稽古場
「すみませんでした!!」
橋田 玲央「オレが台詞を忘れてしまって みなさんにご迷惑を・・・!」
西 龍介「俺も、なんか、とんでもないアドリブを」
橋田 玲央「そもそもオレが!」
西 龍介「なんか勢いで!」
水戸部 和人「あっはっはっ 稽古なんだからそんなに謝らなくても いいのに。ねぇ朔くん」
山本 朔「はい。止まることなく最後まで いけましたし、スポンサーの皆さんの感触 も良さげでしたよ」
山本 朔「玲央の台詞が飛んだのは 人が多くて緊張しただけで、 理由が分かっているなら改善もできる」
山本 朔「あと、俺は結構良かったと思いますよ 龍介さんのアドリブ」
西 龍介「ま、マジで!?」
橋田 玲央「オレもです! なんか、30代の続木終の抱えてる気持ちが 初めて見えたというか」
水戸部 和人「台詞の言い回しはもう少し調整がいるけど 内容自体は良いと思うよ」
水戸部 和人「あれは、自分の役のことを よく理解していないと出てこない台詞だ」
山本 朔「前から少し思ってたんですが、 龍介さんは台本を読み込めば強いですが だからオーディションには弱いんじゃ ないですか?」
西 龍介「は?どういうこと?」
山本 朔「演じる役の情報がすべて手に入れば あっという間に役を自分の中に 取り込めますが」
山本 朔「オーディション用の数行の台詞だけじゃ 役を取り込めなくて上手く演技できない だからオーディションに落ちる」
西 龍介「なるほど・・・ お前、本当に人のことよく見てんだなぁ」
山本 朔「自分のことなんだから 自分で気づいといてくださいよ」
橋田 玲央「龍介さん、演技すごく上手いのに 舞台出演が少なかったのは そういうことだったんですね」
山本 朔「関心してる場合じゃないですよ 俺たちはオーディションで役を勝ち取る しかないんですから そこが弱いのは致命的です」
水戸部 和人「まぁその話はあとにして、 今は稔さんの言葉を聞こうじゃないか」
〇稽古場
加藤 稔「みんなお疲れ様ー! スポンサーは満足してくれたし、 音響さんも照明さんも舞台が楽しみだって 言ってくれたよー」
加藤 稔「スタッフとスポンサーだけの内々の 公開稽古とはいえ、人が入ることで みんなもいい刺激になったんじゃないかな」
加藤 稔「観客がいたから出来たこと、 出来なかったこと、 それは自分自身が一番分かってるよね」
加藤 稔「まぁ分かってることも分かってないことも あとでまとめてダメ出しするけど」
加藤 稔「とにかく今日はお疲れ様でした 今までで一番良かった通し稽古だったよ」
〇稽古場
水戸部 和人「今日はみんなでご飯でも行くかい?」
橋田 玲央「やったぁ!行きます! カズさんが行くお店、美味しいんですよね」
山本 朔「俺もぜひご一緒させてください」
加藤 稔「あのアドリブ、前から考えてたの?」
西 龍介「いえ。なんとなくあのシーン しっくりこないな、ぐらいです あれはあの場で思わず出てきた感じで」
加藤 稔「あそこ、スポンサーも絶賛してたよ きみ自身のこともね あんな逸材どこに隠してたんだー、なんて」
加藤 稔「龍介くんはずっとここにいて あっちが気づいてなかっただけなのにね」
西 龍介「そ、そんなこと」
加藤 稔「あれだけ良い演技を大勢の前で見せたんだ これでもう、理由もなくきみを外せなんて 言えないでしょ」
西 龍介「まさか、スポンサーをたくさん呼んだの って・・・!」
橋田 玲央「龍介さんを、外す?」
山本 朔「どういうことですか、それ? 聞いてないですけど」
西 龍介「あ、やべ いやこれは違くて」
西 龍介「ね!稔さん・・・っていねぇ!」
水戸部 和人「なるほどね。そういうことだったのか」
西 龍介「納得してないで助けてくださいよー!」